5話

———長い長い夢を見ていた。とても辛く、苦しく、悲しい夢。私ではない誰かの経験を夢に見ていた。頑張ろうとしていたことが上手くいかなくなり環境はどんどん悪くなっていく。手詰まりだと思い死のうとしたこともあった。だが、出来なかった。自分が居なくなればその分のしわ寄せが後輩に押し付けられてしまう。また自分と同じように苦しむ人が出てきてしまう。それが苦しかった。昔からそういった感受性が豊かで事故や事件のニュースで気分が落ち込む日もあるほどに、優しくそして脆い心。それでも頑張った分のお返しはあったお世話になった人に救われてそして、


 目が覚めると白い天井が私を見下ろしていた。不思議な夢を見た。とても不思議な夢だ。何故か実感がある。夢の中で体験したことがまるで現実で体験したことのように感じられる。そして私はこれを知っている気がする。私は大事なことを忘れている気がする。思い出そうとするが撥ねられて以降の記憶がどうにも定まらない。途切れ途切れで出鱈目に繋ぎ合わせられたように断片的にしか思い出せない。

「おはようございます」

突然声をかけられてふと我に変える。声の方を向くと白衣を着た男性が私を見下ろしている。

「体調はどうですか?どこか違和感や吐き気、頭痛などないですか?」

聞かれて自分の体を眺める。頭も触ってみる。が、頭の包帯以外の大きな変化は見つからない。おそらく大丈夫だ。

「はい、なんとも」

「そうですか。それはよかった」

医師は続けて応える。

「実はかなり危険な状況だったんですよ。危うく死んでしまうところでした」

「そんなにですか」

「ええ。これは伝えておかなくてはいけないことなのでお伝えしますね。」

私が病院に搬送された時点でかなり危うい状況だったらしい。元々体が弱かったことも重なって、かなりの出血量になっており、ついで骨折した骨が当たりどころ悪く腎臓に穴を開けてしまったらしい。それで済めばよかったのだがダメージを受けた片方を取り除いたとしても残った片方に支障をきたす状態であり生体移植を余儀なくされる状況であったらしい。一刻を争う場面でドナーがいないとなると命の危機は刻一刻と迫ってくる。そこにたまたま居合わせそして病院まで付き添ってくれた男性が提供者になってくれたらしい。血液もいただいたようだ。手術は滞りなく進み大事には至らなかった。

私は夢の話を先生にしてみた。

「そんなことが。聞くところによると、臓器提供者の記憶や性格などがそのDNAを通して患者さんに影響を与えることがあるそうです。もしかしたらそれかもしれませんね」


私は動けるようになるまでまる2日を要した。動けると言ってもまだ車椅子に乗って移動が出来る範疇なのだが、それでもこうやって動けるのは寝ているよりも退屈しなくて済む。それに会わなくてはならない人がいる。


「こんにちは。お待たせしました」


院内の中庭、紅葉が色付く木々の下、ベンチに座って本を読んでいる男性がひとり。私は迷わず声をかけた。なんとなく分かっていた。ここにいると。そして向こうも分かったのだろう。今日この時間に私が来ることを。これは運命やそう言ったロマンチックなことではなく、もっと現実的でそしてある種、宿命めいたものであると思う。血で通じ合いそしてお互いの勇気を持って私たちはこうして初めて面と向かってこの物語を続けることができる。どちらもこのひとつの、小さな勇気がなければここでまた出会うことはなかったはずだ。


「お久しぶりです。ちゃんとご挨拶してなかったですよね、私は」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな勇気 kanaria @kanaria_390

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ