その子

双町マチノスケ

怪談:その子

 これは私が京都府某所にある小さい村に、ちょっとした観光に行った時の話です。その村、お地蔵さんで有名やったんです。清水寺の首振地蔵とか鈴虫寺の幸福地蔵とか、お寺に正式に祀られているお地蔵さんじゃなくて、村の中で道端に祀られているようなお地蔵さんなんです。めちゃくちゃ有名というよりかは「知る人ぞ知る」みたいな場所でして。最近になって話題になり始めたらしくて。ホンマかどうか知りませんけど最初に別の用事で来た人がたまたま発見して、それを自分のブログに書き込んだことで徐々に広まっていったんだそうです。なんでも拝むと子宝に恵まれる上徳寺の世継ぎ地蔵のような、いわゆる「子授け地蔵」と同じご利益があるんだとか。

 私、地蔵巡りが趣味なんですよ。ご利益とか歴史とかに興味があるんじゃなくて、単純に見た目が可愛くて好きやからってだけなんですけど。日々ネットで有名どころから穴場まで色んなお地蔵さんを調べてるもんやから、当然その村の事も目にとまりました。「へぇ、こんなとこあんねや」って思って。子宝云々は別にどうでもよかったんですけど、地蔵を巡ってる身としてはやっぱり気になるじゃないですか。あと自分がそのお地蔵さんのことを見たサイトだかブログだかには写真が載ってへんかったんで、見た目も分からないわけですし。

 で、行ったんですよ。ぱっと見はホンマに普通の田舎の村って感じでした。でも例の地蔵の効果あってか、けっこう人は居てましたね。入り口にはめっちゃ急ごしらえ感のある売店と休憩スペースみたいなんがあったりして、思ってたよりは賑わってました。看板が立ってて例のお地蔵さんの案内がされていました。お目当てのお地蔵さんは、どうやら村の奥から入ることのできる山ん中にあるようでした。同じく地蔵を見に来たであろう人らになんとなく着いて行って、私は山道を登り始めました。山道といっても「とりあえず道作りました」みたいな感じであんまり整備されてない足場の悪い道でした。

 歩いているうちにお地蔵さんがあるとこに着きました。山道の途中の、特になんの節目でもないような所の脇にひっそりと9体ほどが並んでました。大きさはまちまちで、一番大きいのが50㎝くらいで一番小さいのはその半分もありませんでした。頭が大きいのがいたり、お腹が膨らんでるのがいたり。表情も一体一体で微妙に違ってたりして、けっこう個性的な見た目やなぁって思いながら見てました。それで私はスマホで写真を何枚か撮って、他の人らは拝んではりました。パン、パンって神社で参拝する時みたいに拍手かしわでを打って。

 あぁ、ちょっと話は変わるんですけど。この拍手かしわでを打つという行為、どういう意味があるかご存じですか?もう「お決まりの動作」みたいな感じになっちゃってると思うんですけど、ちゃんと意味があるんですよ。これ、音で祀られている存在を呼び出してるんです。大抵は神様ですけど。音を立てることによって「これからお参りさせていただきます」っていう合図を送ってるんですって。へぇーって感じですよね。

 で、一通り見終わって山を降りました。帰る前に一休みしようと思って、休憩スペースにあるベンチに腰掛けて撮った写真を眺めていた時でした。




 急に、おじいさんに話しかけられました。見たところ村の人っぽい、人懐っこい笑顔を浮かべた、感じの良さそうなおじいさん。


「アナタもあっこの山にあるの、見に行かはったん?」


 おじいさん笑顔で、そう聞いてきました。


 私は「そうなんですよ、お地蔵さんの見た目が好きやから見にきただけで、別に拝んだりとかはしてないんですけど」みたいな感じで答えました。そしたらそのおじいさん「そうですかぁ」って笑顔で返してきたんですけど、なんとなく呆れているような口調やったんです。私がキョトンとしていると、おじいさん察したのか相変わらずニコニコしながら、こう言わはったんです。


「いやね、なんでもないような道にお地蔵さんがひっそりとあるって、ここに限らず田舎の方やとようある事なんですよ。僕らからすると普通のことやのに、都会の人からしたらそない珍しいことなんかなぁって思ってねぇ。それにそういう地蔵ってずーっと昔からあって、なんでそこにあるのかも分からへんようなもんが大半なんですわ。」


 へぇーって思いながら聞いてたら、そのおじいさんちょっと苦笑いになって


「ホンマ……こんな尾ひれがつくとはねぇ」って。




 私まさかと思って。「え?じゃあ、あっこのお地蔵さんってなんのご利益もないってことですか?」って聞いたら、


「その通りです」って答えました。そんでおじいさんは続けて、


「最初に見た他所の人が出任せ言うたんでしょうねぇ。軽いおふざけやったのか、注目を浴びたかったのか……雰囲気がそれらしかったのか分かりませんけど、あれよあれよという間に広まってしまいました。困ったもんです。世の中にある所謂『心霊スポット』も大抵はこんなもんなんとちゃいますか?ちょっと不気味やっただけで、すぐ『呪われる』とか適当なこと言うて。」


 うわ、そうやったんやぁって思いました。今更「そんなご利益ありません」と言うのもアホらしいし多少は観光で村にお金を落としてくれるということで、悪い事ばかりではないと放任しているんだそうです。迷惑になるほどの人数が来てるわけでもなし、そのうち冷めていくだろうと。さらに聞けば、拝んだ人から「あのお地蔵さんのおかげで無事に妊娠しました!ありがとうございます!」みたいなお礼の便りが村役場宛に送られてくる始末。プラシーボ効果って言うんでしょうか。人間の思い込みってすごいなって、ある意味怖いなって思いましたね。


 それで私が「へぇ。じゃあなんのご利益もない、由来も分からないお地蔵さんにみんな手ぇ合せてはるんですね」って言うたら、






「いや、由来はちゃんとありますよ。アレがどういうもんで、なんであっこにあるのかというものは。村の人間でも知ってるもんは殆どいませんけどね。僕は知ってますよ、伊達に長生きしてませんからね」っておじいさん言わはったんです。


「知りたいですか?」って聞かれて。気になったから、はいって答えたんです。そしたら、おじいさん少しニコってして言いました。


「あっこにあるの、もちろん子授け地蔵なんかじゃありません」




















「そもそも、地蔵ですらありません」

 急に表情が消えました。






 え……?って思って私は半ば反射的に「え、じゃあアレは一体なんなんですか?」って聞きました。


 すると、さっきまでの笑顔が嘘のような真顔で、こんな話をしだしたんです。


 *


 この村に妖怪の伝承があるの、知ってます?いや、知るわけないですよね。僕みたいな年寄りが幼い頃に、その当時の年寄りから聞いたような話です。あとは残されている文献やら絵図なんかが役場に保管されてるくらいですか。妖怪と言っても「人を脅かしたり襲ったりする化け物」ではなく「この土地にもともと暮らしていた人間とは別の存在」、いわば先住民族みたいなもんです。人間よりも随分と小柄で、地蔵のような見た目だったと言われています。そう、あっこにあるのは「それ」の像なんです。お地蔵さんじゃなくて、ああいう姿形をした存在がその昔いたんですよ。

 この地に最初に来た人間たちは彼らを徹底的に迫害し、そして滅ぼしました。人間でいうところの赤子や妊婦なども、見境なく殺し尽くしました。像の中にやけに小さいのや、お腹の大きいのがいたでしょ?そうして虐殺が起きた後、村の中で不審な人死が続いたと言われています。彼らの祟りだと思った人たちは、あの像を作りました。供養というよりは、封印の意味合いだったようですね。そして自らの罪を隠し、忘れるかのように、村の奥にある山の中にひっそりと祀りました。




 あれは、そんな像なんです。

 あれは、慈悲深い地蔵菩薩さまじゃありません。

 あれは、安らかに眠る魂でもありません。











 人間に凄まじい恨みを残して死んでいった、生まれることすら出来なかった命たちです。

 怒りや悲しみや憎しみ、そして生きたかったという渇望の塊です。


 そんなものの前に行って、わざわざ拍手かしわで打って呼び出して「子供に恵まれますように」なんて拝んだらどうなると思います?






 もう、罰当たりなんてもんちゃいますよね。

 あるいは、もしかしたら。











 もう一度、生まれようとするかもしれませんねぇ。無理矢理にでも。たとえ、自分たちを滅ぼした人間の身体を使ってでも。どれだけ、ぐちゃぐちゃになってでも。


 *


 私は何も言えずに、ただ呆然とその話を聞いていました。そして聞き終わって、かろうじて出た言葉は「それは……さすがに言うた方がいいんじゃないですか」でした。ただ、おじいさんは静かに首を横に振って


「こんな話、今時の人が信じるわけないでしょ。ジジイの戯言だとしか思われませんて。それに、村の人らは何も言わないことに決めたみたいですし。僕はもう、知りません」


 さすがに不気味すぎて気分が悪くなってきた私は、ちょうど話も途切れたことやし急いで帰ろうとしました。


 けどその時おじいさん、私の腕をガッと掴みました。


 そして最初、私に声をかけた時のような笑顔で






 ぞっとするほどの無邪気な笑顔で、最後にこう言いました。




「僕だってね、言うてやりたいですよ。あの像に拝んで、『子供を授かりました』って喜んでる人ら全員に」





















「今お腹の中にいる、ホンマに人間なんですか?って」

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その子 双町マチノスケ @machi52310

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