第4話 魔王令嬢とエルフとリザードマン






「おお、凄く速い!!」


「でしょ? 地竜に馬車を引かせるとパワーが段違いなのよ」



 僕ことヴァイス・ロートヴァールは、アシュタロト様に忠誠を誓った。


 そして、今はアシュタロト様が乗る馬車に同乗し、流れるような外の景色を堪能している。


 馬車と言っても、引いているのは馬ではない。

 地竜と呼ばれるドラゴンの一種で、スピードとパワーが凄い種類らしい。



「凄いだろ? アシュタロト様は操竜魔法っていう固有魔法を使えてな。気性の荒いドラゴンも簡単に従わせることができるんだぜ」


「従わせてるわけじゃないわ。拒否はできるもの。ドラゴンたちが私に怯えて未だ断られたことがないだけよ。ところで、どうして私の馬車にボーマンがいるのかしら?」


「あ、僕がお願いしたんです。アシュタロト様と二人になったら何をされるか分からないですし」



 そう、馬車にはもう一人同乗者がいる。青っぽい鱗のリザードマン、ボーマンだ。


 アシュタロト様と二人きりとか怖いしね。



「ぐっ、悲しい程に信頼が無い……ッ!!」


「そりゃ初対面で自分の匂いを摂取しようとしてくる女とか信頼できないでしょうよ」


「ハッ!! 今のヴァイスきゅんは私の部下なんだし、ちょっと命令すれば――」


「権力を振りかざした瞬間、俺はアシュタロト様を軽蔑しますがね」


「や、やーね、冗談に決まってるじゃない。HAHAHA!!」



 明後日の方向を見ながら笑って誤魔化すアシュタロト様。



「アシュタロト様」


「ん? 何かしら? 私のヴァイスきゅん!! お姉さんに抱きしめて欲しいの? 良いわよ、いつでも来て!! むしろ今すぐカモン!! 代わりにちょっと首の辺りをペロペロさせて!!」


「……」



 もう色々と無視しよう。



「……さっき固有魔法と言っていましたが、それはなんですか? あと魔術との違いは?」


「え? うーん、名前のままの意味の魔法、としか説明できないわね。魔術は学べば誰でも使えるけれど、威力や性能は魔法よりも劣るわ。当然、固有魔法よりもね。ちなみにヴァイスきゅんの魔法も固有魔法だったりするのよ」


「そう、なんですか?」


「貴方の魔法は、精霊魔法。精霊を通じて魔法を使う魔法ね。だから普通の魔法よりも威力が高いの」



 精霊魔法。それが僕の固有魔法……。



「アシュタロト様は、どうして僕のことをそんなに知ってるんですか?」


「それはもちろん、君が〝推し〟だからよ!!」



 推し。


 アシュタロト様曰く、金、権力、その他全てを貢いででも幸せにしたいと思う相手のことらしい。


 いや、だったら益々分からない。



「アシュタロト様は、どこで僕のことを知ったんですか? 僕は生まれてからずっと地下牢に囚われていましたし、推される理由が分かりません」


「あ、それを聞いちゃう? フッフッフッ。実はね、私には前世の記憶があるのよ!!」


「前世の記憶?」


「ええ!! この世界は前世の私をオタクの沼に引きずり込んだ作品で、ヴァイスきゅんは私の推しだったの!!」



 アシュタロト様が目を輝かせて言う横で、ボーマンが溜め息を零す。



「気にするな、ヴァイス。たまにあるアシュタロト様の妄言だ」


「し、失礼ね!! 本当の話よ!! ヴァイスきゅんは信じてくれるわよね?」


「……そういうこともあるんじゃないですか?」



 否定ではない僕の言葉に、アシュタロト様とボーマンが目を瞬かせる。



「本当に信じてくれるの?」


「適当に話を合わせない方がいいぞ? アシュタロト様が調子に乗るから」


「いえ、前に小さい人から教えてもらいました。この世界には極稀に、別の世界で生きていた記憶を持って生まれてくる者がいるって」


「ん? 小さい人? なんだそりゃ」



 ボーマンが首を傾げる。


 小さい人の正体は僕も知らない。


 ただ、地下牢に繋がれている僕の前にふらりと現れては色々なことを教えてくれるのだ。


 僕が言葉や文字を話せるのも、その小さい人に教えてもらったからだ。



「ヴァイスきゅん、それはきっと精霊ね」


「精霊? あの小さい人が?」


「ええ、間違いないわ。貴方は精霊魔法の使い手。精霊に愛されし者。もしかしたら、貴方の酷い扱いを見て、精霊たちが心配したのかも知れないわ」


「……知らなかったです。小さい人たちが精霊だったなんて」


「ふふふ。だってこれはストーリーの終盤で明らかになる情報だもの。知らなくて当然だわ」



 すとぉりぃ? よく分からないけど、アシュタロト様は自慢気だった。


 その時。


 きゅるるるるる、と僕のお腹が鳴った。

 今日は色々あったせいか、思ったよりお腹が空いていたようだ。



「そう言えば、そろそろお昼寝。ボーマン、何か食べ物は無いかしら?」


「そんなこと言われても、今回の遠征は奇襲作戦がメインですから、最低限の食料しか持ってきてないですよ。干し肉はクソ不味いですし」



 そう言ってボーマンが取り出したのは、動物の肉を干したものだった。


 ……お肉……じゅるり……。



「……それ、ください」


「ん? いや、めっちゃ不味いぞ? 臭みが酷いし」


「気にしません。ください」


「ま、まあ、良いけどよ。不味いって言って捨てるなよ」



 ボーマンから干し肉を受け取り、僕はガブッとかじりつく。 


 ……美味しい。


 噛めば噛むほど、お肉の味が染み出してくる。



「お、おいひいれす!!」


「え? まじで言ってんのか?」


「むぐっ、はい!! 今まで食べたものの中で一番美味しいです!!」



 僕はお肉を食べたことが無い。


 というか、腐っていない食べ物を食べたことが人生で一度も無い。



「今まで腐ったものばかり与えられていたので。多分、味覚がおかしいのかな」


「……帰ったら、俺がもっと美味い飯屋連れてってやるからな」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「ちょっとボーマン!! 私も誘いなさい!! ヴァイスきゅんの食事シーンは一度たりとも見逃さないんだから!!」



 干し肉をかじりながら、僕はふとあることに気が付いた。



「ところでアシュタロト様、僕たちはどこに向かってるんですか?」


「あら? 言ってなかったかしら? 私たちが向かっているのは――」



 アシュタロト様が馬車の窓を開けて、指を差したその先には。

 天をも貫かんばかりの巨大な塔を中心に広がる大きな街があった。



「魔族が支配する国、ペイヴァロンの首都。その魔王城よ!!」



 満面の笑みで言うアシュタロト様の表情は、今日一番のドヤ顔であった。


 

 

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推し活したい魔王令嬢は今日も僕を逃がさない。〜虐げられているところを助けてくれたと思ったら、とんでもない変態美女だった件。ちょ、あの、近寄らないでください〜 ナガワ ヒイロ @igana0510

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