終章

「あ、ピンクのお姉ちゃんだ!」


「ピンクのお姉ちゃん!絵本読んでー!」


ある日曜日の昼過ぎ、場所は公園。

沢山の子供達がやってきた車椅子の女性に集まってくる。

その女性はシエル。

みさきの提案で、足元を念入りに隠す事で人魚である事を隠しながら外に出ている。

当初は服を着る事に窮屈さを訴えていたが、外に出るための立ち振る舞い方などをみさきが念を入れてレクチャーした為、人間と遜色なく溶け込んでいる。

それでも絶対にバレないという保証はないが、かならず優弥かみさきが近くにいる為フォローはできる。


「あらあら、今日はなんでしょう?ん…これは…にんぎょひめ…?」


「人魚姫もしらないのー!?」


「俺たちでもしってるのにー!」


シエルは世間知らずであり、その見た目から非常に目立つが、真面目かつ優しく何にでも興味を示す為、当初は浮世離れしたように見られていた街の中でもすぐに馴染みの顔となった。

特に子供達には非常に好かれており、言葉は話せてもあまり難しい文字が読めない彼女は、近所の子供達と絵本を読んだりして日々学習をしている。

ちなみに、優弥の家に住んでいるということで、彼女のことは、優弥の祖父の助手の娘ということになっている。

事故で両親と足の自由を失ったという設定込みで優弥達の知り合いからは知られている。


あの事件から数週間が過ぎた。

雨によって倒れていた人はあの晩の記憶がないらしく、その家族達には怪しまれたが、世間的にはあの事件に関しては知られることはなかった。

それには死者やその後に問題を抱える人がいなかったことが大きいのだろう。


シエルはその後優弥の家に連れて帰られ、彼の祖父が海洋研究に用いていたプールに住み着くこととなった。

危惧することは魔石を喰らった影響だが、彼女の胸元に結晶が露出した事以外。特に目立った外見の変化はなく、あの日以来人間の姿になることもなかった。

しかし、当初は非常に短い時間しか活動出来なかった陸上でのタイムリミットは非常に伸びており、適度に喉の渇きを潤すだけで3時間程度は問題なく活動出来るようになった。

これは魔石の効果であると、優弥は睨んでいるが彼は彼であの夜現れた敵の存在や、今後のことで頭が一杯であった。

結局、あの日シエルが倒した男の正体は不明。

ただ異世界人である事は間違いなく、シエルがこの世界にくる時に見た『渦に吸い込まれた島』との関連性が深いと優弥は考えた。


もしそれが、彼の祖父が予言していたこの世にいずれ現れる脅威であるとするなら…。


優弥にとってこの事件は無縁ではなく、シエルとの出会いも運命であるとするなら…。


優弥にとっても、あの事件は始まりに過ぎない。


「優弥さん!聞いてください!優弥さん!」


ベンチに座り考え込む優弥の元に、自力で車椅子を動かしてシエルがやってきた。


「こんな…こんな酷い話があるなんて…!」


「…どうした?」


「人魚姫ですよ!子供達と読みました!」


「あぁ…泡になって消える…って?」


「そう!!そうです!なぜ!こんな悲しい結末に…!」


「それは作者しかわからないが…、まあ…実際の人魚が読むとは思ってなかっただろうしな…。」


「むむむ…納得いきません!」


そう言ってムスッとした表情を浮かべるシエル。

その後再び子供たちに囲まれて、彼女は「救われる人魚もいるはずです」と、力説を始めた。


平穏な日常、あの日以来変わったモノはあるけれど、優弥はこの日常を守りたいと、深く決意をした。

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