古風な言葉と美味の第一印象とうらはらに、未知の深い世界が潜む書き出し

この作品は美しい日本の古風な言葉とカラフルな日常の美味を表す言葉で始まっている。これが、その書き出しを読んだときの第一印象でした。しかし読み返すと、実はもっと深い世界が秘められていることに気づきました。この短編を読むことは、日常に潜んで見逃すことを繰り返し見つけ出す旅となりました。

実は、書き出しの前にあるタイトル。「夜宵」という一見古風な言葉は、辞書に載っていないません。ネット検索で調べたところ、何人かのひとが名字として使用するため、または自分が表現したい何かを示すために作り出した新しい言葉
【追記 2023/12/16 22:09】
…ではなく「実は中国語の単語で「夜食」の意味があります」と、作者さんに教えてもらいました。とても日本的なのに、外来語!本当に深いタイトル。

トマトとラーメン、これも比較的新しい言葉だと思いますが、親たちの世代にはすでに常識でした。
タイトルの中、卵だけは。たぶんずっと生活の中にある。もっとも正統的で古風な言葉です。GoogleBardに調べてもらったら、"平安時代の説話集『日本霊異記』には、「鳥の卵を食べると悪いことが起きる」といった記述が残っており、卵を食べることには抵抗があったようです"と教えてくれました。

ただし、書き出しにある言葉は、タイトルより詳しく、「インスタントラーメン」。こちらも、親たちの世代からの常識です。
私もインスタントラーメンの、乾麺独特のパチモン感を思い出して、お腹がすきました。

しかし、社会人となった子どもたちは、本場の異国レシピで作られた「蛋麵(danmian)」などの常識も併せて知っています。

意図して作った設定かどうかわかりませんが、新旧国内外の常識と非常識を巧みに織り交ぜる仕組みは他にも潜んでいるのを読み取れます。

この小説は、社会人になった子どもたちが、様々な辛い経験を経て、久しぶりに実家に帰って、子どもたちだけで夜食を食べ、他愛のないおしゃべりをする時間を描いています。主人公は行きつけの台湾料理屋の味に似せたアレンジをしたインスタントラーメンを、実家の台所で作って兄と共有します。

この小説には3つの名前が出てきます。

ひとりめ、大輔は7世紀から10世紀の律令制における高位の官職に使われていた漢字を使った名前です。もうひとり、孝志は「親の心に従い、よく仕え、親を大切にする心」という意味です。

この名前を子どもたちに負わせた親の気持ち。悪気はなかったと思います。立身出世し、親を大切にする。伝統的な基準での幸せが得やすい人生を送らせてあげたい、そんな愛が伝わってきます。

最後、美羽。

美しい羽は見るものの目を楽しませ、空も飛べるかもしれません。危険も予想され、伝統的な基準には当てはまらない名前です。しかし、その名前が示す危うい幸せを美羽は選びました。社会人になった子ども本人にとっては美味しい、または幸せな人生。その人生は親たちが信じる伝統的な基準そのままでは評価が低い。しかし、親の伝統の価値観、美羽、そして、彼女以外の子どもが持つ現代の価値観が交錯する中で、時代が変わっても変わらない家族の絆はどうしたら保てるか。そのひとつの答えがこの小説にはあります。

家族は、違う価値観を持つお互いを、ぎこちなく受け入れます。

名付けたときの愛にやや自己中心的な要素があることを、親たちは気づいたのか、はっきりは説明されていません。しかし、その理想から離れた子どもたちが今実家に滞在している。そのことから、両親の今の心境もおぼろげに伝わります。

時々は一緒の家で、はっきり子どもの今を認めたり、ずっとべったり溺愛する訳ではなくても、排除せず、自分たちの部屋で子どもたちが「いまのすがた」で泊まることを許す。令和の時代、家族の幸せの形の一つと思います。

私たちも、気づかないうちに家族本人自身の指向や夢を排除しているかもしれない。令和の時代における家族のあり方を反映し、多様性を受け入れることの大切さを振り返らせてもらったことも、感動の一部です。

幼少期の日常の中に潜んでいた主人公の夢は、この小説が描いている「いま」、全部ではないけれど、かないつつあります。そのことが嬉しく、私の心も温まりました。希望が美しい短編でした。

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