りょーしゅんTVの変
饂飩粉
りょーしゅんTVの変
「りょーしゅ〜〜〜〜〜〜〜んTV!!」
フリー使用可能なアップテンポのBGMに溌剌とした掛け声が重なる。今まで公開してきた動画のハイライトがモンタージュで挿入されながら、クラッカーを鳴らしたような音共に画面を埋め尽くしたのは、ポップな字体とカラーリングで描かれた「りょーしゅんTVチャンネル」のタイトルロゴだ。
このタイトルロゴはチャンネル登録者10万人を記念した動画「【10万人記念】プロのデザイナーに相場の10倍でタイトルロゴデザインを頼んでみた」で制作されたもので、今や多くのグッズも制作されている秀逸なデザインだ。
程なくして画面は、部屋の壁沿いに置かれた革張りのソファに2人の男性が座っている映像に切り替わった。
「みなさんこんにちはリョウです!」
「シュンです!」
向かって左側、20代後半と思しき男性はリョウ。セットされた髪は明るいパープルに染まっていて、禍々しい字体でおそらく"DEATH PROOF"とプリントされたTシャツを聞いてる。
右側はシュン。リョウと同い年で黒髪のマッシュヘアと至る所に付けたピアスが特徴的だ。
シュンは一昨年から"SHUN"名義でアーティスト活動もしており、先日行われた大型フェスの物販で販売もされていたTシャツを着ている。
りょーしゅんTVはこのリョウとシュンの2人が立ち上げたチャンネルだ。開設当初から企画の発案、動画の撮影編集まで全て2人のみで行っている。
開設当初は伸び悩んでいたものの、2人の漫才コンビのようなやり取りや軽快なトーク、何番煎じの企画でも新鮮に驚き喜ぶ姿は徐々に視聴者を虜にしていった。
そしてチャンネル開設から5年。今や、日本を代表するトップYouTuberとしてメディアからの取材を受けるほどに成長したりょーしゅんTVチャンネルだが、基本的にやっていることは5年前からずっと変わらない。
一番美味しいメントスを決めたり、売り切れるまで1000円ガチャを回したり、好きな漫画のセリフだけで会話したり、企業案件として新発売のゲームや洗顔料を試したりしている。
しかし、この5年間決してマンネリ化はしなかった。YouTuberとしての弛まぬ努力が、彼らのありきたりな動画を面白くしている一因にもなっている。
「さあ本日も始まりましたりょーしゅんTVチャンネル!」
「いぇい!」
りょーしゅんTVの進行は基本的にリョウが行い、シュンは相槌を打つ。
「なんとですね、今回は」
「今回は〜?」
期待に目を輝かせるシュンと、胸いっぱいに息を吸って口を膨らませた状態で静止するリョウ。これはりょーしゅんTVが企画を発表する際のお約束で、リョウは限界まで息を止めてから発表するのだが大抵何を言っているかは聞き取れない。
これは余談だが、非公式にりょーしゅんTVの動画毎のリョウが息を止めた秒数を記録しているX(Twitter)アカウントが存在しており、先日のライブ配信でとうとう本人たちから言及された。
息を止め続けるリョウの顔が次第に赤みを増していき、限界に達したところで盛大に息を吐く。
「しぇんじちょしゅうしたいじょしゃしゃんか企画です!」
「え、何?」
シュンが真顔でツッコミを入れるのに合わせて、ポテッと小石が落ちるようなSEが挿入される。
リョウはシュンを手で制しながら息を整え、一つ咳払いをして改めて発表する——ここまでがお約束だ。
「先日募集した視聴者参加型の企画です!」
「うぇーい!」
太鼓、パフパフラッパ、甲高い指笛、オーディエンスっぽい"Yeah!!"の声が同時に鳴り響く。"視聴者参加型"の箇所が金色に輝いたテロップ。
りょーしゅんTVは度々視聴者参加型企画を行ってきたことでも有名だ。
「視聴者と共に本気のナゾトキ!豪華賞品を賭けたタイムアタック!」や「サプライズ!Shun単独ライブの前座としてリョウと視聴者がパフォーマンスしてみた!」「視聴者とガチバトル!貸切ボウリング場でやりたい放題!」などが挙げられる。
基本的に視聴者参加型企画はチャンネル登録者数や総視聴回数のキリ番達成時に募集が行われるが、今回はりょーしゅんTVチャンネル総再生回数200億回突破記念という前人未到の記録ということもあり、その内容を心待ちにしていた視聴者は多い。
ちなみに参加するにあたっては契約書を書き、動画の公開まではりょーしゅんTVチャンネルの企画に携わる一切の内容の秘匿を義務付けられる。
少しでも情報が外部に漏れたことが発覚した場合は多額の罰金と社会的制裁を受けることになるが、その書面を公開することも禁止されているため知っているのは企画に参加した視聴者のみである。
「なんとですね、今回の企画」
「……」
もったいをつけるリョウに対し、シュンがわざとらしく唾を飲む。
そしてリョウは徐に右手の人差し指のみを立てた。
「当選者、1名」
「いちめい!?」
重厚なSE。声が裏返るシュン。
「1名です」
"ええ声"で繰り返すリョウ。
「え、今まで視聴者参加型で1名ってなかったよね?」
「1名は今回が初めてだね」
「チャンネル登録者の皆様3000万人の中から?」
「1名」
「取り留めたのは?」
「一命」
全く同じトーンで繰り返すリョウ。
視聴者参加型企画はこれまで基本的に少なくとも10人以上は募集をかけており、サバゲーや他レクリエーション系の企画では100人以上を募ることもあった。今回元より当選者数1名であることは予め発表されていたが、どのような企画になるのかSNS上では日夜さまざまな予想が立てられていた。
「ちなみに、企画の内容当たってた人いる?」
シュンが笑顔で問うと、リョウはゆっくりと首を横に振った。
「全部は見てないけど、多分全員ハズレ」
「おおー。では企画の発表をお願いします!」
シュンがカメラ目線で言うのと同時に、ドラムロールが始まった。
カメラはリョウのバストアップを映したものに切り替わり、徐々に顔へと近づいていく。
ドラムロールの最後にシンバルが鳴り響くと同時に、リョウは立ち上がった。
「今回は、私の崇拝する悪魔デジャヴォロック様の召喚に挑戦したいと思います!」
「よっ!」
盛大な拍手を送って盛り上がるシュン。
神妙な面持ちでリョウがソファに掛け直すと同時に、BGMは美しいピアノの旋律に変わった。
「視聴者の皆さんにはまだ言ったことなかったと思うんですけど、私リョウはデジャヴォロック様を崇拝しておりましてですね」
「うん、そうね」
シュンだけはその事実を知っていたのか、こちらも真面目な表情で頷く。
「このこと、いつかはちゃんと言わなきゃいけない、って思ってたんですけど。まあ中々言う機会もなくて」
「うん」
「それで先日——もう1ヶ月以上前かな。総再生数200億回記念どうするって、シュンとミーティングした時に、ちょっと、ね」
リョウは口元で手を握ったり開いたりを繰り返すジェスチャーをする。
「うん。あの時はちょっと俺もビックリしたわ」
「ごめんね」
「いや、リョウがそこまで思い詰めてたって、5年も一緒にやってて気づいてやれなかった自分が恥ずかしいって気持ちの方がデカい。俺の方こそゴメン」
リョウとシュンが、ソファに座ったまま互いに頭を下げた。いつのまにかBGMはなくなり、無音のまま数秒が経過する。
次に顔を上げた2人の顔には、いつもの柔和な笑みが戻っていた。2人とも決して顔が良い方の部類ではないが、笑顔の眩しさだけは芸能人にも引けを取らないだろう。
リョウは仕切り直すかのようにパン!と手を叩く。
「で、まあ、有難いことに今回の視聴者参加型企画で、デジャヴォロック様を召喚する動画にしようと決まりまして」
「色々と準備をしまして、今日それが整いまして!」
「じゃあ早速、行きますか」
「行っちゃいますか!」
2人同時にソファから立ち上がり、右腕を高く掲げ、左腕は力こぶを作るような形のまま止まる。
「「せーの、シュワッチ」」
タイミングを合わせて一斉にジャンプすると同時に、画面がアイキャッチに切り替わる。2人の「りょーしゅんTV!」の掛け声に合わせ冒頭でも流れたタイトルロゴが挿入される。
そして画面は車が2台は横並びに入るであろうガレージを斜め上から俯瞰するカメラに切り替わった。
リョウとシュンの2人は着地した瞬間の姿勢だった。あたかもソファの部屋からこのガレージへとワープしたかのように映像を編集しているのだ。
真っ白なガレージに車は無かったが、リョウとシュンの間に、拘束服を着せられ横たわっている人物がいた。ボールギャグを噛まされ呻き声しか出せていないが、スポーツ狩りの若い男性であることが確認できる。目は血走っており、複数のベルトでがんじがらめにされた拘束服の中でのたうち回る様子は陸に上げられた魚のようだった。
「はい、ではこちらがですね、今回の企画に参加していただく視聴者様でございます!」
リョウはカメラ目線のまましゃがみ込むと、窓の外に映る景色を紹介するバスガイドのようにその人物を紹介した。
カメラは拘束された人物を正面から捉えたものに切り替わる。映し出されたテロップには「生贄役 Two-wise@リリスコ7凪沙羅さん」と書かれている。
余談だがリリスコ7とは2028年夏季に深夜枠で放送されたテレビアニメ「Lily Squall Seven」の略称であり、凪と沙羅は主人公である少女の名前である。男子禁制の女学園に転校してきた姉妹、凪と沙羅が学園に七不思議を作ろうと画策するストーリーだ。毎回凪と沙羅の作った七不思議によりゲストの生徒が犠牲になるという鬱展開と、2人の仲睦まじい様子のギャップが話題を生み、今期の隠れ覇権だとネット上では持て囃されている。先週放送された第8話「こっくりさんの作り方・後編(タイトルは毎回〇〇の作り方となっている)」では、ゲストである生徒と共にこっくりさんを呼ぼうとする展開から「初めてゲストが生存するのでは?」と思われたが「生徒自身がこっくりさんとして呼ばれる霊になってしまう」というどんでん返しに「作り手に人の心がない」「〇〇ちゃん(今回のゲスト生徒)ロスがやばい」「七不思議完成まであと3つも残ってるとか地獄かよ」などネットは阿鼻叫喚の坩堝と化したことで有名だ。
拘束された人物はTwo-wiseというハンドルネームを使っており、自分の中の流行りに応じてアカウント名の@以降を変更していたものと思われる。
「この視聴者の方にはね、デジャヴォロック様の生贄になっていただきますんでね、はい。あー、で、視聴者の方に一つお詫びが」
リョウが立ち上がって姿勢を正すと、シュンもそれに倣う。
「今回の視聴者参加型企画におきまして、申込のフォームに正確な血液型をご記入いただいたかと思うんですが、今回の抽選ではデジャヴォロック様を召喚するにあたって最も相性の良い血液型を持っていた方を当選とさせていただいております」
「視聴者の皆様には完全にランダムな抽選であると誤解を招くような形式となってしまったことをお詫びいたします」
リョウとシュンが揃って頭を下げる。その間もTwo-wiseは「ん゛ー!」と獣のような呻き声を上げている。
「その分、とても楽しい動画を提供することをお約束いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
再度頭を下げる二人。
Two-wiseはその間に徐々に拘束服の中での体の動かし方を覚えつつあった。
芋虫のように体をくねらせて這おうとした瞬間、カメラがリョウとシュンの上半身を映す高さのものに切り替わった。そしてTwo-wiseの絶叫。
この絶叫は、カメラが切り替わる直前に頭を下げたままのシュンの右足が持ち上がっていることから、シュンがTwo-wiseを強く踏みつけたのではないかと推理されているが真相は定かではない。
「じゃあね、早速やっていきましょう!」
気持ちを切り替えたリョウがカメラに向かってファイティングポーズを取る。シュンもそれに倣うと、カメラは再度Two-wiseも映る画角に切り替わった。
そしてシュンが一旦画角の外に出たかと思うと、赤いツールカートを押して現れた。
ツールカートの上にはレンチやハンマー、ドライバーといった一般的な工具の他に、見慣れない装飾品のようなものが並んでいた。
「リョウ君、まずはどうするの?」
「まずはね、魔法陣を描いていきます」
そう言ってリョウはツールカートに並んでいた怪しげな装飾品の内の一つを手に取った。
カメラがリョウの手元を拡大して映し出す。
それは赤銅色で、全体に禍々しい装飾の施してある一本の大きな指のように見えた。先端は鋭い爪のように伸びており、その反対側にはエアブラシの塗料カップのような器が付いている。リョウはそれを右手の人差し指に嵌める。
人差し指だけの巨大な鉤爪、あるいは錆びついたエアブラシ。
画面が切り替わり、しゃがみ込んだリョウがTwo-wiseの首元に赤銅色の爪の先端を突き刺した。シュンがTwo-wiseのことを上から押さえつけていたため、Two-wiseは抵抗できなかった。
突き刺した状態でしばらくすると、塗料カップのような器からうがいをする時のような音が聞こえ始め、下からせり上がるかのように中を血で満たした。
爪を引き抜いたリョウはその様子が白飛びしないように血で満たされている器のすぐ後ろに反対の掌で壁を作った。
「これで、魔法陣を描いていきます」
「どんなのを描くの?」
「えっとねー……これ、これの付箋付いてるとこ開いて」
リョウはツールカートの下段から1冊の本を取り出してシュンに手渡した。焼け爛れた人の皮のような表紙には所々糸で縫合したような痕が残っている。
その本の隙間から伸びた蛍光イエローの付箋が貼られたページを開くと、シュンはそれをカメラに見えるように広げてみせた。
そこには、五芒星が2つ重なったような複雑な図形を二重の円が囲った魔法陣が見開きで描かれていた。二重の円の間には、文字のような模様の連なりが一周している。
「これ使って描かないといけないから、何度も往復することになると思うんだけど、気合い入れてやっていきます!」
画面は再びガレージ全体を俯瞰する画角に切り替わった。
以降、早送りの状態でリョウがTwo-wiseの血を使ってガレージの面積いっぱいに魔法陣を描く様子が流れる。途中何度もTwo-wiseの首に爪を突き刺して血を補充したり、シュンが持った本のページを確認したり、サンドイッチを食べたりしていた。
魔法陣が半ばまで完成したあたりで「2時間後……」というテロップがデカデカと映し出され、その後リョウとシュンの上半身のみを映す画角に切り替わる。
彼らは真っ黒なローブに身を包んだ格好となっていた。
「はい! というわけで、無事に、魔法陣完成しました!」
「しました!」
ローブの袖から覗かせた両手で拍手をするリョウとシュン。カメラの角度的に、ガレージの床は映っていない。
「じゃあ、完成した魔法陣を見ていただきましょうか。こちらです!」
「ドン!」
俯瞰のカメラに切り替わると、白一面だったガレージの床に血で描かれた魔法陣が完成していた。
魔法陣の中心には全裸になったTwo-wiseが大の字型に組み合わさった木の板上に横たわっており、手首足首を鎖で拘束されていた。股間にはモザイク処理がしてあり、全年齢対象の動画としての体裁を保っている。
「おおー!」
リョウも同じ画角から見ているのか、感嘆の声が漏れる。
「なんか、俺たちの目線か見るとよくわからないけど、こうやって上から見るとすごいね!」
シュンも目を丸くしてはしゃいでいる。
「じゃあ後はもう少しだけ細かい準備整えて、デジャヴォロック様をお呼びするとしましょう!」
「よしきた!」
「15分後」のテロップが右から左へと流れていく。
次にカメラがリョウとシュンを映した時、ガレージの照明は落とされてほとんど真っ暗な画面が映し出された。
「あれ、真っ暗じゃない?」
「あ、やべ」
シュンが小声で呟くと、小走りな足音がカメラに近づいてきた。しばらくすると、カメラが暗視モードに切り替わり、黒と緑の画面にリョウとシュンが映し出された。
「はい……じゃあ、お呼びしますか」
笑いを堪えきれない様子のままリョウが告げると、シュンは恥ずかしそうに俯いた。
カメラは暗視モードのまま、魔法陣を俯瞰する画角のものに切り替わる。
魔法陣はうっすらと確認できる程度だが、そのさらに外周に沿って蝋燭が等間隔で並んでいる。
リョウは二重の円の内側に正座し、シュンは外周の外に立ってその様子を見守っている。
しばしの沈黙が訪れた。全裸で拘束されたTwo-wiseは貧血のせいか喚く気力も失っていた。
リョウが、魔法陣の描かれていた本を片手に、もう片方の手を翳すように魔法陣の中心に向けた。
そしてボソボソとか細い声で、この世のいかなる言語とも異なる発音と発声で何かを唱え始めた。まるでお経のようにも聞こえるその呪文に反応し、リョウの近くにあった蝋燭から順番に火が灯り始めた。
ボボボボボ……と暗視モード上では白い光点のように映る蝋燭の灯りが最後の一本まで灯された瞬間、耳をつんざく轟音と共にガレージ全体が大きく振動した。
揺れはゆっくりと鎮静化していき、やがて止まる。画面には蝋燭の火が灯った以外何の変化も起きていない。しばらくはリョウの呪文だけが続いていたがそれも終わった。
呪文を唱え終わったのか、リョウは開いていた本を閉じるとそれを傍に置いて立ち上がった。そして羽織っていた黒いローブを脱ぎ始める。
ローブの下は全裸だった。暗視モードで映るリョウの臀部にもしっかりとモザイクがかかっている。
「あぅ、とぅすぃ、きれぇぁ、デジャヴォロック!」
全裸のまま両手を広げたリョウが叫ぶ。
「あぅ、とぅすぃ、きれぇぁ、デジャヴォロック!」
画面の端の方で、シュンもローブを脱ぎ始めた。彼もまた全裸である。
「あぅ、とぅすぃ、きれぇぁ、デジャヴォロック!」
リョウの3度目の呼びかけに、"それ"は答えた。
魔法陣の中心、全裸で拘束されたTwo-wiseがいる床が、突然沈み始めた。
そこだけが液状化したかのようだが、暗視モードの画面からはTwo-wiseが沈んでいく様子しか確認できない。Two-wise(本名: 白滝幸佑 享年21歳)が完全に沈んで見えなくなった後、ズズズ……と重たいものを地面に引き摺るような音がした。
巨大な腕が、生えてきた。
魔法陣の中心から伸びたそれは、筋肉の線に沿って鱗で覆われた面や毛むくじゃらな面があった。4本の指から等しく伸びた大きな爪は、リョウが魔法陣を描いた際に用いた道具に似ていた。
腕は肘あたりまで伸びたところで天井に達した。それだけでゆうに2メートル半は超えている。
その腕が、パタンと倒れ込んだ。
シュン(本名:鷹村駿 28歳)はその巨大な腕の掌に、リョウ(本名:両津勘太郎 28歳)は肘の近くでぺしゃんこに潰された。
2人の超人気YouTuberを潰した腕はやがて、床を引き摺るようにして、魔法陣の中心に吸い込まれていった。
それから暗視モードで何も起こらないまま、15分程度カメラが回り続ける。
そして…………
「ぶっ——はぁあっ!」
魔法陣の中心から勢いよく飛び出すかのように人影が一つ、這い上がってきた。
全裸だったのか、股間にはモザイクが施されている。全身はオイルのようなもので濡れていて、肩で息をしながらガレージ内を彷徨いている。
やがて、俯瞰するカメラの画角の外に出たかと思うと、そこで画面が切り替わった。かつてリョウとシュンの上半身を映していたカメラだ。暗視モードのまま人影の上半身で画面が覆われているため、人物の特定ができない。
その人影はしばらくカメラと格闘し暗視モードを解除すると、ゆっくりと後ろに下がった。
「いやあ、大変だったね!」
「やばかったねー!」
一つの人影から、リョウとシュン、それぞれの声が聞こえた。
その人影は、一見して人体模型のようだった。
左半分がリョウ、右半分がシュンの体で構成されている。2人の身長の差異などはそのままのため、左右の目の位置や口元もずれてしまっている。無論肩や足の異なっていて、バランスよく立つためには背の低いシュンの方に傾いた姿勢になってしまっている。
「生で見たデジャヴォロック様ホントやばかった〜」
「俺も崇拝しようかなあ」
リョウとシュンの半身は、自らの体について起きている状況を気づいていないのか受け入れているのかわからないが、特に言及はしなかった。
「ちょっとカメラの方も確認してみましょうか」
「確かに、視聴者さん的にはそれが一番大事!」
そしてテロップ「カメラの映像を確認する2人」の表示に合わせて、リョウとシュンの半身同士が、俯瞰する位置にセットしていたビデオカメラのウインドウで映像をチェックしている映像に切り替わる。
画面右下に小ウィンドウで暗視モード撮影時のハイライト(デジャヴォロック様の腕)が流れた瞬間に半身同士の2人の盛り上がりは最高潮に達したが、それ以外何も映らなかったことがわかると大きく落胆した。
「腕だけかぁ」
「腕だけじゃなあ……」
「足りなかったかなあ、贄」
「いやでも血液型的に全然いなかったから……」
「まあ、仕方ないかあ……」
半身同士のリョウとシュンが寄り目がちになったまま会話している。半分しかない口だけでどう喋っているのかは全くわからない。
「今回は腕だけしか顕現させることは叶わなかったんですけども、次こそは完全顕現目指して、頑張っていきたいと思います!」
「思います!」
半身同士がファイティングポーズを取るが、まるでボディビルのフロントラットスプレッドのような格好になった。
画面は、最初に撮影していたソファに2人の半身同士が腰掛けている映像に切り替わった。
「というわけで今回の動画は以上なんですけども、ここでシュン君からお知らせがあります!」
「はい! 7月27日に"Shun"の8枚目のシングル"サクリファイス"が発売されます! こちらはなんとTVアニメ"Lily Squall Seven"のEDテーマとなっております!」
「いよっ!」
今回はリョウが相槌を打った。リョウの景気の良い相槌が聞けるのはシュンが告知をする時だけだ。
「リリスコ7、リョウ君見てる?」
「見てるよーってかいつも実況ツイしてるから知ってるでしょ!?」
「知ってるー」
半身同士の2人が仲良く笑っている。一つの肉体から2人分の声が同時に響いている。
「というわけで皆さんぜひお買い求めください!サブスクでの配信も予定されてますので、じゃんじゃん聞いちゃってください!」
「デジャヴォロック様については概要欄にも詳細を載せておりますので、崇拝したい方は是非ご覧ください! それではリョウと」
「シュンの」
「「りょーしゅんTVでした!」」
この後、チャンネル登録と高評価を促すテロップと共に、今回の企画に参加する視聴者として当選したTwo-wiseが生贄にされるまでの経緯がダイジェストで流れた。
Two-wiseの自宅に突然訪問したリョウとシュンが当選を告げ「自宅に案内する」と告げて目隠しをさせてタクシーに乗り込ませる。
その後目隠しをしたままリョウの自宅兼撮影スタジオに案内されたTwo-wiseに目隠しを外してもらった瞬間、背後にいたシュンがTwo-wiseの後頭部をレンチで殴って気絶させた。
そして拘束服を着せた状態でガレージに放置するところまでが、30秒ほどの動画でまとめられていた。
警察当局はこれを誘拐殺人事件と断定、捜査に踏み切った。直近で首都圏を襲った震度4の地震の発生日と震源地から撮影日と場所を特定し強行したものの、すでにそこにリョウとシュンの姿はなかった。
その後、今回の企画を予見していたとされるX(Twitter)アカウントが発見された。そのアカウントは件の動画が投稿される1ヶ月前に" ハッシュタグ:りょーしゅんTV200億何やる"のハッシュタグに、マジンガーZに出でくる敵キャラあしゅら男爵の画像を貼り付けたツイートのみをポストしていた。
このポストの発見が遅れたのは、リョウとシュンのアカウントがハッシュタグとして指定していた"ハッシュタグ:りょーしゅんTV200億回記念何やる"とは使用されたハッシュタグが若干異なっていたことが原因である。
このアカウントの持ち主はアメリカにいると目されているが、イーロン・マスクが日本警察からの捜査協力要請を拒んでいることから捜索は難航している。
りょーしゅんTVの変 饂飩粉 @udon-break
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