Act.6「世界終演」
――他者と関わらない作家は駄作を生み出す。他者と関わる作家は堕落する。
はいなんですっけ。
えぇ? 寿司?
馬鹿言ってんじゃないよ、うちは寿司屋だ。
あ? 寿司屋なのになんで注文を受けないんだって?
寿司屋て苗字なんだよ。
てなくらい、あてが外れるのはないだろうって。
いや、何がって俺のスキルがとんでもなく使い物にならないこともだけど、そもそもどうやって魔王を倒すんだって話。
口でどうにかなる段階じゃないだろって。
外交やら国交とやらでどうにかできる段階じゃないだろって。
そもそも、自前の国力だけじゃどうにもできなくなってきて、他者――それこそ転生者に命運を託している時点で関係性は最悪だ。
察するに修復不可能なくらいだろう。
籠城しているようなものだ。
必死に外部から助けてもらえるようにしなければ、活路が見えない。
他者依存ではない。
自分本位ではある。
まぁ、恐らく敗走したままズルズルと王国に寄っていって、最終的に逃げ道がなくなったんだろうけど。
そうなると、例え俺が亡命したって、逃げ出したって意味が無いことでもある。
まぁ、逃げてもいいんだろうけど。
かといって、あてがあるわけじゃない。
かといって、あてがないわけじゃない。
あてはないけど、あてはある。
作ることはできる。
まぁ、その日暮らしを永遠に繰り返すだけで世界はゆったりと、砂時計の砂が無くなるまで滅亡への時間を進めるだけに過ぎない。
盗んでは、盗む。
食べては盗む。
そうすればいい。
それをするだけの技術も、知恵もあったはず。
……今までだったらね。
「ではご武運を勇者様」
「はーい」
夜明け前の静かな街並みを背景に、くたびれたローブらしきものを受け取る。
誰から?
はい、偽看守の人です。
今日は非番らしいよ。
お休みがあっていいね。俺は今から休まずの旅だよ。
「呑気な感じで大丈夫か? 相手は魔王だぞ」
「その魔王がどれくらい怖いのか分からないから。怖気付いて帰ってもいいなら帰るけど」
「家なんてないだろうが」
それもそうだ。
家なんてない。
ましてや家族だって――いた。
まぁ、ろくでなしだと言われようと親は親。
子は子だ。
「可哀想に、なんて思っちゃいけないんだろうが。悲しい運命を背負ってしまって」
「まだ悲しいわけじゃないでしょ」
始まっていないんだし。
どうなるか分からないんだし。
「それもそうだが……例え死んでも弔ってくれる者がいないお前を誰が墓へ参ってくれる」
「なに? お墓なんてあるんだ。だったら墓荒らしでもしておけばよかった」
そんな怖い顔しないでよ。
冗談だって。
いや、墓があることなんて知っていた。
もちろん、父親と一緒にありとあらゆる民家や領地に侵入しては悪事を働いていたんだ。
唯一、逃げ場所にうってつけだったところを忘れるわけがない。
「墓荒らしなんて、勇者が口にするな」
「それもそうだ。だったら、お兄さんが俺の墓でも作っておいてくれない?」
「…………名前は?」
おや、随分乗り気だこと。
んー、でもどの名前にするべきだろうか。
元の名前か。今の名前か。
んー。
……。
面倒くさいからいいや。
「やっぱりやめやめ。死ぬこと前提で行くなんて勇者らしくない」
「……はぁ?」
「だってね。もしかしたら魔王がちゃんと話をして分かってくれるかもしれないじゃん」
知らないけど。
「お前な……」
溜め息をつき、恐らく頭痛がしているだろうこめかみをおさえるお兄さん。
「……お前と話していると疲れるから、さっさと行って帰ってこい」
おや、デレ期ですかな。
「まぁ、意外と上手くいくもんだよ。期待しててよ、残念なくらい」
そう台詞をかっこよく決めたところで、俺は旅立ちへの一歩を踏み出した。
目的地は南の砂漠だ。
▼
「いやぁ〜……まさかこんなに思い通りにいくなんて思わないじゃないか」
カラッと晴れ渡った空を見上げ、悠々と広がる砂粒の輝きを見ながら感嘆の声を漏らす。
ここがどこだって?
砂漠ですよ。
砂漠の、それも一番上。
最上階というか、屋根というか。
そこだけご丁寧に決戦として用意されている屋上て言うべきかな。
そこです。
塔の最上階と言えばいいかな。
そこです。
そこで、目の前で横たわる人らしきものを眺める。
ピクピクと筋肉が硬直と弛緩を繰り返し、床一面に広がった鮮血へ顔がついていようと起き上がる気配はない。
まぁ死んでいるんだけどね。
いや、殺したんだけどね。
「本当に。思い通りていうか、
転がった死体を見ては溜め息を吐き出す。
「俺がもうちょっと賢かったら、泥棒一家じゃなければ良かったね。こんな登るだけの塔でふんぞり返っている方が悪いかもしれない。うん、じゃあ、魔王が悪いね。もっと単純に、難解な城にするべきだったよ」
いや、それでも意味は無いね。
結局、そこにいると分かれば後はそこへ行くだけだから、複雑にしようが簡単にしようが関係ない。
いたらいけない。
いてはいけない。
それだけだ。
「まさか、『
寿司屋じゃなければ寿司屋になればいい。
勇者じゃなければ勇者になればいい。
口にすればいいだけなんだ。
「第一、盗みの経験がここで生きるなんてね。ここに来るまでの扉全部、なんだっけ? 将軍? 幹部? が鍵を持っていたんだから、盗みやすかったよ。馬鹿だよね、鍵なんかで管理するなんて盗んでくださいて言ってるようなものじゃんね」
そうでなくても、これだけ歪な石造りの塔だ。
例え、砂漠の先が――平原との境界線が見えるくらい高くても、外壁をよじ登ればいいだけ。
結局、正攻法で誤魔化していくか。
邪道で誤魔化すかの違いだけだった。
「面白くないよね。これで終わり――じゃないんだもんね」
この後の展開――そんなの凱旋パレードで豪華絢爛な生活が待っているわけがない。
そんなこと決してない。
全くない。
絶対に。
魔族は他にもいる。この塔だけじゃない、散らばって各地で悪さ――もとい、侵略をしているらしい。
まぁ、そうだろうね。
人間側が追い詰められた理由は簡単だとして、それが魔族の大きな包囲網だったとすれば、魔王を殺した後に待っているのは弔い合戦だ。
簡単に降伏するわけがない。
だって魔王言ってたもん「絶対に許さない。呪いコロしてやる」て。
王がそんなんだとすれば、今なお献身的に、盲目的に、盲信的に働いている兵がすんなり首を差し出してくるわけがない。
となれば、真っ先に狙われるのは俺だ。
魔王を殺した勇者。それだけで狙うには充分だし、はた迷惑な名刺が出来上がる。
「まぁ、魔族も大量虐殺していたんだから今更殺されても文句は言うまいよ……」
…………いや、ちょっと待て。
待て待て。
「魔族が人を殺しているけど、これは戦争だろ? だったら、人も魔族を殺しているわけだよな」
これは争いだ。
机上のこま将棋じゃない。
実際に人が動いて、死んでいる。
殺しているわけだ。
となれば、悪いのは魔族というのは穿った――偏った見方だ。
公平ではない。
「俺が人間側だからといって、必ずしも人間側に思い入れがあるというわけでもないしな」
牢屋に閉じ込められたし、危険なところに旅立てと言われた。
しかも、見送りなんてお兄さんだけだぞ。
誰もいない。
誰も気にしていない。
いや、誰も期待していなかったんだろ。
どうせ、死ぬ。
どうせ、死んで終わる。
じわじわと殺されるのを待つだけだと。
諦めていたに違いない。
「そんな人間側を助けてどうにかなるのか? 転生者に力を求める時点で防衛力なんてない。全部俺に面倒くさいことが回ってくるだろ」
それは願い下げだ。
真っ当に生きられない人間が、真っ当なことをできるわけがない。
この魔王を殺した時だってそうだ。
半ば不意打ちだ。
出会ってすぐに「自決しろ」と言ったんだから、戦いなんてものじゃない。
……まぁ、それを使って襲いかかってくる魔族を殺せばいいだけ。
でも。
「面倒くさい」
心底。
あぁ、心底。
硬い床でもいいから、寝ていたあの頃でいい。
殺すなんて冗談で言われるくらいで。
殺されるよりも牢屋にいる方が苦しい。
あの時のままがいい。
でも、そこにはもう戻れないのだ。
「……もう、喧嘩両成敗でいいしょ。魔族も人間も両方滅びてしまえばいい」
いや……そもそもだ。
そもそもの話。
こんなスキルを与えた世界が原因じゃないのか?
俺が苦しまなければいけない原因は、この世界に転生したことじゃなくて、
そうだ。
そもそも、転生なんてしなければ良かったんだ。
二度目の人生、充実した暮らしであったはずが、そうじゃなくなってた。
それが嫌で嫌だった。
その日暮らしでも良かった。
でも、転生者だから。この世界のせいで、転生させられたから俺はこの後も面倒なことが待ち受けている。
しかも、それで争いが消えるわけじゃない。
それが延々と続くなんてあまりに不毛だ。
だったら、ね。
だったら、魔族や人間に怒りを向けるなんてお門違いな話だよね。
まぁ、魔王を殺した手前なにも言えないけど。
気まぐれだったし、気分だったし、運命だったし、気が向いたから魔王を殺しただけだったし。
それでも、やっぱりこんな世界終わった方がいいと思うんだ。
争いは何も生まない。
争いは何も生めない。
とまぁ、ここまでそれらしいことを言ってきたけど、全部嘘だし、心にもないことをただべらべらと心の中で重ねてきただけだけど、結局これに尽きる。
これだけでいい。
俺には。
俺だけでいい。
「面倒くさいから、この世界なんて消えてしまえ」
異世界へ転生したのに、最弱スキルを貰った勇者はどうしたらいいですか? 月見里さん @yamanashisan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます