与太話

有理

与太話

「与太話」


宮井 公美(みやい くみ)

新堂 恵(しんどう めぐ)


どうでもいい話。


公美N「揺れる氷旗。シャッターの降りた海の家。砂の乗ったアスファルト。」

恵N「錆びたバス停のベンチは左前脚が歪んでいる。」

公美N「踵を踏んだローファーは砂埃で汚れている。」


恵「別にどうでもいいんだけどさ。」


公美(たいとるこーる)「与太話」


_____


恵「あのさー」

公美「んー?」

恵「取れないんだけど。」

公美「何が」

恵「コーンだよコーン。底に一粒張り付いてんの」

公美「え、良くない?一粒くらい。」

恵「この一粒が食べたいんじゃん。」

公美「散々食べたんでしょ?味知ってんだし、たった一粒残ってたって良くない?」

恵「いや違うんだって。全部食べるのに意味があんじゃん。」

公美「よく分かんない理論」

恵「公美のほうが分かんないわー。」

公美「えー?そう?」

恵「この一粒、目の前にあるのに諦めんの意味わかんない。」

公美「宝石じゃあるまいし。130円のコーンスープでしょ。食べ足りないならまた買えば?」

恵「あー違う違う。食べ足りないわけじゃないよ。たった一粒食べたところで食べ足りるとかじゃないから。」

公美「意味わかんなーい。」


恵「…公美ってさ。トロッコ問題って知ってる?」

公美「何それ?」

恵「簡単に言うとさ、公美の手元にスイッチがあんの。目の前のトロッコの進路変えられるやつ。」

公美「はあ、」

恵「んで、進路が二股に分かれててさ、片方は1人線路の上で作業してて、もう片方は5人が線路の上で作業してんのさ。」

公美「いじめられてんの?」

恵「は?」

公美「いや、その1人の人は。」

恵「いやいやそこじゃないからさ。」

公美「え?」

恵「んで、無人のトロッコが勝手に動き出しちゃってその5人の方に走り出しちゃったってわけ。」

公美「なんで?」

恵「え?」

公美「なんで勝手に動き出しちゃったの?」

恵「いや、そこじゃなくて。」

公美「は?」

恵「公美がスイッチ押せば5人の方じゃなくて1人の方にトロッコ行くわけ。押さなかったら5人が死ぬ。押せば1人が死ぬ。んで、どうする?押す?って話。」

公美「んー。1人の人はイジメられてんの?」

恵「いやなんでそこなの?」

公美「じゃあ誰のミスで動き出したのトロッコ」

恵「だからなんでそんなとこ気になるの。」

公美「5人で1人をいじめてるって言うんなら押さない。バチが当たる運命だったんだって思う。」

恵「いやなにそれ?」

公美「背景大事じゃん。」

恵「いやこれは倫理観の問題な訳。1人を犠牲にってボタンを押せるのか、5人を見捨ててボタンを押さないのかっていう。」

公美「だから、その5人と1人の背景は?私の知り合いとか?」

恵「公美何言ってんの」

公美「え?それで変わってこない?」

恵「いやだからさ。」

公美「お母さんと、知らないおばさん5人だったら押さないでしょ?」

恵「だから。じゃあ、知らないおばさん5人と知らないおばさん1人だったら?」

公美「えー。そりゃどうでもいいな。」

恵「え、冷た」

公美「いや、だって、押しても押さなくてもなんか言われんじゃん。それって。」

恵「まあ、倫理観の問題だからね。」

公美「見て見ぬ振りして一目散に逃げる。」

恵「押さないってこと?」

公美「いや、その選択の場にいなかったことにしたい。」

恵「選ばなきゃいけないって言われたら?」

公美「誰に?」

恵「誰ってわけじゃないけど。」

公美「じゃあお前が決めろよ。って思うけど。恵は?」

恵「私は押す。」

公美「押すんだ。」

恵「1人より5人の命が守れるんなら。」

公美「へー。」

恵「なに?」

公美「殺人犯すってことだよね。」

恵「は?」

公美「だってその1人は死ななかった命だよね。恵が押したから死んだってことでしょ?」

恵「いやでも、押さなかったら5人」

公美「そうだよね。」

恵「…え、間違ってんの?」

公美「間違いとかあんの?」

恵「え、いや知らない」

公美「答え知らないのに話さないでくれる?モヤモヤすんじゃん。」

恵「答えあんのかな」

公美「え、ないの?」

恵「知らない」

公美「なんだそれー。」


恵「あー。くそ、取れない」

公美「捨てなって。あんたに食べられたくないってよ。」

恵「私に買われた時点で諦めろっての。」

公美「コーンだって意地があんだよ。」

恵「誰の味方?」

公美「コーン」

恵「じゃあ食べてもらったほうが幸せじゃんか」

公美「なにそれ、そんなの恵には分かんないじゃん」

恵「食べられるためにコーンスープになったんだよ?」

公美「食べられたいなんて思って育ったわけないでしょ。勝手に育てられて勝手に刈られて勝手にスープにされて勝手にあんたに買われたんだよ。」

恵「屁理屈」

公美「取れないってことは食べられたくないって最後の意地だよ」

恵「…」

公美「なに?」

恵「公美ってさ、友達いる?」

公美「え?あんた。」

恵「私以外で」

公美「まあ、それなりの人はいるよ。クラスにちらほら。」

恵「それ友達って言える?」

公美「友達の定義っていうのが一致してれば言える。」

恵「何その定義。」

公美「私の中の定義は、お気に入りのシャーペン貸せるかどうか。」

恵「なんだそれ」

公美「どうでもいいペンなら貸せるけど、気に入ってるやつって基本人に貸したくなくない?汚されるかもーとかなんなら戻ってこないかもとか思うとさ。」

恵「…なんない」

公美「え、誰にでも貸せんの?」

恵「シャーペンくらいなら貸せるよ。」

公美「うわ、まじか。」

恵「てか定義うっす。」

公美「え?恵は?」

恵「えー。友達の定義?」

公美「うん。どうしたら友達って言える?」

恵「うーん。家に呼ぶとか?」

公美「うわ、まじ?」

恵「え、なに?」

公美「それは無理」

恵「え、」

公美「知らない人家にいるとか鬼畜すぎる」

恵「知らない人って、クラスメイトでしょ」

公美「知らないじゃん。その人の癖とか性格とか本性とか」

恵「大体わかるじゃん」

公美「大体じゃダメでしょ。全部知ってなきゃ。」

恵「こわ。」

公美「え?」

恵「え、だってあんた私のこと家にあげたことあるじゃん。」

公美「そうだね。」

恵「私の何もかもを知ってるってこと?」

公美「まあ、大体は。」

恵「ダメじゃん」

公美「え?」

恵「大体じゃダメじゃんか。」

公美「恵はいいんだよ。長い付き合いじゃん」

恵「長さ関係あんの?」

公美「まあ。」

恵「定義緩いなー」

公美「言われてみれば。」


恵「じゃあ、トロッコ問題と似たようなやつでさ臓器くじって知ってる?」

公美「何それ名前こわ」

恵「これも倫理観のやつでさ。」

公美「うん」

恵「臓器提供ってあるじゃん、あのドナーとかいう。」

公美「脳死したらーとか免許書の裏に書いてあるやつか。」

恵「そうそう。世界中にいるじゃん、待ってる人。」

公美「身近には幸運にもいないけどさ。」

恵「それで、そう言う人たちのために定期的に健康な人の中からくじ引くのさ。選ばれた人1人に対して5人が助かるの。臓器もらって。」

公美「何あげるの?」

恵「え?」

公美「選べるの?この臓器にしまーすって」

恵「いや、使えるもの全部あげるから選ばれた1人は死んじゃうよ。」

公美「えー。怖いくじ」

恵「まあ、確かに。でも、提供しなきゃ待ってる5人が死ぬのよ。」

公美「さっきと一緒じゃん。トロッコ問題」

恵「そうそう。んで、こういう臓器くじ正しいのかっていうやつ。」

公美「正しいも何も国が決めたんなら仕方なくない?」

恵「公美が決められる立場なら?」

公美「えー。身近に待ってる側の人いるならやるわ。」

恵「いなかったら?」

公美「やらない。」

恵「お、即答」

公美「いや、さっきと一緒でさ。背景じゃない?その決める人のさ。」

恵「だからそこじゃないんだって」

公美「じゃあ恵は?」

恵「私はやらない。」

公美「さっき押すって言ったじゃん。」

恵「だって自分も当たるかもしれないんだよ?臓器くじはさ?」

公美「自分が提供したくないから5人は見殺しできるんだ。」

恵「言い方悪」

公美「まあ、それが多数なのかな」

恵「公美だって身近にいなきゃやらないって言ったじゃん。」

公美「でも身近にいるならやるよ?私が選ばれたっていいって思う。」

恵「…まあ、」

公美「そういうのってさ、正解とかあるわけ?」

恵「正解とかはないんじゃない?」

公美「それ答えてなんになるの?」

恵「だから自分の倫理観の」

公美「ただ考えるだけ?」

恵「そうじゃないの?そういう人間なんだーって思う」

公美「思ったからなんになるの?」

恵「え?…うーん」

公美「なんかこう首から下げてさ?私はこの問題はこういう答えを選びますって。それみて付き合いやめよーとかなるってこと?」

恵「それは違くない?」

公美「じゃあ必要なくない?」

恵「うーんまあ、えー」

公美「私は別に恵が私と違う倫理観持ってても何とも思わないよ。」

恵「そりゃ私だって、」

公美「どうでもいいしさ。」

恵「うん。」

公美「あ、でも。」

恵「ん?」

公美「私がトロッコの1人の方なら、揺らいでほしいな。」

恵「は?」

公美「もう一個の方でも。くじでもそう。」

恵「5人見殺しってこと?」

公美「背景、大事じゃん?」

恵「あー、うん。なんとなく分かったかも。」

公美「でしょ?」

恵「うん。背景大事だわ。」


公美「てかバス来なくない?」

恵「来ないねー」

公美「あ、諦めたんだ。コーン」

恵「さすがに。萎えた」

公美「あのさー」

恵「ん?」

公美「あんたのせいじゃないからさ。諦めなよ、私のことも。」

恵「…関係なくない?」

公美「大体さー。この初夏によく売ってるよねコーンスープ」

恵「…うるさい」

公美「やり直せるわけないって。」

恵「…」

公美「たまたま、あんたの押したスイッチの先に私がいたってだけじゃん。」

恵「…」

公美「あんたが認めなかった臓器くじの待ってる側が私だったってだけじゃん?」

恵「…」

公美「それってあんたのせいになんの?」

恵「それと、関係ないから。」

公美「もう5年半も経ってんだよ。」

恵「私の問題じゃん。公美に関係ない。」

公美「いやいや、こっちだって毎週末来られたんじゃ気にするってさすがに。」

恵「…」

公美「…」

恵「あーあ。」

公美「なに?」

恵「トロッコ止める方法、考えてんの。」

公美「今更」

恵「考えてんのー。ずっと、考えてんの。」

公美「今更。」

恵「悪い?」

公美「悪くはない。でも止まんなかったのは事実。変えられないよ今更さ。」

恵「なんでさー」

公美「何よ」

恵「なんで一緒に轢かれてくれなかったんだよー。」

公美「なんだそれ。」

恵「いっそ一緒ならさー。こんな暑い中コーンスープなんて飲まなくて済んだのにさ。」

公美「そりゃあ、友達だからさ。」

恵「シャーペン貸せるくらいのうっすい定義のくせに」

公美「悪い?」

恵「悪い」

公美「はい、嘘ー」

恵「うるさい」

公美「毎回意味わかんない問題持って来んなっての。」

恵「うるさい」

公美「どんな答え持ってるあんたでも、後悔してないよ。」

恵「…」

公美「恵。」

恵「許されたいって思ってるわけじゃないけどさ、」

公美「許す許されるとかじゃないじゃんか。」

恵「もっと、もっとこうしたかったんだよ。長い時間、あんたと2人で話したかったんだよ。」

公美「うん」

恵「私たちずっとこんなだったじゃん。こんな風にずっといられたはずじゃんか。」

公美「うん。」

恵「なんで、」

公美「仕方なかったんだって。」

恵「…」

公美「どうしても取れなかった一粒みたいにさ。」

恵「…」

公美「仕方ないことだってあるんだよ。」

恵「諦めたくない」

公美「恵。」

恵「じゃあ、諦めたくない。」

公美「やり直せないんだって。こればっかりは。」

恵「なんで、そんな冷たいこと言うんだよ」

公美「…ここ、こんなに錆びてたっけ?」

恵「海沿いだからね。」

公美「せめてベンチ、捨ててくれたら良かったのにね。」


公美「ね、恵。そしたら忘れられたのにね。」


恵「忘れるもんか。また来週来てやる」

公美「もういい加減しつこい」

恵「また、問題持って来てやる」

公美「わからずや」

恵「足りないんだって。まだ。」

公美「恵」

恵「だから、成仏せずに付き合って。」

公美「長すぎ。」

恵「いいじゃんか。」

公美「よくない。」

恵「公美。」

公美「何?」

恵「…なんでもない。」


恵N「揺れる氷旗。シャッターの降りた海の家。砂の乗ったアスファルト。」

公美N「錆びたバス停のベンチは左前脚が歪んでいる。その麓に供えられた花束とジュース、そしてコーンスープ。」

恵N「踵を踏んだローファーはベンチの下、砂埃で汚れている。」


公美N「あの日助けた友人は、5年経った今でも私をここに縛りつける」

恵N「あの日死んだ友人は、5年経った今でも私とここで取り戻せない時間を過ごす」


公美「てかさ、」

恵「んー?」

公美「別にどうでもいいんだけどさ」

恵「なに?」

公美「スーツのボタン掛け違えてるよ」

恵「え、早く言ってよ。」

公美「それ朝から?」

恵「そうかも」

公美「はずー」


恵N「どうでもいい話を、ずっと。あんたと。」

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