誰かに届け

あたりめ

届け

100円ショップで何気なく買い物をしているときに目に留まった一つの小瓶。

20センチほどの長さで、濁り無く透き通ったガラス。淡い茶色のコルクの栓。

見つけた瞬間にレジに持って行って支払いを終えていた。


家に帰ってから机に向かい、引き出しから取り出した一枚の紙に短い文章を書いた。「私の知らない誰かへ届きますように」と祈りを込めて。

書いた手紙をビンに詰めて、しっかりとコルクで栓をする。しっかりと抜けないように。

そして目的地へ向かうために、自転車カゴにビンを放り込み、ペダルに足を掛けた。


私の街は海が近い。

車で10分程、自転車でも20分も掛からない距離だ。

空は夏を感じさせるほど青々としていて、たまに太陽に掛かる雲のおかげで少し自転車を漕ぐ足に力が入った。

やがて緩やかな下り坂に差し掛かったところで心地よいくらいの風が出始めた。

海まであと少し。


長い下り坂を走っていると、住宅地の切れ目から青い海と水平線が目に飛び込んできた。

海に来るのはいつぶりだっただろう。

子どもの頃は学校の行事で年に1度くらいは行っていた気がするが、歳を重ねるごとに行く機会が少なくなっていた。


海に着くと防波堤の切れ目を探して、自転車を止めた。

防波堤横の階段を何段か上がると、白い砂浜とまばらな人の姿が見えてきた。

海と言っても海水浴場の様に綺麗な海岸ではない為、泳いでいる人よりかは、砂浜を歩いたり釣りをしている人の方が目に着いた。


周りを見渡した後に、水深が深そうなテトラポットの方へ歩いて行った。

テトラポットへ上ると若干足がふらつきそうだったが、なんとか踏みとどまることができた。

一歩一歩とテトラポットを渡って、やがて海に一番近いところまで来た。

チラリと左手に持ったビンに目をやり、再び海に視線を戻した。

波が少し高くなっていて、ビンを投げれば一瞬で飲み込まれてしまいそうだった。


「本当に誰かの元まで届くのだろうか…」

そんな気になってしまったが、思えばビンを見つけてからここまで、勢いだけで来ていたので今更考え直していることが可笑しかった。


右手に持ち替えたビンを大きく振りかぶって、海の方へ投げた。

放物線を描いて飛んで行ったビンは、10数メートル先で水面に着水した。


始めはプカプカ浮いていたビンだったが、波にのまれていくうちにどんどん沖の方へ小さくなって行った。

しばらくビンの行方を目で追っていたが、やがて分からなくなったところで海を背にし、自転車の元まで戻った。


自転車を走らせ、家に帰るまでの道のりで考えていた。


本当に人の手に渡るだろうか?

違う国にまで届いてしまうのだろうか?


そんな期待と不安を抱きつつ、手紙の内容を思い返していた。


手紙の内容は短い文章とQRコードのみ。






【チャンネル登録お願いします。】

私のYOUTUBEの宣伝のみだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰かに届け あたりめ @atarime83

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ