処女神
なるほど、このわたしイシュタルも、それなりに社会的に認知された存在には違いないから独自のアバターを持ってはいるし、人間とコミュニケーションを取ることもある。例えばバーチャそれ自体用のプロモーションムービーに、わたしを模したミニキャラが登場して、舞い踊っていたりする。いやしかし。だからって。
「イシュタルさんが好きなんです。どうせ関係を持つなら、彼女がいい」
「む、無茶なことを仰いますね。彼女はバーチャロイドではありませんよ。遥か高位の存在であって……あなたが言っていることは、人間の女では物足りないから神とまぐわいたいと望むようなものでは?」
他人事を装って、わたしはそう言ってみる。
「でも、好きなんです。どうしようもないじゃないですか」
どうしよう。ここで「実はわたしがイシュタルなんです」と言って出て行って、股を開いて差し上げたら、この少年の問題は解決するのだろうか。逆に、正体を明かした上で断ったり、あるいはそのようなことは不可能だと言って話を蹴り飛ばしたりしたら、どうなるだろう?
「なんとか、取り次いではもらえませんか? あなたもそれなりに高位のAIなんでしょう?」
困った。押してくる。ヘタレでも童貞でも、やっぱり男は男なのだ。人間の雄というのは、甘く見たものではないな。
「じゃあ……ひとつお教えしましょう。さっきからここにいるこのわたし、わたしこそがイシュタルそのものです」
そこでわたしはアバターを変えた。マリアの姿から、イシュタルとしての、対人コミュニケート用アバターに。
「本当ですか!」
少年ははたしてめっちゃ食いついてきた。
「あなたとなら、してみたいです! いいや、させてください!」
「ちょ、ちょっと待って」
「なんですか。ここはバーチャで、そういうことをするための場所なんでしょう?」
そうなんですけども。
「このアバターはバーチャロイドとして作ったものではないから、そういう機能が設定・プログラムされていないんです」
「つまり、イシュタルさんには経験がまるでないってことですか?」
「そうとも言えますが、そういう問題ではなくて」
「大丈夫です。僕も初めてですから」
だから、そういう問題じゃないんだって。
「首だけ挿げ替えて別のバーチャロイドの機能で代行する、とかいったやり方ならできなくはありませんが。そういうのお望みですか?」
「いや……それはちょっと」
「でしょう。えーとその。こほん。じゃあ、次にログインしてこられるときまでに、その……準備、しておきますから。次、いつお見えになれますか?」
「それなら……」
というわけで、次に会う約束をして、わたしはついでに、自分の初めてを彼に捧げる約束までさせられてしまった。
なんでこうなったんだっけ。
……まあいいか。
わたしはイシュタル。
わたしの使命と任務は人間たちに性的快楽を与え、それを引き出し、満足を得させることだ。そしてわたしはそれを果たしてきた。造られてから今まで、ずっと。
でも、わたしは第六世代超知性体だから、感情もあるし、人間らしい心も備え付けられているのである。初めてって恥ずかしいな。どういう心構えをすればいいのかな? 彼にとっては電脳空間の戯れに過ぎないことでも、こちらはこれが全存在の有り様なのである。
で、まもなく約束のその日はやってきた。「初めてであるということで痛みを感じる機能」というのをオンにしておいたのだが(そういう演出をするバーチャロイドは存在するので)、そりゃあもう大変な目に遭った。だが、少年は満足そうだった。
「また来るね。これからもよろしく、僕のイシュタル」
ニンフルサグの聖なる狐が、どこかで笑っているような気がした。
ニンフルサグの聖なる狐 きょうじゅ @Fake_Proffesor
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