第10話 【愈々】

 朱璃が部屋から出ていった。最後になるかもしれないのだから、電話の一つくらいさせてやれば良かった。そこまで気が回らなかった事は、本当に申し訳なく思う。でもここまでは順調と言っていい。忌世穢物と出会わせることで、僕達の知る世界を認識させてあげなければいけなかったから。

 この十数年はあまりにも長過ぎた。幾度となく引っ越しを繰り返し数多の忌世穢物から逃げ続けて、やっと舞台を整えられた。途中でイレギュラーがあったのはあったけど仕方のない犠牲だ。水沼さんには申し訳ないけれど、大を救う為には小が犠牲になることだって往往にしてある。この業界に長らくいて祖母の仕事を見ていたのだから、きっと喜んでくれているはずだ。いや、あの世はないからその瞬間か、あと数日の間に喜んでいてくれればいい。

 僕達のやってきた事が間違いで無かったと証明出来るはずだから。

「ねえ継君さ」

 鳴海ちゃんがメンソール入りのタバコを吸いながら、僕に問いかける。

「あれは良くないって。私達に矛先が向いたらどうすんの? ちゃんと打ち合わせ通りにやってよ」

「ごめん。おじさんの事で気が動転してたのかも」

 鳴海ちゃんが大きなため息を吐くと、部屋にほんのりとメンソールの香りが漂う。

「気持ちは分かるよ。私だって・・・・・・未熟な苛撫吏があそこまでとは思ってなかったし。でもチャンスは今日しかないんだから。しっかりやって」

「そうだよね、ごめん」

「・・・・・・まだ治んないよね、その謝り癖」

「そうかな、ごめん。あっ、ごめ・・・・・・」

 また大きなため息を吐くと、さっきよりもメンソールが濃く感じた。

「この十四年、長かったね。やっと・・・・・・やっと解放される」

「・・・・・・そうだね」

「ねえ、まさかとは思うけど」

 キッと鳴海ちゃんの目つきが鋭くなる。会った時から変わらない目付きにはどうも弱い。

「いやいや、大丈夫。それはない」

「本当に? ならいいけどさ。ちょっとでも情が出たら駄目だからね。分かってる?」

「うん、分かってる、大丈夫」

「本当気持ち悪い・・・・・・あんなの・・・・・・クソが」

 残った分を一息で吸い込んで、灰皿に火元を押し当てる。どうやらもう一本吸う気みたいだ。

 カチカチっとライターが上手く点けられず、舌打ちが漏れている。

「ねえ、遅くない? 何してんの?」

「え、ああ、電話が繋がったんだろうね」

「こんな山奥で? どうだか。友達がいるとか信じらんない。パパの教えの賜物ってやつ?」

「どうかな・・・・・・」


 ガタッ


 朱璃が消えた方から物音が聞こえた。鳴海ちゃんが訝しい顔をしている。

「・・・・・・ねえ、この辺の部屋ってなんか物置いてた?」

「え? どういう意味?」

「そのままの意味に決まってるでしょ。携帯とかの音じゃなかったよね、大きさ的に」

「まあ・・・・・・そう、聞こえなくもなかった、かな?」

 火の点いていないタバコを机の上に放り投げて、朱璃が消えた方へ走り出した。

「鳴海ちゃん!?」

「あんたも早く!」

 言われるがまま鳴海ちゃんの後を追う。視界の端で、投げられたタバコを五具部が拾うのが見えた。きっと吸うつもりなのだろう。

 鳴海ちゃんは迷う事なく一直線に走っている。どこに朱璃がいるのか分かっているみたいだったけれど、ボットン便所が見えた辺りで察しがついた。

 ・・・・・・間違いない、あの部屋だ。

 お婆ちゃんが何重にも結界を張り、犠牲になる事でやっと箱の中に閉じ込める事が出来たあいつがいる場所。そこに朱璃がいる。

「ああ・・・・・・やっと終わった」

 部屋の手前で佇む鳴海ちゃんが、ぽつりと興奮の言葉を漏らす。その言葉の表す意味は、部屋の中を見ずとも分かってしまった。

「朱璃」

 立ち尽くす鳴海ちゃんを押しのけ、部屋の中に入る。

 部屋の中に飛び散ったぬるっとした液体が、靴下にじわじわと染み込んでいく。踏み潰された枯れ枝の様に、骨がむき出しになった右腕が床に転がり、その他の手足は皮一枚で胴体と繋がっていた。腹から引きずり出された腸はそのまま首に巻かれ、高い天井の梁に結ばれていた。踏み出した足が何かゴムの様な質感の丸い物を、ぐちゃりと踏み潰した。それが目だと分かるのに時間はいらなかった。 

 この世は弱肉強食であり、それは朱璃達の世界にも通ずる。

 生き延びる事を主とする苛撫吏と殺して増やす事が主の赤子とじゃ、そもそもの力も違えば蓄積された人数も違う。

 小学校で数回片鱗を見せたけれど自分の力に気付きはしなかった。まさか火事をきっかけにして成長を見せるとは思いもよらなかったし、一介の神──とは名ばかりの気取った奴だった──を退けるなんて肝を冷やした。成熟すれば数は多くないにしてもまず二桁は殺してしまうだろうから、そうなる前に殺せてよかった。

 本当に、良かった。涙が出る程に。


 この日、朱璃はその短い一生を無惨な形で終え、僕達の長きに渡る戦いが幕を閉じた。



 朱璃の葬儀は、身近な人だけの小さなものになった。保険医の柴先生に、友人の美津樹ちゃん、そして僕と鳴海ちゃん。あんな状態の遺体を見せられる訳も無く、棺桶は閉じられたまま葬儀は進められた。柴先生は大粒の涙と嗚咽を漏らしており、そのすぐ横にいる美津樹ちゃんは未だに信じられないといった様子で、ただ呆然と椅子に座っていた。手には封筒が握られていた。


 式はつつがなく進行し、火葬場へと移動した。火葬炉の前で鳴海ちゃんが呼んでくれた住職がお経を読み上げ、そして僕がスイッチを押した。低く唸る風と火の音が聞こえると、美津樹ちゃんはここで初めて声をあげて泣いた。「どうして・・・・・・一緒に行くって約束したじゃん」と小さく呟き、それを聴いた先生が寄り添い肩を抱いた。僕は何も言えずに、ただ火葬炉の前で立ち尽くすしかなかった。


 五分か十分か経った頃、頃合いを見計らった火葬場の職員が控え室への案内をしようとした、その時だった。


うぎゃあああああぁぁぁぁっ!!


断末魔の様な叫び声が構内に響き渡り、皆の動きを止めた。

「・・・・・・今の、何?」

 柴先生が困惑の声をあげた。鳴海ちゃんは目を見開き、瞬きもせず火葬炉を凝視している。偶然にも今日は他の遺族はおらず、僕達だけしかいない為に、音の出どころは明らかに一つしかなかった。

「お・・・・・・おじさん、今のってなんですか? 火葬って、何か音が、するものなんですか・・・・・・そ、それとも」

「いや、そんなはずは・・・・・・」

 そんなはずはない。朱璃は間違いなく死んでいた。僕も鳴海ちゃんもあの五具部も、朱璃の死を認めたのだから。

「木棺ですから、燃える時に多少なりとも音が出てしまう事があります。決してそういった事は御座いませんので、どうぞ安心なさってください」

 職員はそう言ってその場を収め、改めて控え室へと案内した。

 確かに「そういった事」も中にはあるのだろう。人間の七割は水分で構成されている訳だし、膨張や収縮を繰り返して火葬中に動き出したなんてよく聞く話・・・・・・だが、悪い予感程往往にしてよく当たるものだ。

 控え室には重苦しい空気が充満していた。人が死んだ後に明るい空気になる事は少ないだろうが、あの絶叫を聞いた後に思い出話に浸る勇気はこの部屋の誰にも無かった。

 そんな空気を割ったのは美津樹ちゃんだった。

「朱璃は・・・・・・どうして死んだんですか」

 美津樹ちゃんが僕の方を向いて問う。

「大変な手術だったんだ・・・・・・成功するか分からないって言われてね。でも何もしなければ冬を前に死ぬ可能性の方が高くて・・・・・・苦渋の決断だった。朱璃も怖かったと思う」

「どんな病気だったんですか」

「それは・・・・・・先生も分からないみたいで」

「分からないのに手術したんですか」

「美津樹ちゃん、止めなさい。亡くなってまだ皆整理がついてないのに、そんなに質問したらダメでしょう」

 諌める柴先生の手を振り払って、美津樹ちゃんは続ける。

「私だってそうです! でもちゃんと知りたいんです! 先生も聞いてますよね? 子宮内膜症だったって。それで何度も何度も倒れて保健室に運ばれて、先生が診てくれてた。貧血で危ないとか凄く痛いとか子供が出来なくなるかもとか・・・・・・でもだからって死ぬなんておかしくないですか? おかしいと思わないんですか? お腹の病気だったのに顔も見れないなんて」

「それにはきっと事情があるのよ。詮索しちゃいけないわ」

「どうしてですか!? 私・・・・・・まだ恩返しの一つも出来てなかったのに! 死んだ理由も聴いちゃいけないって言うんですか!」

 目を泣き腫らしながら叫ぶ美津樹ちゃんに、僕はまた何も言うことが出来ずただただ沈黙を返すしかなかった。

 つまるところ、僕はあの頃から何一つ変わっていないのだ。

 答えようとしない僕を諦めて、美津樹ちゃんは控え室を出て行ってしまった。柴先生は美津樹ちゃんと僕を交互に見てから、深く頭を下げて美津樹ちゃんの背中を追った。

 控え室には僕と鳴海ちゃんが残り、扉が閉まると同時に鳴海ちゃんがため息をついた。

「よくまああれに立派な友達が出来たもんだね。お、と、う、さ、ん」

 わざとらしく話すその顔には軽蔑か、それに近い感情が乗っていた。

「まあ・・・・・・その方が成仏もしやすいかと思うし、一人で死ぬよりはいいだろ」

「どうだかね。ま、訳も分からず死んでくれたおかげで、こっちに被害が出ないから結果オーライと言えばそうなのかもしんないけど? あの子のフォロー頑張ってね」

「そこはどうにかするよ」

 話半分しか聴いていないのか、僕が言い終わる前に座布団に座り込み、タバコを吸い始めた。

「ふーっ・・・・・・しかし、ようやく解放されるって考えると中々に感無量だね。一杯呑みたいくらい」

「そう、だね」

「はいはい、いつまでもしょぼくれてないでさ、やっと肩の荷が降りた訳でしょ? そりゃ私が押し付けたから文句も何も言わないしむしろ感謝しかないって感じだけどね。本当・・・・・・すっきりしたよ。ありがとね」

 このどこか灰色を纏った笑顔に僕は弱いのだと、改めて思う。

 再び沈黙が部屋の中に漂う頃、職員が青ざめた様子で扉を開いた。

「失礼いたします。あの、喪主様は」

「あ、僕ですが、何か」

「あのー・・・・・・一点、見て頂きたい物がございまして、ちょっとこちらでは何ですので・・・・・・宜しいでしょうか」

 鳴海ちゃんと一緒に言われるがまま付いていくと、火葬後に骨上げをするであろう部屋に通された。本来ならば、ここには会葬者全員で向かう事になるのだが、何かがあったらしい。職員に問うと、困惑した様子で答えた。

「それで、見て欲しいものとはなんでしょうか」

「私どもも初めての事でして、なんとお伝えすれば良いのか分からないのですが・・・・・・こちらに」

 と、他の職員を促して一台の台車を部屋に入れさせた。

「その・・・・・・例えばご病気の方でしたりご高齢の方ですと、一番硬い頭蓋骨も含めて殆ど残らないという事もよくある話なのですがそのー・・・・・・何と言いますか、お骨の代わりにこれが焼け残っておりまして・・・・・・」

 そこには真っ白な灰が少しと、中央に布に包まれた正方形の箱らしき物が置かれていた。それには一切の焼け跡も無く、あたかも焼いた後にそこに置いたと思わせるほど綺麗な状態で、丁度腰の辺りにポツンと置いてあった。

「な・・・・・・」

「まさか・・・・・・ねえ、そんなはずないよね? ねえ、継君。一緒に見たよね? あいつが死んだとこ見たよね!? 箱もちゃんと元の場所に戻したよね!?」

 慌てる鳴海ちゃんの問いに答えられず、呆然と立ち尽くしてその答えを探した。

 朱璃が死に、遺体から幾つかの部位を空箱に詰めて、残りは綺麗に拭き取って焼却した。箱は厳重にあの部屋に保管した。

 なのにどうして、そんなはずがない。どうしてこの箱がここに・・・・・・。

「お、おじさん?」

 声をかけられて振り向くと、焦点の合わない目でこちらを見つめる美津樹ちゃんがいた。その手には携帯が握られ、僕に差し出してこう言った。

「あの・・・・・・箱について話があるって」

「・・・・・・誰から?」

「いや、その、えっと・・・・・・話した方が早いと思う」

 差し出された携帯を受け取り、着信画面を確認する。そう、悪い予感程的中するのだ。ゆっくりと耳に近づける。

「・・・・・・もしもし」

「あ、もしもし? 私だけど」

 それはあまりに聞き覚えのある声だった。

「・・・・・・どなたですか?」

 確認せずにはいられない。だって着信画面に表示してあった名前は

「とぼけてないで、分かってるでしょ? 朱璃だけどさ、ちょっとその箱の事話しておこうと思って」

 一瞬で全身の毛が逆立つのを感じた。こんなに恐怖を感じたのはあの時以来だろうか。

「ど、どうして」

「疑問を持つのも分かるけどさ、私忙しいから手短に話すね。まずその箱だけどさ、中に大事な物入れておいたから受け取ってね」

 目線を箱に向けると、独りでに結び目が解かれ組み木の箱があらわになった。続いて仕掛けがゆっくりと動き出す。横で職員の「ひっ」という小さな悲鳴が聞こえたが、そんなことに構っている余裕は無い。

「二つあって、一つは私に辿り着く為のヒント。もう一つはお父さんには必要ない物。たまには自分の力で頑張って決断しないと駄目だよ。あの時みたいに」

「まさか」

 恐る恐る箱を開けると中には、二冊の本が入っていた。一冊は、昔、知識を総動員させ現代語訳した江戸時代に書かれたとある女性の日記。そしてもう一つは

「五具部・・・・・・」

 抜け殻と化した五具部だった。感じない。どこにも五具部のかけらを感じられない。

「あの後話したんだけど、全然お話になんなくてさ。ちょっとムカついたから何箇所か引きちぎっちゃった。そこは思春期ならではの癇癪だとでも思って許してね。で、これから私は制裁を加えに行くからもうそろそろ切るけど・・・・・・一応お礼はしておこうと思って」

「お礼?」

「そう。だって我が子でも無い、まして化物だと信じて疑わなかったのに、育ててくれたんでしょ? 並大抵の努力じゃ出来ないと思うよ。拍手とハグを送るね」

 どこからともなく大勢が立ち上がって拍手の音が聞こえ、背中から誰かに抱きしめられたような感触が襲う。

「さてと・・・・・・あとは三嶋さんについてだけど」

「えっ、あっいたっ、痛い」

 言うや否や突然隣で鳴海ちゃんが倒れこみ、みるみるうちに顔が青白くなっていく。手で押さえているのは腹部らしいが、のたうち廻る大蛇の様にうごめいていた。

「朱璃! 頼む! 止めてくれ!」

 口からは黒く染まった血が顎を伝い、とめどなく流れていく。

「ううん、止めないよ。だって苦しめたのは私だけじゃないって知ったから。一体全体この十年で何を学んだの? 私達がどうやって作られたのか学んで、更なる、ええと忌世穢物を作らせない様にする為じゃなかった訳? それなのに自分の子供を人に押し付けて挙げ句の果てに殺そうとして。それにさぁ、お父さんのお母さん、お祖母ちゃん死んだのって完全に三嶋さんのせいじゃん。これじゃああの一族と同じだと思わない? 歴史を繰り返してどうすんのさ。だから悪いお母さんは私を生かす為に死ぬの。マイナスからプラスが生まれるんだからいい事でしょ」

「ど、どうして・・・・・・朱璃は何になった? 何がしたい?」

「何に・・・・・・私は死んで私になったけど、化物かどうかは正直よく分からない。でも、お父さん達の思惑は全部外れたと思ってくれていいよ。猫を被り人間を被る化物。誰かの子供に産まれ変わって、多少力がある程度だった苛撫吏という名の化物だって思ってたんだよね。名前に騙されて。本当の所は産まれるはずだった人間の生殖機能を奪いながら成長するのが本質だったの。もしかしたらお父さんは頭の中では気付いていたかしれない。と言うか、クラスメイトを殺した時点で分かってたはず。でも私は娘だから。見ないふり見えないふりしてくれてた。このまま育てば大丈夫なんじゃないかって。あれは偶然の事故だったんじゃないかって。つまり・・・・・・臭い言葉を使うと愛があれば人の心を持つんじゃないか。親子になれるんじゃないかって努力してくれた。それは・・・・・・本当にありがとう。でももう遅いし間違えた。苛撫吏は私であって、私達でもあり誰でもなくて、あの赤ちゃんと・・・・・・鈴音達と溶け合って変容したの」

 会話している間にも口からどんどん血は流れていく。

「まだ分からないって顔してるね。じゃあもうちょっとだけヒントをあげる。お父さんが苛撫吏について誤解してるみたいだからそれを解く事でおしまいにする。聞き逃さないでね。苛撫吏の成り立ちは知ってるよね」

「・・・・・・」

「つまり苛撫吏は私達の記憶であり人格であり感情の塊なの。不可視の力でそれは誰しもが持っているけれど、ある地点を過ぎなければ具現化して干渉出来ない。ある地点ってのはまあ死ぬって事ね。鈴音の箱も同じ。箱は殺した人間の記憶を取り込んで更に大きくなっていく。普通に考えれば私も取り込まれるはずだったんだけど、何でだろうね。まだ人だった私の生への欲求と、苛撫吏の存在理由が合致した結果、箱の力を凌駕したの。実際の所、鈴音の力添えが無かったらまず無理だったんだけど。それじゃあ、私達は世のクズ共をぶち殺しに行って来るから、また話したくなったら電話するね、ばいばい」

 そう言い残し、電話は切れた。

 隣ではなぜ死んでいないのか不思議に思うくらいの血を吐いた鳴海ちゃんが、後ろでは我慢出来ずに床に嘔吐している美津樹ちゃんがいた。職員はいつの間にか消えており、僕はまた何も出来ずに呆然と立ち尽くしていた。



 鳴海ちゃんの葬儀も終わり何日か振りにテレビを点けると、都内各所で連続不審死が起きていると知った。その被害者全員が突然腹部の痛みを訴えて、治療する間も無く内臓が捻じ切れて死んでいったそうだ。調べていくうちにある共通点が見つかったらしいが、それは都内某所にある小学校の出身であり、とある女児生徒をいじめいていたのだと言う。

 その不審死は次第に他県へ移り転々と被害者を増やしながら、ある時を境にぱったりと無くなった。


 それから数ヶ月後、僕は二冊の本を持って飛行機に乗り、島根へと向かった。

 この地が僕の人生の始まりでもあり、この日記の舞台でもあり、そしてきっとあの部屋に朱璃もいるのだと確信があったからだ。例え何が待ち受けようとも僕が決着をつけなければならない。


 窓の外には雲が厚く広がり、下では土砂降りの雨が降っているらしい。

 目線を手元に戻して、僕はあの日と同じように日記を読み始めた。始まりは空で言える程しっかりと覚えている。


「神の国を過ぎ人の踏み入らぬ山を二つ越え、荒々しく切り立った崖に囲まれた土地にその村は在った。其処には多くの穢れを呼び寄せ毒虫が這いずり回り人為らざる者産み出す事数知れず。山に入っては獣を狩り肉を削ぎ、木の根を齧って腹を満たす。稀に里に降りては鞣した皮を端た金で売り暮らす。世に知る者は少なく、敢えて口にする時には畏怖と侮蔑の念を込めてこう言った。



『穢世』と。」

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異形の匣庭 第一部 久賀池知明(くがちともあき) @kugachi99tomoaki

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