4話

 今日もバイトがある。今までとは違い長く続いて始めてから2ヶ月が経とうとしている。ここまで続けられている自分をまずは讃えようと思う。店長や同僚や先輩も私の体を気遣ってくれる。その優しさがたまに辛い時もあるが、そのおかげでここまでやってこれた。とそう思っている。この信号を渡れば目と鼻の先にカフェがある。今日もバイトだ。元気にそして皆んなと同じように働くことができる。今日はやけに赤信号が長く感じた。大人しく信号を待っていると私の隣を横切る男の子の姿があった。「あっ」と思った瞬間、体が自然と動いた。動いたと認識した瞬間にその行動は勇気と自覚を伴ってあの子のもとへ駆け出した。その後のことは考えていなかった。どうなろうともこの小さく尊い命を護らなくてはいけないと、そう、思った。こんな、こんな私でも何か出来るんだと、証明したかったのかもしれない。哀れで先のことを考えていない愚かな行為で蛮勇であるとわかっていても。

痛みは一瞬だった、重い衝撃が体を貫いた。子供を庇うように覆い被さり。男の子はなんとか守れたようだ。腕に擦り傷があるように見えたけどあの子も五体満足で意識もあるなら自分としては及第点だろう。私はと言えば体の感覚が薄れてきている。これが死ぬということなのかと意識的に悟った。助けた男の子は心配そうな顔をして、私を見下ろしている。「大丈夫だよ」と声をかけようとしたが、うまく言葉が出てこなかった。

「誰か、救急車を!」

「大丈夫!もう、呼んでる!」

「ありがとうございます!大丈夫ですか!聞こえますか!」

誰かが呼びかけている。誰だろう。おかしいな皆んなぐにゃぐにゃだ。でもなんか見覚えがある。でも、今日はちゃんと元気そうな顔だ。泣きそうになってるけど、元気そうだ。私も、げんきだ。

「あの時は、ありがとうございます。とても辛かった、でもあなたが声をかけてくれたから。だから今ここであなたを助けることが出来る」

うまく理解が出来なくて何か言ってることはわかるのだが、それを咀嚼できずにしかしその顔はしっかりと記憶していたあの疲れた顔をした人だった。疲れていたはずの顔は隈も無くなり血色も良さそうだった。

「お兄さん、元気でしたか、」

「はい。あなたのおかげです、だからあなたも」

そうか、ならよかった。それならあれだけ卑下していた自分のことも少しだけ誇れるだろう。自分には何もできないと思っていた人生も人並みに誰かへ影響を与えられると、そう思えたならこの人生も悪くなかったと言えるだろう。ただ一つ悔いが残るとすれば、ひとつだけ我が儘を言うとすれば、もう少しあと一秒でもいいから長くこの幸せを噛み締めていたかった。



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