好きてし止まむ
『
全校に響き渡る軽やかな鈴のような声。
『
クソ真面目な表情が目に浮かぶようだ。
『
「これは、ウチが用意しとった終戦の玉音放送を読んどるんやね」
『そもそも
「恋と戦争にはあらゆる戦術が許されるって話やけど……」
『さきに
放送を聞き流しつつ、女子は自分の首をポリポリ掻いた。
「あの子は恋と戦争がごっちゃになっちゃったんやろか。わけわからんわ」
「ああ、きっとわけがわからないだろう」
「え?」
俺はノートを開き、女子に見せる。
『―終戦の時はどんな感じやったんですか?』
『どうもこうも無いわよ。お昼にいきなり村長のラジオの前にみんな並ばされて。でも全然何言ってるかわかんない。あんな難しいの、わけわからないんだから。子どもはみんなポカーンとしてて、でも意味が分かる大人は泣いてたわね、何人か。』
「耳を澄ましてみろ」
そうすると校舎のそこかしこから、微かな啜り泣きが聞こえてくる。
多くは無い。だが男子にも女子にも確かにいて、一番近くでは地学の先生で、中年男性が必死に声を押し殺して忍び泣いている。
「子どもには、恋に破れたことの無い奴にはこの意味がわからないだろうよ」
頬を伝う涙の冷たさで
「お嬢は自分の恋に決着を付けたんだ。お嬢は、戦いじゃなくて、ちゃんと恋をしていた。それを俺に教えてくれたんだ」
淀みなく喋り続けるお嬢と正反対に、俺は涙声で結論を出す。
「お嬢は、あいつのことが、本当に、好きだったんだ……」
『
後はただ項垂れ、残りの放送を聞き届けた。
読み終えるとお嬢は放送室から叩き出され、スピーカーは無音。
教室には相変わらず、俺と変な女子だけ。
「なあ」
「何や?」
「インタビュー、さっきの所で終わってたけど、続きはどうなるんだ?」
彼女はスマホを取り出し、録音を再生してくれる。
『それで意味を知って愕然としたわ。負けたんだって。国の為だと思って、毎日必死に農作業して、生活を切り詰めて、慰問文も山程書いて、全部無駄になったんだって。ただ
皺がれた声はシニカルだが確かな悔恨が滲んでいた。
『本当、戦争ほどくだらないものはないわね』
全くその通り、乾いた笑いしか出てこない。
『でも、それでもう二度と戦争はしないって決めたのに、最近随分物騒でしょう?』
その辺りで女子は俺の元から離れて窓を開けた。
寒風を浴びつつ伸びをする。
「うーん。今日は十二月八日、いい天気や。青空を飛行機が飛んでいきよる」
『これからどうなっちゃうのかしら……』
「これから、か。確かにな……」
俺がぼんやり呟くと、彼女は吹き出した。
「は、これから? 決まってるやん、戦争が終わったら今度は――」
女子が何か言い終わる一瞬前に、戸が開く。
立ちすくむ相手を見て、心臓がドクンと高鳴った。
それは向こうも同じだろう、頬からおデコまで紅潮させてこちらを見ている。
「――次の戦争や!」
お嬢を真っ向から見つめ返して、俺は。
好きてし止まむ しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang
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