好きてし止まむ




ちんふか世界せかい大勢たいせいと』


 全校に響き渡る軽やかな鈴のような声。


帝国ていこく現状げんじょうとにかんがみ、非常ひじょう措置そちをもって時局じきょく収拾しゅうしゅうせんと欲し、ここに忠良ちゅうりょうなるなんじ臣民しんみんぐ』


 クソ真面目な表情が目に浮かぶようだ。


ちん帝国ていこく政府せいふをして、べいえい四国しこくたいし、その共同きょうどう宣言せんげん受諾じゅだくするむね通告つうこくせしめたり』


「これは、ウチが用意しとった終戦の玉音放送を読んどるんやね」


『そもそも帝国ていこく臣民しんみん康寧こうねいをはかり、万邦ばんぽう共栄きょうえいたのしみをともにするは、皇祖こうそ皇宗こうそう遺範いはんにして、ちん拳々けんけんかざるところ


「恋と戦争にはあらゆる戦術が許されるって話やけど……」


『さきにべいえい二国にこく宣戦せんせんせる所以ゆえんもまた――』


 放送を聞き流しつつ、女子は自分の首をポリポリ掻いた。


「あの子は恋と戦争がごっちゃになっちゃったんやろか。わけわからんわ」


「ああ、きっとわけがわからないだろう」


「え?」


 俺はノートを開き、女子に見せる。




『―終戦の時はどんな感じやったんですか?』


『どうもこうも無いわよ。お昼にいきなり村長のラジオの前にみんな並ばされて。でも全然何言ってるかわかんない。あんな難しいの、わけわからないんだから。子どもはみんなポカーンとしてて、でも意味が分かる大人は泣いてたわね、何人か。』




「耳を澄ましてみろ」


 そうすると校舎のそこかしこから、微かな啜り泣きが聞こえてくる。

 多くは無い。だが男子にも女子にも確かにいて、一番近くでは地学の先生で、中年男性が必死に声を押し殺して忍び泣いている。


「子どもには、恋に破れたことの無い奴にはこの意味がわからないだろうよ」


 頬を伝う涙の冷たさでひびれた唇が痛い。


「お嬢は自分の恋に決着を付けたんだ。お嬢は、戦いじゃなくて、ちゃんと恋をしていた。それを俺に教えてくれたんだ」


 淀みなく喋り続けるお嬢と正反対に、俺は涙声で結論を出す。


「お嬢は、あいつのことが、本当に、好きだったんだ……」


しかれどもちん時運じうんおもむところがたきをえ、しのがたきをしのび――』


 後はただ項垂れ、残りの放送を聞き届けた。




 読み終えるとお嬢は放送室から叩き出され、スピーカーは無音。

 教室には相変わらず、俺と変な女子だけ。


「なあ」


「何や?」


「インタビュー、さっきの所で終わってたけど、続きはどうなるんだ?」


 彼女はスマホを取り出し、録音を再生してくれる。


『それで意味を知って愕然としたわ。負けたんだって。国の為だと思って、毎日必死に農作業して、生活を切り詰めて、慰問文も山程書いて、全部無駄になったんだって。ただいたずらに傷付けて、傷付いただけ』


 皺がれた声はシニカルだが確かな悔恨が滲んでいた。


『本当、戦争ほどくだらないものはないわね』


 全くその通り、乾いた笑いしか出てこない。


『でも、それでもう二度と戦争はしないって決めたのに、最近随分物騒でしょう?』


 その辺りで女子は俺の元から離れて窓を開けた。

 寒風を浴びつつ伸びをする。


「うーん。今日は十二月八日、いい天気や。青空を飛行機が飛んでいきよる」


『これからどうなっちゃうのかしら……』


「これから、か。確かにな……」


 俺がぼんやり呟くと、彼女は吹き出した。


「は、これから? 決まってるやん、戦争が終わったら今度は――」


 女子が何か言い終わる一瞬前に、戸が開く。

 立ちすくむ相手を見て、心臓がドクンと高鳴った。


 それは向こうも同じだろう、頬からおデコまで紅潮させてこちらを見ている。



「――次の戦争や!」



 お嬢を真っ向から見つめ返して、俺は。



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好きてし止まむ しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang

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