第二幕、従者
一章、機関
シエルがこの地に流れ着いて一か月の時が過ぎた。
その間、世間では謎の怪物や怪奇現象が多数目撃され、それによる被害も少なからず出ている。
優弥の予想通り、あの日の出来事は始まりに過ぎず侵略者達が徐々に侵攻して来ている。
それに対応する為、優弥とシエルは街を守る為に夜な夜な出歩いては、謎の怪物『魔物』を退治する日々を送っていた。
優弥の研究結果では、奴らが現れる場所には予兆として歪みが発生するようで、それに気づいた優弥達は先回りして対処していた。
そしてそこから現れる魔物にはマナを用いた攻撃でしか有効打を与えられず、シエルの存在が要であった。
彼女を戦いから遠ざけたいその反面頼ることしかできない無力さ。
それに対して、憤りを感じる優弥だったが、シエルはいつも笑顔で彼の手を握り「戦いは私に任せてください」と言うばかりであった。
そんなある日の昼間、優弥の元に一人の女性が訪れた。
「やあ、君がかの七瀬博士の孫の優弥くんかい?」
みさきと同年代くらいの小柄、少女というに相応しい。
相手は優弥を知るようだったが、優弥は彼女を知らない。
「君はだれだ?」
「あたしは二葉愛奈。天才メカニック…まあ技術屋かな。」
「…そんな天才が俺に何のようだ?」」
「先月、この町で大きな瘴気の反応があった。それについて…ね。」
怪しく微笑む愛奈。
この人物の得体の知れない雰囲気を感じた優弥は、少し間を空けた後彼女を家の中に招き入れた。
「…どれだけ知っている?」
「主語を言ってもらいたいところだけど…。そうだね。君ほどではないが色々と、かな。」
優弥の問いに愛奈はそう答える。
「そもそも2つ言いたいことがある。1つ目君のお爺様の異世界研究論。あれが、君のお爺様だけのものだと思う?」
「…」
「君のお爺様は凄い研究者だ。証拠たるものが次々と現れている今それは疑いようはない。だが、その研究は彼一人だけで行なっていたものな訳ないだろう。」
優弥の祖父、『七瀬宗治』は並行世界論を唱え、その異世界から流れ来る微弱なエネルギーから、人類の文明の進化や、別世界からの侵略の危惧を訴えてきた人物であった。
大衆からは笑い飛ばされるほどの内容だったが、孫の優弥は彼の残した証拠や研究結果に魅了され、それを正しく引き継ぐ事を決めて、大学に行く傍一人でエネルギーを利用したモノの開発などを行なってきた。
しかし、彼女が言うには祖父には研究仲間がいた事になる。
「直接引き継いだお前ほどではないかもしれないが、異世界の情報を握っているのはお前だけではないということだ。」
愛奈はそう言ったあと間をあけ、指を二本立てて優弥に向けた。
「そして二つ目、化け物退治をしているのは貴方だけではないと言うこと、やつらが現れているのはこの町だけじゃない」
「…やっぱりそうなのか。」
「そ、だから専門の機関が動いてる。貴方の祖父が存命の時からこっそりとね。…ま、化け物…魔物退治は最強からだけど」
「機関…?」
「政府直属の特務機関『エイジス』、名のある研究者達が結論出した異世界に対する事態をまとめ、管理し、脅威なら排除する機関。…設立者は『二葉一郎』…私の祖父ね。」
それを聞いて、優弥はその名を思い出した。
祖父には相棒とも言える親友がいたこと、その名前が『二葉』。
「じゃあ、爺さんの研究はお前の爺さんも…」
「知ってる。全部じゃ無いだろうけど」
そういったあと彼女は咳払いをわざとらしくして、優弥を睨んだ。
「それを踏まえて本題。一ヵ月前。この街にかつて無いほど強大な反応が二つあった。あれは何?」
それは雨の事件のことを言っていることは優弥もわかる。
だが、優弥は黙った。
「正直に答えてくれたら私は何もしない。でも、この町に貴方がいる以上、全くの無関係だとは思わない。解決したのが貴方じゃなくてもいい。知っていることを話して」
「それを知ってどうする?」
「今後について決める重要な事よ?何も答えない?それとも嘘をつく?残念だけど私は強行策に
出る事ができるのよ」
あの日のことを話せば間違いなくシエルの存在は避けては通れない。だが、彼女の言う強行策で自分の身の回りを調べられてもシエルの存在はバレてしまう。
それならいっそ、時間をなんとか作ってシエルには海に逃げてもらえれば…。
優弥がそう考えた瞬間、祖父の研究施設のドアが開いた。
車椅子に乗ったシエルとそれを押すみさきだった。
「お客様。話は聞いてました。私がお話しします。」
そう言ったシエル。みさきは黙って優弥の座る椅子の横に彼女を並べた。
(いや、私も止めたのよ?でも手伝ってくれないなら這ってでも行くって本当にやろうとしたから…)
優弥にそう耳打ちするみさき。
それを聞いた彼の心拍数は跳ね上がった。
「耳長の女の子…?君は…」
「はじめまして、私はシエル。ここでは無い世界から来た人魚です。」
あまりにもストレートな自己紹介、それに対して三人は目を丸くした。
「え、は?人魚??」
「足、見ますか??」
動揺する愛奈に対して畳み掛けるようにシエルがスカートを捲り、尾鰭を高く上げた。
「…」
「一ヵ月前の事件。謎の人物が起こした雨の災害を止めたのは私です。」
「ちょ、ちょっと待って?それもびっくりなんだけど整理がついてないの!」
シエルの存在に慌てる愛奈。
優弥は深くため息をつくと。
「知られたなら、もう一から話そう。シエル。」
と言って時間をかけて彼女との出会いから話し始めた。
…
「なるほどね…。嵐に雨に謎の男。…それと人魚。」
一通り聞いた愛奈は頭を抑えた。
「ホントなら色々証拠をみせなさいと問い詰めるきでもいたんだけど…。全部目の前の人魚みたら納得してしまうのは何故かしら…」
「あー、わかる。私もこの子を連れてきたとき、頭の中ぐちゃぐちゃになったし。」
妙に共感する愛奈とみさき。
「…二葉…さん。お願いがある。」
優弥が真剣な表情で愛奈をみつめる。
「彼女の事は黙っててくれないか。俺は彼女に、戦いじゃなくてもっと色んなものを見せてやりたいんだ。…特に機関には。彼女の自由を許して欲しい」
深々と頭を下げる優弥。
正直戦う力を持たない優弥自身、シエルを必要としている部分はある。
けれど、一人の女の子として日常に居させてあげたいと言うのは本心だった。
「え?言う気ないけど?」
「「「は?」」」
「言ったじゃん、正直に話してくれたら何もしないって、そもそも私機関の人間じゃないし。まあ、嘘つかれたら機関に通報したかもだけど。」
「…待てよ。じゃあ何しに来たんだ?」
「そりゃ、自分を売りに来たわけさ」
「何言ってんの…?この子」
「七瀬優弥。私と手を組もう。」
ふふんと笑って言う愛奈だが、三人は困惑していた。
「いいかい。七瀬。私が来たように機関はいずれお前を怪しんでここに来る。その人魚がバレるのも時間の問題だ。だが、私はメカニックだ。お前が設計したアイテムを私が形にしてやる。そうすれば彼女の存在を隠す手段だって見つかる。」
優弥が持つのは祖父からもらったマナの研究と、そのエネルギーを用いたアイテムの設計技術。
しかし、それを形にするには優秀な技術屋が必要だった。
彼女はそれを理解した上で彼に提案している。
「…だがお前を信用していいのか…?」
彼女は敵ではないとはいえ、こちらの知られたくない秘密を知ってしまった。
その上、無関係とは言うが彼女が二葉であり少なからず繋がりがある以上、こちらの情報が機関に漏洩する可能性もある。
もしそうなれば、シエルの安全は保証できない。
「まあ、疑うよね。…じゃあこうしよう、私は可能な限り機関の持つデータを君たちに提供しよう。それならもし私が機関の人間であるとして、今後君たちを裏切っても機関に戻ってくることはできないだろう?」
確かに情報を流出させた事がバレたら彼女は罪を問われるだろう。
それにいま追い返してしまうと、彼女がシエルの事をどこかで漏らしてしまう心配もある。
話してしまった以上、なにかしら彼女の首を掴んでおく必要はあった。
「…逆に貴女が無所属として、なぜ機関ではなくこちら側に協力する事を選ぶの??」
「堅っ苦しい組織的な統率の中に動くことが嫌だから。」
みさきの問いに愛奈は表情一つ変えず答えた。
優弥とみさきは目を合わせて溜息をついた。
「…優弥さん。信じてあげませんか?」
「シエル?」
「彼女の目からは野心のようなものは感じません。それに何か…武器などを作っていただけるなら私達の負担は減るのではないでしょうか?」
「それは…そうだが…」
シエルからの純粋な目線を受けて、優弥は大きく息を吸った。
「わかった。他ならないお前がそう言うのなら、二葉愛奈、彼女の協力を歓迎することにしよう。」
「おー、流石!私に任せなさい!」
「でも、俺は必要以上に情報を渡さないし、もしもの時は容赦しないからな。」
「もー大丈夫だって。…あ、私、家無し宿無しだから、ここに住ませてもらうけどいいよね?」
「「それは話が別(だ)!!」
こうして、自称天才メカニックの二葉愛奈がシエル達の仲間に加わった。
蒼き大海の姫君ネレイドラフィーネ 菜月ふうり @huurinnatuki
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