最終話 眼鏡のおかげで、見えてきたもの

 

 それまで淡々と語っていたはずのヒカルの頬が、一気に赤くなった。


「え、えっと……

 あの、違う。キラメ……それは、その……!」


 途端にあたふたしだして、片手で額を押さえながら視線を宙に浮かせるヒカル。

 な、なんだろう。滅茶苦茶可愛い。

 も、もし、もし、こんなヒカルが眼鏡かけたら――!!


「ヒカル。眼鏡、かけたことあるの?

 ていうか、今もかけてるの!?」

「――~~~~!!」


 思い切り問い詰めてしまう私。多分両目は今までないほど爛々と輝いているだろう。

 対してヒカルは、口をもごもごさせたまま何も言えず、謎の呻き声を発している。

 さっきまで訳知り顔で語りまくっていた癖に、何やってるんだろう。呻き声さえやたら可愛い……


 だけど、それもほんの数瞬。

 やがてヒカルは、何かを決意したかのように顔を上げた。

 そして鞄から、こじんまりとしたベージュのケースを取り出した。


 ――そ、そ、それはまさか、いわゆる眼鏡ケースというヤツでは!?


「……キラメの言う通りだよ。

 俺、実は、眼鏡使ってるんだ。元々視力はそこまで良くなくてさ。

 普段の生活はかけなくても支障ないんだけど、やっぱり書類確認する時とか結構不便になってきたし、何より車運転する時に必要になってね」


 さっきまでと比べ、随分自信なさげな声。

 同時に彼がケースを開き、取り出したものは――

 まさに私の理想とも言うべき、典型的な銀のメタルフレームの眼鏡。


 それを手に取りながら、それでもなお、ヒカルはかけてくれない。

 うぅ、早くかけなさいってば。絶対カッコイイって。

 多少イラつきながら、思わず私は尋ねてしまっていた。


「じゃあ……

 何で私と会う時は、かけてなかったの?

 今までずっと、ヒカルの眼鏡姿って見たことないよ?」


 するとヒカルは、視線を逸らしながら、消え入るような声でぼそりと呟いた。



「……キラメが、眼鏡大好きって知ってさ。

 逆に、かけたくなかった」



 いや、分からん。何故。


「俺自身の、つまらない意地みたいなもんだよ。

 キラメが眼鏡好きってことは、ホントの俺をちゃんと見てもらえないかも知れない。

 最初から俺が眼鏡をかけていたら、眼鏡を外した時の俺に幻滅されてしまうかも知れない。

 そう思ったら――ちょっと、怖くなってさ」



 そんな……怖かった? 私に幻滅されるのが?

 いつも飄々として、怖いものなしに見えたヒカル。その彼がそんなことを言うなんて、考えもしなかった。

 そういえば、車を持ってるはずなのにドライブに誘われたこともなかったけど、そういうことか。運転するには眼鏡が必要だから。


 ――でも、つまり、ということは。


 逸らしていた視線を、やがてゆっくりとこちらに向けるヒカル。

 その眼差しはいつになく真剣だった。いつもの余裕綽々な感じがまるでない。

 私の頬も、一気にかあっと熱くなる。胸の中でうねり出す鼓動。



「だけど……今日は思い切って、キラメにちゃんと言おうと思った。

 俺が、眼鏡かけてるってことを。

 そうしなきゃ、キラメをドライブに連れていくことも出来ない。

 小さな文字があんまり見えないから、キラメと一緒に漫画やゲームを楽しむことも出来ない」


 そうか。

 だから今日、ヒカルはいつもと違うスーツ姿だったんだ。

 それは――私に、とても大事なことを言う為に。



「何より――

 もっと、キラメを、ちゃんと見たい」



 そう呟きながら、ヒカルはゆっくりと眼鏡を取り上げ――

 そして、そっとかけた。銀のフレームの眼鏡を。

 仕草はこれ以上なく手慣れている。多分、かなり使い慣れていたんだろう。



 ――やっぱり。

 これ以上ないレベルで、カッコイイ。

 可愛さと美しさとカッコよさ、その全てを兼ね備えた、まさに理想の眼鏡君が

 ――私の眼前で、真っすぐに私を見つめていた。

 キラリと光るレンズの向こう側で、黒曜石のように輝く大きな瞳。

 ほんのり染まった頬は、次の瞬間、さらに紅くなっていく。



「……やっぱりだ。

 キラメ。やっぱり、眼鏡かけてちゃんと見たら

 ――君は、本当に可愛い」



 今までにないほど瞳をキラキラ輝かせて、私を見つめるヒカル。

 あぁ。ヒカル、こんなにカッコイイのに――

 何で今まで、黙ってたの。


 目が自然と潤んでいく。やばい、涙が。


「……馬鹿。いつも言ってるでしょ。

 私は確かに眼鏡キャラが好きだけど、眼鏡だから好きになるわけじゃないって。

 本当に優しくて芯が強くて可愛い眼鏡君じゃなかったら、いくら眼鏡かけてたって無理だって!

 現に私、冷酷無情モラハラクズな眼鏡キャラなんて、どんなに見た目カッコよくても好きになったことないよ?」

「はは……そうだったな」

「眼鏡は決して、私の目を眩ませるものじゃない。

 むしろ私にとっては、そのキャラの魅力を引き出す為の必須道具なの。

 それは――現実だって同じ」


 私も真っすぐに、ヒカルの瞳を見つめた。

 互いの手はいつの間にか、テーブルの上でしっかりと組み合わさっている。


「眼鏡をかけたら、私に本当の自分が理解されなくなるかもって、ヒカルは思ったのかも知れないけど。

 私だってちょっと、悩んだことあるよ。自分は眼鏡だけで人を好きになってるのかって。

 眼鏡をかけてなかったら、誰かを好きになることなんてないんじゃないかって。

 でも、違うの。

 眼鏡は人の本質を見えなくするものじゃない。その人の魅力を最大限に引き出すものなの! 

 少なくとも私にとっては!!」


 いつの間にか力説している私。

 そんな私を見ながら、ヒカルの瞳もほんの少しだけ、潤み始めた。


「……そうだったな。

 俺だけじゃない。俺が眼鏡をかけることで、キラメの可愛さもより一層はっきり見えるようになったし。

 ホント、昨日までの俺、馬鹿だったよ」


 ヒカルの、どこまでもカッコイイ銀のフレームの眼鏡。

 その奥からじっと私を見つめる、黒曜石みたいな瞳。夢のような光景だけど、現実だ。



 あぁ――私はやっぱり、ずっと眼鏡キャラを好きで、良かった。

 人目もはばからずヒカルと見つめ合い、手を握り合いながら――

 私は心から、そう思った。



 **



 数か月後。

 私とヒカルは、めでたく結婚した。

 彼がちゃんと眼鏡をかけるようになったおかげで、あまりぱっとしなかったヒカルのファッションセンスも改善されていった。

 そして幸せいっぱいで、二人で結婚式のドレスを選んだのは言うまでもない。

 勿論、ヒカルは堂々と眼鏡をかけた新郎となり、私に最高に似合うドレスを選んでくれた。


 今でもヒカルと私は、時々喧嘩しつつも、オタク論議をしながら幸せに過ごしている。

 もっとも私はしょっちゅう、二次元の眼鏡キャラに浮気して、ヒカルが多少膨れたりもするけれど

 ――でも、現実で好きな眼鏡君は、ヒカル。貴方一人だけだからね♪



 Fin


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自分は眼鏡をかけてないけど、眼鏡君が大好き。 kayako @kayako001

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