第3話 魔王令嬢に忠誠を誓う
「ん? あれは……」
地下牢から出た僕の目に映ったのは、手足を枷に繋がれている里のエルフたちの姿であった。
ボーマンと同じようなトカゲに近い見た目をしたリザードマンに囲まれており、何やら大きな声で泣き喚いている。
「あれは生け捕りにしたエルフだ。余計な真似はするなよ? お前はアシュタロト様のご命令で捕まえはしないが、もしも――」
「ご心配なく。僕はあの人たちに何の情もないので」
「む、そ、そうか?」
実際、エルフたちを見ても何も思わない。
いや、憎いとは思っている。僕を地下に押し込めていたことが許せない。
でもそれだけだ。何か仕返ししようとは思わない。
少なくとも、これ以上何かをされない限りは。
「あっ、お、お前は!! おい!! 名無し!! 我々を助けろ!!」
そう思った矢先に、エルフの一人が僕を見て怒鳴り散らした。
無視した方がいい。もう関わりたくない。
「今まで生かしておいてやった恩を忘れたのか!! お前のような化け物が生きていられたのは誰のお陰だと思っている!! いいからさっさと我らを助けろぉ!!」
「……鬱陶しいハエね」
アシュタロトが叫ぶエルフに向かって手を伸ばす。
おそらくは、何かするつもりなのだろう。
その前に、僕がそのエルフの首を風魔法で刎ね飛ばした。
「あ、あら?」
「お、おい、どうした?」
アシュタロトとボーマンが目を瞬かせる。
僕は二人を無視して、捕まっているエルフたちの方へ歩み寄った。
「……知ってる……知ってる……知らない……知ってる……知ってる……知ってる……知ってる……」
エルフの顔を一人一人、確認する。
小さな子供のエルフを除いて、知らない顔はあまりいなかった。
全員が、地下牢にいる僕を嘲笑い、殴る蹴るの暴行を加えてきた連中だ。
「この中に、僕の父と母はいますか?」
そう問いかける。すると、何を勘違いしたのか、エルフたちは一斉に声を上げた。
「っ、わ、私だ!! 私がお前の父だ!!」
「ち、違う!! 俺だ!!」
「わ、私が母親よ!!」
「何言ってんのよ!! 私が本当の母よ!!」
誰もが自らを親と名乗り、命乞いをする。
多分、親だと知ったら助けてくれるかも知れないなどと淡い希望を抱いたのだろう。
「なら、死んでください」
「え――」
名乗り出たエルフたちの首を、まとめて魔法で刎ねる。
僕の突然の行動に、周囲のリザードマンたちは唖然とした。
無理もない。いきなり大量虐殺するなんて、ビックリしないわけがない。
「ぉわぁお」
「よ、容赦ねーな」
「あのエルフ、仲間じゃないのか?」
リザードマンの何人かが、自らをエルフたちの無惨な姿に重ねてか、首を擦っている。
「な、何故、こ、こんなことを……ッ!!」
「さあ? 何故でしょうね。正直、僕にも分かりません。ムカついたから、としか」
「そ、そんな、そんな理由でッ!!」
また一人、うるさいエルフの首を刎ねようとしたその時。
アシュタロトが僕の手を握って、攻撃を止めた。
「はーい、そこまで。それ以上は駄目だよ。せっかく遠征したのに戦利品が無くなっちゃう」
「……ごめんなさい」
何も言わずにただ謝ると、アシュタロトは優しく微笑んだ。
さっきまでの変態っぷりが嘘のような、聖母の如く優しい笑顔だった。
「大丈夫。今まで辛い思いしたんだから、ちょっとくらいやり返したって罰は当たらないわよ」
それからボーマンたちリザードマンがエルフたちを連れて行く。
焼け野原となったエルフの里には、僕とアシュタロトだけが残った。
「僕はこれから、どうすればいいんでしょうか」
アシュタロトに問いかける。
「貴方には、私の側近になってもらいたいわ。貴方の持つ魔法の力は強大だし、良い戦力にもなるでしょうから。一応、拒否権はあるけど――」
「あ、なら嫌です」
「即答!? な、何故!?」
「なんというか、生理的に無理なので。初対面の相手の成分を吸いたがる変態はちょっと」
「そ、それは、その、あれだから!! 悪気はないのよ!!」
「……それに」
僕は冗談をやめて、本音を吐き出す。
「自分の親かも知れない人を殺す化け物なんか、いない方が良いのでは?」
「ヴァイスきゅん……」
「きゅんはやめてください」
「……ヴァイスきゅん。ちょっと付いてきて」
「?」
アシュタロトが僕の手を引いて、焼け野原となったエルフの里の中を何処かへ向かって移動する。
やがて辿り着いたのは小さな広場だった。
その広場の中心には小さな木が二つ、ポツンと生えていた。
まるで何かに守られているかのようにその二つの木だけが燃えていない。
これは……?
「これはね、ヴァイスきゅんのお父さんとお母さんのお墓よ」
「え?」
「エルフには死者を弔う時、お墓として木を植える慣習があるの。この木の下に、ヴァイスきゅんのお父さんとお母さんで眠っているのよ」
お父さんと、お母さんの墓……。
「ヴァイスきゅんのご両親は、ヴァイスきゅんを守ろうとして里のエルフたちに殺されたのよ。そして、誰かが弔ってくれたんでしょうね」
「……僕のせいで、二人は死んじゃったんですね」
何気無く呟いた一言。ただ事実を述べただけ。
しかし、僕の言葉に激昂する人がいた。他ならぬアシュタロトである。
「それは違うわ!!」
「っ、な、何を……」
アシュタロトが、僕を優しく抱きしめてくる。
その抱擁からは下心が感じられず、ただ温もりだけがあった。
そして、僕の頭を丁寧に撫でてくる。
「貴方のせいじゃない。それは絶対に違う。悪いのは、貴方の力を認められず、恐れ、迫害した里のエルフたちよ。貴方は何も悪くない」
「っ」
そう言って真っ直ぐ僕を見つめるアシュタロトの真紅色の瞳に、僕は心臓が高鳴った。
な、なんだろう、これ。頬が熱い気がする。
さっきまでどうしようもない変態だと思っていたのに、何故かアシュタロトが優しく、かっこ良く、より美しく見える。
「……僕は、老人のような白い髪と血のように真っ赤な瞳をしています。気味が悪くないですか?」
「貴方の白い髪も、貴方の紅い瞳も、貴方のご両親が与えてくれたものよ。綺麗と思いこそすれ、気味が悪いなんて思わないわ」
心臓が痛い。よく分からないけど、アシュタロトと目が合うとドキドキする。
この心臓は、どうやったら治るんだろう?
「……アシュタロト。ううん、アシュタロト様」
「なぁに?」
「やっぱりさっきの話、お引き受けしたいです。僕を側近にしてくれるという話……」
「え? いいの?」
「はい。僕は今後、アシュタロト様に忠誠を誓います」
何故か無性に、こうしたいと思ってしまった。
これが忠誠心というものなのか、それはまだ分からない。
でも少なくとも、アシュタロトと一緒にいることが心地よいのは確かだった。
「や、やった、ぐひっ、こ、これで、これでいつでも推しを摂取できりゅ!! すぅー、はぁー。ぐふふふっ、えひっ、うひひひひひ!!!!」
「……あの、やっぱり気持ち悪いので近寄らないでください」
「え!? な、なんで!?」
さっきまで心が落ち着く温かい抱擁だったのに、急に寒気がしてきた。
あ、そうだ。アシュタロト様にずっと気になっていたことを聞こう。
「アシュタロト様。一つ聞いてもいいですか」
「ん? どうしたの? 私のスリーサイズなら内緒ダヨ!!」
「欠片も興味ないです」
「んはあっ!! 推しからの辛辣な言葉はご褒美です!! ……それで、何を知りたいの?」
僕はずばり、問いかける。
「ずっとアシュタロト様が言っている〝推し〟って、なんですか?」
この時の僕は気付いていなかった。
もう僕の心はこの御方から、アシュタロト様から逃げられなくなってしまっていることに。
推し活したい魔王令嬢から、逃げられない日々が始まることに……。
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