Interlude ~サラマンダーは炎のなかに~

※作者より

 前回で一旦完結の予定でしたが、一つの長編作品としては作者自身が納得できない終わり方になってしまったため、もう一話だけ加筆しました。ラスト2300字、お付き合いいただけると幸いです。

 第2部の構想もあり、既に書いている部分もありますが、ひとまず「鮮紅のロンギヌス」は完結となります。ここまでロゼリアの旅路を見守ってくださり、ありがとうございました。



   Interlude ~サラマンダーは炎のなかに~


 ナイロビ空港のゲートを、携帯端末をかざして通過した。ロンドンからの航空券は片道だ。帰りがいつになるかわからないからだ。

 ケニアから陸路でいくつかの国境を抜けて――いくつになるかはどういうルートを選ぶか次第――ロゼリアは再びあの地を目指そうとしていた。あの忌まわしい記憶の舞台へ。

 民間警備会社の個人事業主――傭兵カーマインとしてではなく、ロゼリア・ライヴリーという一人の人間――いや一匹の獣として。



 ――あの国に黒曜連合の創設者が潜伏している。

 その情報が入ってきたのは二か月前のことだった。

 短かった軍人時代に培ったネットワークは、それこそイギリス情報部の情報網と比べれば脆弱なものだったろうが、それでもこうして公にならない情報が入ってくることはある。

 或いはこの情報こそが何らかの罠――であるならそれはそれで構わない。お望みどおり飛び込んでやるまでだ。

 あの〈徴税人〉が名目上奴らの下部組織を自称していたとはいえ、ロゼリアが復讐したい対象ではないし、奴らが自分の命を狙う可能性もほぼないと考えていたが、それでもあの組織の情報は耳に入れるようにしていた。

 リザ・ブランシェットとの一件がなくても、近いうちに黒曜連合とは事を構えることになっていただろう。ただあの事件が直接のきっかけになったことは確かだ。

 誘拐されて陵辱されて、殺されるのを待つだけだったリザの姿を見たあの日、黒曜連合を潰すと決めた。不愉快だから。気に食わないから。闘争を仕掛ける理由としてはそれで十分だった。

「結局のところ、私は好きなんだよ。ああいう連中をぶちのめすのが。自分たちが奪う側に回ったと思って、暴力で女子供を蹂躙するようなテロリスト気取りをぶっ殺すのが」

 戦いの場に身を置く生き方を選んだのは、他に選択肢がなかったからではない。自分が望んだからだ。それをリザに――その日出会ったばかりのロゼリアの境遇を、自分のことのように悲しむ彼女に――わかってほしかった。

「――でも、そんな生き方長くは続かないわ。いつかあなたも、殺す側から殺される側になる」

「そうかもね。まああれだけ殺してりゃあ、殺されることもあるさ」

 全ては自分の意志で選んだことだ。十年前に自分の全てを奪った男たちに復讐を誓ったのも。平和な暮らしを捨てて軍隊生活に飛び込んだのも。傭兵として稼いだ金で戦場へ赴き世界最大のテロ集団に喧嘩を売るのも。

 ――火の精サラマンダーとなって、火の中に棲むがよい。

 あれは確かジョン・ル・カレの小説の一節だったか。

 穏やかな流れに棲めない、戦火の中でしか生きられない火竜。そうかもしれないし、或いは他の生き方もできたのかもしれない。だがロゼリアは炎へ飛び込むことを選んだし、そのことを悲観もしていなかった。



 観光客のように大型のキャリーケースを引いてタクシー乗り場を目指す。武器こそ持ち込めないので現地調達になるが、装備だけでも大荷物になる。丈夫で動きやすい服と靴。薄手の高性能防弾衣。PDペイパーディスプレイ迷彩。最低限のサバイバルキット一式。

 タクシー乗り場に並んだ車両のうち、全自動無人タクシーは四台に一台といったところだった。これでもアフリカ大陸の中では相当進んでいる方だろう。

 ロゼリアは有人のタクシーに乗り込むと、とりあえず今夜の宿を探すことにした。快適なホテルに泊まれる間はその恩恵を享受するつもりだった。

「観光かい?」

 中年の運転手が話しかけてきた。

「いや仕事。ケニアは通り過ぎるだけになるかな」

 ロゼリアは目的地の国名を告げた。

「あんたジャーナリストか? 今あそこに行くなんて正気の沙汰じゃないぜ」

「へえ、そんなにひどいの」

「この国まで逃げてきた難民が大勢いるよ」

 ロゼリアが帰国した後、あの国の政情はどんどん不安定になっていった。

 イギリス軍の支援が大幅に減らされた――イギリス政府はかの国の軍上層部がロゼリアの生存を隠匿していたと考えて激怒したらしい――ことがどこまで影響したかはわからないが、テロはより頻発し、反政府ゲリラたちの勢力は増した。

 黒曜連合はそこに目を付けた。ハイエナのように乗り込んできて、現地のゲリラを半ば乗っ取るような形で支配地を拡大し、もはや首都にまでその指がかかっているという。

 あの国がどうなろうと知ったことではないし、もし首都が戦場になるようなことがあれば、その混乱に乗じてロゼリアも動きやすくなるかもしれない。

「国の半分はまともに機能してないって話さ。難民はみんな言ってるよ、今あそこは地獄だって」

「地獄、ね」

 その言葉を聞くと過去の記憶が鮮明に浮かぶ。

 夜毎繰り返される暴力の痛みと屈辱。夜のように暗い森の蒸し暑さと喉の渇き。飛び交う銃弾と爆音。血と臓物を撒き散らした子供たちの死体。その死臭と硝煙の臭い。自分が殺した人間たちの顔顔顔――

 だがそれらはもう既知のものだ。恐怖のうち、未知から生まれるものはロゼリアにはもはや無縁だ。今や自分は地獄を知り尽くしている。そして地獄を手懐ける、神をも恐れぬ力も手中にある。

 どんな凄惨な戦場が待ち受けていようと、それはロゼリアの狩場でしかない。

「地獄なら、私の庭も同然だ」


      To Be Continued “Disgrace”

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鮮紅のロンギヌス 宮野優 @miyayou220810

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