第9話 第二次存亡大戦の始まり
「何を言っている」
教会連合の移動要塞で教皇が珍しく怒りをあらわにしていた。
「聖地が陥落しました。聖地にいるはずの無数の通信員との通信が途絶え、確認に向かわせた者も帰ってこず、聖地から誰一人ここ移動要塞へ来ない。この状況から推測されるのは、アルガーによる聖地陥落のみであります」
「アルガーは最も強力な封印を三重に掛け凍結させろと吾輩は命令したぞ」
「はい」
「外的、内的両方に最大の警戒を行えとも命令した。五つものダミーを作り情報を不正確にしろとも命令したぞ」
「はい...」
「影帝国の動向、世界政府の動向、フェロースの動向、グラティアスの動向、全てに三重の監視を付け逐一吾輩に報告しろとも吾輩は命令したぞ」
「...はい」
「吾輩が招き入れた科学者は頭のねじが外れている。だから常に奴を殺害できる状況で管理しろとも命令したぞ」
「......はい」
「ならば何故聖地が陥落する」
「.........」
「命令系統の整理、スパイの発見、教徒の教育、聖地の修繕、信頼と信用の蓄積、カリスマの演出。吾輩は全てを徹底した。全ては教会連合という組織を最高の組織にするためのものだ」
「はい」
「情報伝達の高速化、部分的民主主義の運用、地方教会や地方聖堂への視察、読書、瞑想。全ては、起こりうるあらゆる可能性とそのリスクを明確化し教会連合の前に立ちはだかるであろう障害をあらかじめ認識、排除しておくためのものだ」
「はい」
「吾輩は全てにおいて最善を尽くしていたはずだ」
「おっしゃる通りです」
「ならば何故聖地が陥落する」
「.........」
「ならば何故聖地が陥落するというのだ」
「申し訳ございません!!」
教皇は10歳とは思えない剣幕で部下を詰める。
報告を伝えた部下の他に教会連合の幹部や重鎮もその場にいたが、全員が教皇の詰めを恐れ空気に徹しようとする。
「謝るなよ。ただ、吾輩は分からぬのだ。純粋に。何故、聖地が陥落しているのかが」
「.........」
全員が押し黙る中、テーブルを指でコツコツと叩く音だけが小刻みに鳴り響く。
小刻みなその音は次第に大きくなっていき、
「......ッチ」
ドン!!
教皇はテーブルをグーで叩き、同時に荒々しく立ち上がる。
「状況は危機的だ。聖地を失った。それによって総本山と他教会との連携、魔力の大規模供給先、情報の管理先、最大最高の偶像、大量の聖遺物と文献、外敵から身を守る物理的防壁、優秀な戦力、敬虔なる信徒、それら全てが失われた」
「ま、待ってください。殺戮人形は生物を片っ端から殺せる能力は有していますが、巨大な聖地を壊滅させる力は持っていません。聖地そのものが崩壊するということはないと思われます」
「聖地という巨大建築物は最奥部のブルードラゴンの魔力によって維持されている。ブルードラゴンが絶命していれば聖地は自重で容易く崩壊し瓦礫と化すぞ」
「理解しました。出過ぎた発言失礼しました」
「時間が惜しい。謝罪ばかりするな」
「!申し訳ございません!」
教皇があからさまに顔をしかめる。
謝った重鎮がハッとした顔をして手で口を塞ぐ。
「...英雄フェロースの動向はどうだ」
「行方不明です」
「となるとフェロースによるアルガー無力化は期待できん。被害は聖地のみでは済まない。無策のまま時間を過ごせば、聖地を失うことにより三次的、四次的に被害が生じる。最終的には教会連合そのもの崩壊につながるぞ」
「なんと!」
「だから今ここで教会連合存続のための対策を講じる。それもネガティブな方向にな」
「ネガティブな方向、というと?」
「中央組織の縮小に他あるまい」
「ぐ、具体的には...」
「手始めに総本山の集権強権体制を廃止し各宗派の教会それぞれに大半の権力を返却する。定期連絡は年一回、上納金回収は三年に一回の頻度に落とす。聖地は捨て旧総本山地区を新たな本部に据える。純白軍は即時解体。純白12騎士は純白騎士に吸収させろ。あらゆる組織の簡略化を行え」
「それでは教皇閣下の野望が」
「仕方ないですよ。今はこの急場を凌ぐことに全力を尽くすべき。そうですよね教皇閣下」
「そうだ」
「世界政府、影帝国への対応はどうされます?現在世界政府とは戦争状態にありますが」
「世界政府とは停戦だ。教会連合派閥の中枢議員には中枢議会で停戦の働きかけを行わせる。現在攻め込まんとしている純白軍純白騎士は引き返させろ。影帝国の奇襲には最大限の警戒を行え。意趣返ししに襲撃してくるかもしれぬ」
今回の教会連合と世界政府との戦争はあまりにも早く終結したことから、後に半日戦争と呼ばれるようになる。
「了解いたしました。では細かい認識のすり合わせに移りましょう」
「いや、ある程度はお前らの独断で事を運べ。吾輩の思うままに全てを遂行することは出来ないだろうが時間を浪費するよりはましだ」
「では我々重鎮議員が何としても、教皇閣下の意向の通りに全てを遂行いたします。なんとしても、です」
「は、お前らのような重鎮を持てた事が不幸中の幸いか」
教皇はにやりと余裕そうな笑みを浮かべそう言った。
そんな言葉で、張り詰めていた場の空気が一気に緩む。
「有難きお言葉。教皇閣下に最敬礼」
「「敬礼!!」」
「「敬礼!!」」
「「敬礼!!」」
心からの敬礼をしている重鎮たちからはボロボロと何かがあふれ出る。
それは涙だった。
彼らは教皇の偉大さ、その尊さに触れ、感激の涙を流していたのだった。
「顔を上げろ。吾輩はこれより放音室で移動要塞にいる全ての我が敬虔なる信徒に向け宣誓を行う。お前らは仕事に掛かれ」
「了解であります!!」
「了解です!!」
「了解しました!!」
「宜しい」
聖地跡地。
教皇の読み通り、アルガーによってブルードラゴンは殺され、巨大な聖地はあっけなく崩れ瓦礫の山になった。
かつての聖地の至る所に飾られた美しい彫刻も、神々しさを演出していた青い魔法陣も、そこで祈りを捧げていた無数の教徒の瞳も、全て光を失い今は巨大な瓦礫の塊の一部だ。
むせ返るようなきつい死臭と砂埃が辺りを漂う。
信じられていた物。信じていた者。それを管理する場。その全てが一つになって瓦礫の山を形成しているのだから、ここはまるで宗教の墓場のようである。
「アルガー様。影帝国の本部秘密基地には4体の『不完全特異存在』が置かれております」
アルガーと狂信的な科学者は瓦礫の山の一番高い所に立っていた。
健やかに伸びをして、リラックスしている。
「不完全特異存在。僕らみたいなの?」
「そうです。ですがあれはわたくしたちのような世界の理を逸脱する程の力や完全不死性を持っているわけではありません。しかしそれでも物凄く強力な力を持っております。これをアルガー様の眷属にしましょう」
「僕より弱い力しか持ってないのに、眷属にする必要ある?」
「アルガー様は目に見える敵を圧倒することは出来ますが、目に見えない距離から攻撃してくる敵を圧倒することは出来ません。ですから、超遠距離戦でも圧倒するための戦力が必要なのです」
「そのための不完全特異存在ってこと?」
「はい、4体の不完全特異存在はそれぞれ、大地、天空、炎、雷を操ります。これで、対応します」
「分かった。始めよう」
「影帝国のシンパは至る所にいます。片っ端から村や街を聞き取り調査すればいずれ本部秘密基地に辿り着くでしょう。ふふふふふふ。これを」
「これは?ナイフ?」
「何の変哲もないナイフです。アルガー様の能力では影帝国の本部秘密基地がどこにあるのか、聞き取りする間もなく即死させてしまいます。なので、これを使って聞き取り調査を行いましょう」
「なるほどね」
アルガーは平然とナイフを手に取る。そして、
「アモル、待っててね。また一緒になれるよ」
遠くの空を眺めそう呟いた。
世界政府中枢領域「メガ・ヴレイン」最上階。
そこでは電撃が走っていた。
「特異存在が復活したじゃとぉ???!!!」
「状況的にはそうとしか言えんのう」
「世界政府、ひいては我ら賢人会の危機だな」
「わしは行方を眩まそうと思う。おぬしらはどうする」
「俺様はアルガーによるメガ・ヴレイン襲撃までの猶予で世界各地に亡命政府を作っておくつもりだ。逃亡用の地下回廊は作ってある。俺様の計画に乗る奴はいるか?」
「我からは移動政府案を出しておく。メガ・ヴレインで製造中の移動要塞化「ギガス」そこに移動可能な政府組織を建て世界政府としての権力を維持するという案だ」
「それは名案ですねぇ。気になるところと言えば、ギガスの調整にはいくらの時間が必要なのかという所ですがねぇ」
「我の抱える債務奴隷五万人に無限時間仕事を課せば四日で終わるだろう」
「わしからも聖人と魔法使いをよこそう」
「そういうことなら、わたくしも乗りましょうかねぇ。わたくしは経済統制をいたします」
「そういうことなら俺様も乗るぜ。俺様は魔術師連合の支配を強めよう。魔術師連合はフェロースとの戦闘で十分以上の結果を収めた。損耗も極めて軽微。あれは使えるぜ」
「メガ・ヴレイン市民はどうします?」
「世界政府の維持に必要な人間以外は囮として有効活用しよう」
「そうじゃな、教会連合派閥の中枢議員と我らの支配から逃れようとする有力貴族、商人、官僚これらを処分する良い機会でもあるぞ。チャンスは有効活用せんとなぁ」
「決まりだ。反対意見のある者はいるか?」
「...いなさそうじゃな。じゃてい動き出すとするかのう」
数日後、メガ・ヴレインの強固な壁をブチ破って、超大型生体移動要塞『ギガス』が姿を現した。
巨大な六足歩行の要塞である。
頭には紫色に光り輝く三つの目が付いていて、そこから強力な魔法攻撃を放つことができる。
移動要塞の核には最高位竜であるパープルドラゴンが使われ、要塞の隅々にまで刻み込まれている魔法陣は濃い紫色に光っている。
背中からは装甲で加工されたドラゴンの翼が三十本程生えている。
ギガスは三十本もの翼をバサバサとはためかせながら象のように重厚感ある足取りで走っていき、地平線の先へと姿を消していった。
時々ギガース炸裂魔法を放ち、進行ルートにある街や山を吹き飛ばしながら。
アミークス。
農民出身のアミークスは苗字を持たない。
アミークスはアミークスだ。
貧しくはない程度の生活を営んでいる酪農家の夫妻の間で彼女は生まれた。
愉快な兄と優しい弟を持ち、平凡ながらも楽しい幼少期を過ごした。
彼女の生活が一変するのは聖人としての能力を知覚した時からであった。
「お兄ちゃーん。見て見て。こう、手をグッとやると、風が吹くの」
「すげぇー。アミックスもしかしてお前、聖人なんじゃねーのか?」
「せいじん?アミまだ7歳だよ?」
「凄い力をもってる奴を聖人っつうんだよ。マジかよお前、ちょ、おやじ呼んでくるわ」
アミークスの聖人としての能力は大多数の聖人よりも突出していた。
役所に聖人発現の知らせを伝えると、学校への推薦書と多額の生活補助金が送られた。
そして程なくして、アミークスは都市部にある学校に通うことになった。
「アミ」
「アミークス」
「アミックス」
「おねーちゃん」
「アミー坊」
「アミークスちゃん」
玄関のドアを境にアミークスと残る六人の家族が対面している。外から入ってくる朝の空気は冷たいが、彼らを包む空気感は暖かい。
「「「「「「入学おめでとう」」」」」」
「ありがとう!」
「おねーちゃん学校緊張する?」
「うん、緊張する。でも、学校行って立派な聖人になったらみんなを幸せにできるから、頑張るね」
「頑張れよ!アミークス」
「アミが帰ってくる頃に母さんケーキを焼いておくわね」
「兄からアミックスに一つの助言を授けよう。これはかの大魔法使いイーグノースカールの言葉だ―」
「じーちゃんばーちゃんはアミー坊を応援しているからねぇ」
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいアミ」
「アミークス、元気にだぞ!」
「おねーちゃんバイバイ」
「ばいばいー」
「げんきでのー」
祝福と共に入学を迎えた反面、アミークスにとって学校は辛いものだった。
張り詰めた教室の雰囲気。体力作りのためのきつい運動時間。小難しくてつまらない授業。いままでのゆったりとした暮らしとはかけ離れた生活に彼女は苦しむ。
しかしなにより彼女にとって辛かったのは、長い間孤独で退屈な時間を過ごさなければいけない毎日の通学時間だった。
アミークスは次第に学校を辞めたいと感じるようになる。
しかし彼女は学校から逃げられない。家族からの重い期待を背負っているから。
そして彼女は学校生活の辛さと家族からの期待の間で板挟みになってしまう。
そんなアミークスにひとつ転機が訪れる。
親友ができたことだ。
ある日の夕方、アミークス一人で自分の魔法授業用具の片付けをしていた時のことだ。
彼女の後ろから一つの足音が近づいてくる。
「あの、アミークスさん」
アミークスが振り返ると、綺麗な金髪を下げている女の子が気まずそうな顔をしていた。
「なにかしら。グラティアスさん」
「実は、箒に使う魔力瓶が切れちゃっていて...それで、ものすごく言いにくいんだけど、今日の帰り、アミークスさんの馬車に乗せてほしいんです」
「なんだ、お安い御用だわ。グラティアスさんの家まで運んであげる」
「ありがとうアミークスさん」
この日、アミークスとグラティアスは帰りの馬車の中で意気投合し急激に距離を縮めた。
さらに元々お互いの家の距離も近かったこともあり、それからは二人で一緒に馬車に乗り学校に通うことになった。
「エドワード先生、トーマス先生、ジェームズ先生、クリストファー先生、ベル先生。チェックしてないのはあと一つ」
二人が出会ってから約一年後。グラティアスは『イタズラチェックノート』というノート帳に書かれている先生の名前を読み上げている。
チェックされていない項目はあと一つだけ。そこには 『全生徒から恐れられている元軍人の教師。別名は鬼の教頭』 という説明文が添えられている。
「アミ、次は鬼の教頭のかつらを吹き飛ばそう」
「分かってるわ。グラは陽動をお願いね」
授業と授業の合間の移動時間。教頭先生は二階の渡り廊下を歩いていた。
グラティアスは大量の魔法用品を手に抱えおぼつかない足取りで教頭先生とすれ違う。そして手に持っていた魔法用具を派手に廊下に散らばらしながらわざと転んだ。
「うわーっ!」
「これは失礼した」
そう言いながら教頭先生は廊下に散らばった魔法用品をグラティアスに渡そうと体をかがめる。
と、その時。
バサバサバサバサ!!!
渡り廊下の教頭先生の立派なかつらをめがけて真っ直ぐに鋭い突風が吹き荒れる。
強固な接着剤で固定されていたはずの金色の立派なかつらはあっけなく吹き飛び、ゆらゆらと空を舞う。
「今日はやけに寒いな」
「教頭先生...」
「どうした生徒グラティア...あ、ああああ!! 私のかつらがああああ!!」
教頭先生は両手で頭頂部を覆って顔を真っ青にして渡り廊下を走りだす。
「おい、あれって鬼の...」
「なんだなんだ?」
「おい見ろよあれ」
「お前ら!!道を開けろ!!」
教頭先生は全速力で渡り廊下を渡り切り、多くの生徒がひしめく校内廊下も駆け抜け、物凄い速度で階段を下った。
中庭に降りた教頭先生は放置されていた練習用箒にまたがり、これまた全速力で空を舞うかつらを追った。
普段鬼の教頭と呼ばれるような畏怖の対象が、顔を真っ青にして禿頭を抑え物凄い速度で走っていったのだ。少なくとも一か月間は裏で青鬼の教頭と呼ばれるくらいにはそれはもう滑稽な姿である。
その日の夕方。
アミークスとグラティアスは帰り道の適当なで馬車を停めてひそかに祝杯を上げていた。
「乾杯!」
「乾杯!」
「これでようやく復讐のイタズラはコンプリートしたわね」
「うん。いつも𠮟りつけてくる鬼の教頭のまぬけな姿が見れて、私も清々したよ」
「先生に怒られるのはグラが悪いでしょう?」
「私が宿題をやると思っている先生の方が悪い」
「ふふ、そうね」
彼女は薄い笑みを浮かべてミルクの入ったジョッキを傾ける。
オレンジ色の太陽が地平線に入り込む。
グラティアスの方を見る。
グラティアスは無邪気に、嬉しそうにニヤリと笑っていた。
アミークスにとってその笑顔はかけがえのないものだった。
一時期は二人で悪ガキのような悪行を働いたりもしたが、なにはともあれアミークスはグラティアスと出会い、かけがえのない親友として色々な思い出を作っていった。
グラティアスと出会ってからの彼女は幸せだった。
学校に居場所を作り、家でも家族と楽しく暮らした。
ずっとこんな日常が続くのかと思っていた。
しかし、知っての通り事態は急変する。
日常は崩壊する。
この物語の始まりとともにアルガー誘拐の為の馬車襲撃が起こった。
そしてその後、フェロースによる救出劇、聖堂での一泊、グラティアスとの別れという一連の出来事の末、かつての日常とは異なるグラティアスのいない新たな日常が始まることになる。
新たな日常の中、アミークスは「グラティアスはすぐに帰ってくる」とそう願いながら数日間を過ごした。
そんな中、とある知らせが耳に入る。
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