第43話

 ――富屋の屋台をからころと鳴らしながら去っていく。姉妹の背中を見送りつつ溜息をついた平太郎だった。

 このため息は相変わらずのじゅんに対するものではあるのだが、そこにはその変わらなさへの安堵も含まれていたのかもしれない。


 幼い頃、小柄で女みたいだと揶揄われていた平太郎を庇って、じゅんはいつもいじめっ子と喧嘩になっていた。それがまた勝ってしまうような子だったから、この子に頼りにされるには並大抵のことではいけないと子供心に感じた。


 見た目は娘らしくなったとはいえ、中身はそんな子供の頃から何も変わらない。

 じゅんからどう見えるか、どうやってじゅんに頼られるようになるか――。


 じゅんが平太郎の人生において、大きな役割を果たしていることだけは確かなのだが、当の本人はまったくもってそんなつもりがないらしかった。

 いつでも、じゅんはじゅんのままだ。


 溜息をつくと、いつの間にか、すぐそばに徳次がいた。祖父の長屋に三年ほど前から店子として住んでいるかざり職人で、最初はじゅんに粉をかけるのではないかと気に入らなかったものの、今では兄貴分として慕っている。

 無口で硬派な徳次だが、この時は妙に笑いを噛み殺しているような気がした。


「――徳次さん、何か言いたそうじゃねぇか」


 いや、と呟きつつも、徳次も平太郎と並んで姉妹の背中を眺めた。


「なぁ、あの姉妹はどんな男より片割れが手強いんだ。知ってたか?」


 じゅんにとって、りんは世の中で一番大事な人であり、そのりんを押しのけてじゅんの一番になれることはない。りんにとってもまた、妹ほど大事なものはないのだ。


「知ってる。お互いに苦労するな」


 頭を掻きながら言うと、徳次も微かに笑った。


「違いねぇや」



 ――姉妹は屋台を挟んで話す。

 秋の乾いた風が二人の頬を撫でるが、ちっとも寒くはなかった。


「ねえ、おじゅん」

「なぁに?」


「おじゅんが好きだから、栗飯を残してあるのよ。夕餉は栗飯ね」

「うわぁ、嬉しいっ。――もしかして、姉さん、あたしがいない間もずっと栗飯を用意して待っていてくれたの?」


「ええ、そうね」

「ごめんなさい。たくさん食べるわ」


「そうしてね。私だけでは長屋が広くって」

「うん――」


「ねえ、重陽が終わったら今度はどんな品を出しましょうか? 寒くなるから、あたため直せるものがいいかしら」

「そうね、おでんとか? また色々と考えましょう」


「手軽で美味しい、富屋ならではの品をね」


 いつかは二人、別々の道を行く。その日が訪れても、二人の絆が切れることはない。互いの仕合せを願い、心は寄り添っている。


 この世で二人だけの姉妹なのだから――。



     〈了〉

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四文屋姉妹 五十鈴りく @isuzu6

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