第10話 魔術師連合との闘い

 「聖地が...ですか?」


 「そうだ。教会連合の聖地にして総本山が陥落した」


 教室の中はざわつくがそれに動じず教頭先生は冷静に淡々と口を動かす。


 「世界政府やテロ組織の犯行という意見もあるらしいが、世界政府は暫定的に殺戮人形による犯行だとした。世界政府は緊急事態宣言を発令したらしい」


 騒めきと共に緊迫感も帯びてくる。


 「世界政府からは一般人や生徒には伏せて置けとの通達も受け取ったが、どうせすぐ公になる。私の一任で生徒であるみんなにも報告しておく。もう一度言う。聖地が陥落した。殺戮人形による犯行である可能性が高い」


 教室が不安と混乱に包まれた。

 教頭先生の話に疑いの目を向ける生徒も多い。


 しかしアミークスは教頭先生の話を信実だと感じた。彼女は教頭先生を信頼していたし、彼女が数日前に見てきた状況とも矛盾しないからだ。

 そして彼女はグラティアスのことを考える。


 教頭先生は混乱の収まらない教室に見切りをつけて学校緊急会議へ赴きに廊下に出る。

 それをアミークスは追う。


 「教頭先生!!」


 「なにかな?生徒アミークス」


 「教頭先生、私の親友が聖地に取り残されているかもしれませんの」


 「それで、何が言いたい」


 「助けに行きたいです。許可をください。出来れば協力してほしいです」


 「そうか。そうだな。  ...二日後、緊急で設立された政府組織である防衛部が聖地調査に赴く。私も聖地調査に駆り出されることになっている。そうだな、私の一存で君を見習い兵として防衛部に同行させるのは可能だ」


 「二日後、ですか」


 「聖地が陥落したのは昨日。つまりもし君の親友が生きていたとして、救出まで少なくとも三日間かかるというわけだ。これを短いと取るか長いと取るかは君次第だが、少なくとも私は短いと取る。曲がりなりにも、人が飲まず食わずで生きていける時間内に救出に行けるのだから」


 「分かりましたわ。私を同行させてください」


 「いいだろう。では直ちに志願書を書け生徒アミークス」


 「はい」


 彼女は凛とした目でそう頷いた。


 果たして、グラティアスは無事なのだろうか。

 そんな不安は今してもしょうがない。そう心に言い聞かせて、アミークスは今できる準備を淡々と始めた。




 魔術師連合。


 幾度となく発生した聖人と魔法使いの大戦。聖魔大戦。

 魔法使い陣営の最大勢力である魔術師連合は聖魔大戦の度に負け続けていた。


 当然だ。


 聖人は強大な能力を無制限に生まれつき発動できる。

 対して魔法使いは長い研鑽と修行の末ようやく、限りある己の血液を消費して魔法を発動できるようになる。


 それに背負うリスクも異なる。

 聖人は力の限り加護を発動させても疲労で倒れるだけで死にはしない。寝たらすぐ回復する。

 しかし魔法使いは魔法を発動させ過ぎれば貧血で最悪死ぬ。そして回復には何日もかかる。他の動物の血液などを飲むことも回復のためには必須だ。


 魔法使いは聖人より限界、持久力、成熟時間、その全てが劣っていた。


 加えて、民衆からの支持にも差異があった。

 聖人は言葉の通り、神のご加護を授かった聖なる人間だと古くから思われ、崇拝の対象にすらなっていた。民衆は聖人の助けになることは自ら率先して行う。国も教会も聖人の味方をした。

 それに対し魔法使いは、人々を惑わす「魔の法」を使い操る邪悪な存在だと思われていて古くから迫害の対象だったのだ。


 だから当然、戦略でも戦力でも圧倒的に劣っていた魔術師連合は負け続けていた。


 にもかかわらず、魔術師連合は解散することなく厳しい迫害に耐え続ける。そしてその境遇を変えるためにまた立ち上がり、聖魔大戦を何度も引き起こし、何度も負けた。

 当時の魔術師連合はあまりにも愚かだった。


 しかし、魔術師連合は負ける度に強くなった。


 昔からからあらゆる教会から迫害を受けた彼らは無神論者となっていった。

 無神論者になった彼らは神という存在以外からのアプローチで世界の構造を解き明かそうとした。

 次第に彼らは魔法使いにして哲学者にもなっていった。

 あらゆる哲学が魔法使いの間でささやかれ、その真偽を問う議論も迫害から逃れた地で盛んにおこなわれた。

 そして遂に魔術師連合は「実験」「法則」この二つの概念に思い至る。

 世界には法則という決められたルールが存在する事を理解し、実験によってルールを解き明かそうとしていったのだ。


 彼らにとって戦場は巨大な実験場になった。

 彼らは実験と法則の原則に則り、戦争の度に新たな魔法戦術を生み出し、魔法の法則を発見し、魔力と物質との相互関係を解明していったのだ。


 だから、彼らは強くなった。


 そして第9回聖魔大戦、遂に魔術師連合は聖人陣営に勝利した。


 第9回聖魔大戦では、魔法使い同士で緻密な連携を取り、複雑で高度な効果的な魔法を発動させ、ドラゴンをエネルギー供給源として利用することによって血液問題もクリアすることによって、あらゆる弱点を克服した。

 また国や民衆も味方に付けるため、魔法のメリットの宣伝や魔法による民衆への貢献も積極的に行った。


 こうして魔術師連合は十数年間の大戦の中で魔法迫害派の教会や国家を大陸から追い出し、聖魔大戦に勝利した。


 それ以降魔法使いは迫害の対象ではなくなり、魔法は国や民衆にも広く普及することになった。

 こうして魔法が人々の生活に取り入れられるようになると、人々の生活水準は飛躍的に向上し、また魔法は各国の国力にまで直結する重要な要素にもなった。


 これら一連の変化が俗にいう魔法革命である。


 魔法革命から数百年後、存亡大戦が勃発したが魔術師連合は独自の防衛戦線を構築し生き残る。

 存亡大戦が終結した後、先代首長へのクーデターで内紛が引き起こり、魔術師連合は一度崩壊する。しかし内紛の生き残りが集まり魔術師連合は再建した。

 魔術師連合は様々なアクシデントを乗り越え実態を変容させていくが、やはり魔法の最先端を突き進み続けていたし、芯となる部分である「実験」と「法則」の原則も変わらなかった。




 ...ここからが本題である。


 クーデターのあと再建した、今の魔術師連合の興味を最も引いたものは英雄フェロースの術式だった。


 フェロースは地平線の果てからアルガーの懐へ、アルガーの知覚速度を凌駕するスピードで接近することができた。

 人間の知覚速度は60分の1秒と言われている。これはアルガーも例外ではない。

 つまり彼は、秒速60地平距離を出すことができるのだ。この速度があれば旧帝国の領土の西端から東端まで2分半で到達できる。

 尋常ではない。

 特異存在と同じくらいに世界の理から外れている。


 だから魔術師連合は学者として純粋な疑問を持った。「如何にしてあの速度を出したのか」と。

 また彼らは疑問と同時に武装勢力としての危機感も持った。「対処法も考えなければ」と。


 それから魔術師連合は「実験」と「法則」の原則に従い、仮説と実証を繰り返した。


 結果的に言うと、魔術師連合はフェロースの術式を再現することが出来なかった。

 フェロースは魔法使いであると同時に聖人でもあったからだ。

 彼は自分の加護を魔法術式に組み込んで、試行錯誤を繰り返して、調整に調整を重ねて、訓練と肉体改造を施し、それでいてさらに自分の身を危険に晒す事によって、ようやく、あの尋常じゃない速度をたたき出していたのだ。

 聖人ではなく魔法使いでしかない魔術師連合では誰一人再現できない。

 もし仮に魔術師連合にフェロースと同じ加護を持つ聖人がいたとしても、フェロース程の執念とセンスが無ければ再現できない。


 だが、「再現不可能」という結果に至るまでの試行錯誤は無駄ではなかった。魔術師連合はフェロースの術式の構築理論の全貌を理解し、対抗策をも作り上げた。




 魔術師連合は強い。

 過去の内紛で魔術師連合は、戦力のほとんどと、自らの生命線だった無数のドラゴン、さらには本拠地コンシアシスシティを失った。それにより、世界政府正騎士団、純白騎士、影帝国などの今まで登場してきた戦闘部隊の中で最小規模の勢力にまで没落した。

 しかし、これら勢力の中で唯一、合理的に力を伸ばす方法を知ることができた。

 正しく試行錯誤を繰り返す術を知っていた。

 だから、魔術師連合は強いのだ。


 だから、フェロースは油断するべきではなかった。




 少し時を戻す。

 第二次存亡大戦が始まるよりも前。

 フェロースと魔術師連合が会敵した時に。




 「とっとと殺ろう。グラとアルガーが心配だ」


 そう口にした次の瞬間、フェロースが魔術師連合の男に肉薄する。

 しかし、間合いに入りかけた瞬間、フェロースの目の前に炎の壁が現れ、炎が彼を襲った。


 ジャキン!!


 右手に握っている真っ赤な剣で炎を切り裂く。

 が、魔術師連合の男も鞘から剣を引き抜きフェロースの剣を防ぐ。


 力量でフェロースは魔術師連合の男を弾き飛ばすが、それと同時に切り裂いたはずの炎がフェロースを後ろから襲おうとしていた。


 「後ろ、いや前か」


 フェロースは何も持っていない左手を前に出し、何かを掴むような動作をする。

 すると、弾き飛ばされていた魔術師連合の男がフェロースの方へ引きずられるように急速に接近する。逆にフェロース自身は、ロープを伝うかのように魔術師連合の男の方へ瞬く間に近づいていった。


 「死ね」

 「フェーズワンはじめ!!」


 フェロースと魔術師連合の男の声が重なった。

 フェロースは真っ赤な剣を男の首筋目掛け振り切ろうとし、魔術師連合の男はポケットの中の青い試験管をフェロースの目の前に投げつけた。

 同時に目を潰す程強力に試験管が発光する。

 フェロースはすかさず目をつむった、がしかし紙一重タイミングが遅かった。視力を失ってしまう。数分で視力は回復するだろうが、戦闘中、相手はそんなに待ってくれない。


 ヴォガアアアアアアアアアアン!!!!!!


 ゼロ距離で大規模な爆発が起こった。

 広範囲に展開していた魔術師連合の仲間らの遠距離攻撃だろう。


 「クソが!!」


 とっさに放った斬撃と耐魔性の鎧で直接の被爆は半分程度抑えられたが、衝撃はほとんど緩衝されずに襲ってくる。

 右半身全域の毛細血管と筋肉と骨格に亀裂が走る。内出血と骨折が特に酷い。


 ヴォガアアアアアアアアアアン!!!!!!


 今度の爆発は直前に気配を察知できた。

 加護を使い、瞬間的に地面に跪く。


 「フェーズワン完了!!」


 フェロースのすぐ近くで魔術師連合の男の声が聞こえてきた。


 「お前、よく生きていたな」


 フェロースは立ち上がり魔術師連合の男に声を掛ける。

 声には怒りと若干の驚きが混じっていた。

 それもそうだろう。あの規模の爆発に生身で巻き込まれて死なない人間はフェロースくらいのものだ。


 「有難いことに英雄様が盾になってくれたんだよ。いやぁ、爆発と俺との間で英雄様が目をつむってくれていなければ、俺は助からなかっ―」


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!


 魔術師連合の男の言葉を遮るようにあらゆるものを真っ二つに両断する斬撃が放たれる。轟音と共に大地の草木がバラバラにはじきとばされているようだ。

 放った主はフェロースだ。

 娘グラティアスのように、自らの左腕に傷を作り剣に血を吸わせ、斬撃魔法を発動させた。

だが、


 「残念。空振りだぜ英雄様」


 魔術師連合の誰一人、殺傷する事は出来ていない。

 まだ視力は戻っていないようだ。

 だが時間と距離は稼げた。この間にフェロースは箒を再起動させ、空を飛ぼうとする。

 がしかし。


 「そうはさせねえ フェーズツー開始!!」


 パン!


 一瞬何かが割れる乾いた音がした。

 辺り冷気が漂う。

 フェロースの足先を刺すような冷たさが浸食する。

 大地を冷たい氷が覆っていた。

 フェロースの下半身や箒も氷で固められている。


 「冷却魔法か」


 「ちげえな。高次氷結魔法さ」


 「...」


 緊迫した戦場に沈黙が訪れる。

 双方相手の出方を伺っているのだ。

 フェロースは今回の戦闘において先手を取り続けようとしたが、それが裏目に出て相手の想定通りの動きをし続けてしまった。

 魔術師連合の方はあえて常に後手に回り、フェロースの選択に応じた対抗策を打っていた。今回もそうするようだ。

 だから、フェロースも魔術師連合と同じく相手の出方を見極めてから動き出そうとしている。


 同時に、これは我慢比べでもあった。人間である以上、瞬きしたり集中力が途切れたりすることによって必ずどこかで隙が生まれる。その一瞬の隙に付け込んで先手を打てば戦局は一瞬にして覆る。


 しかしこの間、フェロースの身体は氷結魔法に蝕まれ続けていた。このままいけば、フェロースは戦わずして戦闘不能に陥る。


 「...」


 「...へへ」


 「..................」


 一瞬、いつの間にか左手に持ち替えていた真っ赤な剣の剣先が、ピクリと震える。

 先に動いたのはフェロースだった。視力は半分程度回復した。しかし足先の感覚はなくなりつつある。これ以上待てない。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!


 凍らされた大地を強力な斬撃で砕き、そして瞬時に箒を起動させ、高速で飛び立とうとする。

しかし、


 パシン!!


 氷が割れる音がまた響く。


 「高次氷結二次展開魔法。かかったな!雑魚がぁ!」


 大気が凍り、視界が真っ白になる。

 無数の霜が体を覆い固め、大地から伸びる鋭い氷は鎧を貫通し全身を刺している。


 動かない。


 命の危険を察知しすぐにでも凍った足を大地から離そうと身をよじり、地面を蹴ろうとするも、脚は動かない。

 足に突き刺さった凍てつく氷は体内を刺すような冷たさで浸食していて、既に筋肉繊維までもが氷結に蝕まれていた。全身が動かなくなるのも時間の問題だ。

 体内を廻るフェロースの血も凍り始める。死が、差し迫っている。


 だがこれだけでは終わらない。


 高次氷結二次展開魔法が発動してからすぐ新たな魔法が打ち出された。


 四方八方からフェロースめがけ、魔法で操られる無数の刃が飛んできている。

 無音だが、巨大で高速な黒い鋭い刃。よけようがない。全てを剣ではじくのも無理がある。

 それに魔力が集まる気配もある。より強力な氷結魔法か、フェロースに重傷を負わせた爆裂魔法かが発動のタイミングを見計らっているようだ。


 ここにきて、フェロースはようやく負けを自覚した。


 「痛いか?英雄。痛いのかい?苦しいのかい?俺ら魔術師連合に勝てそうかい?英雄さまー? さっさと次の手打たないと負けちゃうよ?」


 接近する鋭い刃を知覚して即座に、真っ赤に染まった剣を己の心臓に突き刺す。

 胸部から大量の血が噴き出でて、その全てが魔力に変化しキラキラと光り輝く。

 剣は魔力を帯び七色に神々しく煌めき輝く。

 剣を心臓から引き抜き、正面に掲げる。


 「あれ?もしやその構え、神速を使うつもりか?逃げんのか?英雄様が尻尾撒いて満身創痍で逃げんのか?ああ?」

 「は あ あ ぁ あ゛ぁ ぁ ぁ゛ぁ゛ぁ゛...飛べ」


 フェロースがゆっくりとブレたように前にスライドし、次の瞬間一直線の真っ白な光の線となり遥か彼方に消えた。


 後に残るのは地面に大量に付いた血しぶきの跡だけだ。




 最初から本領を発揮して逃げていれば良かった。

 そうでなくとも、もっと慎重に戦闘を運び、隙を見て包囲網を脱すればよかった。

 それをしなかったのは、それが出来なかったのは、彼の油断が原因だ。

 魔術師連合を舐めていた。

 グラティアス達以外から英雄と呼ばれることを嫌いつつも、その言葉に心の奥底では酔っていた。

 だからフェロースは負けた。


 そして、この敗北によってこの物語の運命はほぼほぼ決定付けられることになる。


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