第4話 おかわりは自由です♡


 俺に唐沢さんという『通い妻』ができてから数日が経ち、初めての日曜日となった。

 一週間の会社勤めからくる疲れを癒すべく、俺は二度寝を敢行していたのだが……。


「本当に来たんですか……」

「はい、来ちゃいました」


 玄関のドアを開けた先に立つ唐沢さんは、可愛い白のワンピースを着ていた。

 その服装と相まって、彼女の儚げな雰囲気と合わさって妖精が舞い降りたのかと見紛うほど。

「で、でも、唐沢さん……今日はお買い物に行くって言ってませんでしたっけ?」

 最近できたばかりの大型ショッピングセンターに出かけると、昨晩の連絡で彼女からそう聞いていた。

 俺も誘われたのだが、疲れていた俺はつい『今日はやめておくよ』と言ってしまったのだ。

「えっと……はい……」

 俺がそう言うと、彼女は恥ずかしそうに顔を俯けた。

 ああ~コレは俺が悪いやつだな……!?

 せっかく来てくれたのに邪険に扱うなんて、紳士の片隅にも置けないじゃないか。


「あの、お疲れだって聞いていたので。お料理を作ろうかなって」


 そう言って両手に握られたトートバッグを持ち上げる。中には野菜や肉のパックが覗いている。

「迷惑、でしたか?」

「い、いえ……」

 あっ、これは無理! 照れたようにはにかむ唐沢さんの可愛さに、童貞の俺が勝てるわけがない!

 疲れも眠気も吹っ飛んじまった。


 気付けば俺は彼女をリビングに上げていた。


「すみません、冷蔵庫に何もなくて……水道水か缶ビールならあるんですけど」

「うぅん、急に来た私が悪いんです。どうぞお構いなく……あ、でもビールを頂こうかしら」


 遠慮しながらも、彼女はクッションに腰を掛けた。スカートから伸びる白く長い脚を綺麗に揃えている。

 そんな何気ない仕草も絵になるんだから、美人は本当にズルいなと思う……。


 冷蔵庫から取り出したビールを彼女に手渡し、カツンとぶつけ合う。

 プシュッと音を立てた缶を傾け、俺は一気に飲み干した。

 酔いで緊張をほぐさないと、とてもじゃないけど理性を保っていられそうになかった。


「ふふっ、良い飲みっぷりですね」

「の、喉が渇いていたもので……でも唐沢さんもお酒強いですよね。この前、一緒に飲んだ時も全然酔わなかったじゃないですか」

「そうなんですか? 飲み会なんて行ったことが無かったもので……父親が強かったからかしら」


 缶ビールをゆっくりと傾けながら話す彼女の頬が、ほんのり赤く色付いている。アルコールが回ってきたのだろう。その色気も相まってドキッとしてしまう。


「あっ……ごめんなさい、なんだかすっかり寛いじゃって」

「いえ、別にいいですよ。でも唐沢さんみたいな美人が油断する姿を見てみたい、っていう本音はありますけどね」

「……もうっ! もうっ!!」

 ちょっと茶化すように言うと、彼女は頬を膨らませながら俺の肩をポコポコと叩いてきた。

「ごめんなさいって、許してください!」


 ……なんだコレ、すっごく楽しいぞ! 彼女との気取らない会話に心も体もフワフワしてきた。これじゃあまるでバカップルじゃないか!! 俺はいつの間にか、唐沢さんとこうして普通に話せるようになっていた。

「フフッ、許してあげます」

「あ……ありがとうござい、ます?」

 いや本当、どうして俺なんかにこんなに懐いてくれたんだろう。未だに分からないんだよな……。

 あと唐沢さん。服が乱れて、見えてはいけない部分が見えそうです。

 眼福だけど、目の毒すぎる……!


「ところで井出さん、何か食べたいものはありますか? お野菜とお肉がいっぱいあるんですけど……」


 ひと息ついたところで、なにかおつまみを、という話になった。

 さっそく彼女が作ってくれるらしい。


「それなら、ピーマンと豚肉を炒めたやつが食べたいです。最近、あんまり野菜を食べていなくって」

「あ! それ、すごく美味しいですよね! ウチのお店でも定番の人気メニューです」

 俺の意見に彼女は目をキラキラと輝かせると、立ち上がってバッグの中からガサゴソとエプロンを取り出し始めた。

「ちょっと待っててくださいね、すぐ用意しますから」

 そう言って洗面所の方へと消えていった。

 なんだか新婚さんみたいなやり取りで、とても楽しい。きっと俺が結婚すればこんな風な毎日を送れるのかな……なんて妄想に浸ってみるが、残念ながら俺は現在フリーだ。

 ああ~早く彼女欲しいなぁ……。

 そうやって悶々としながら、俺はキッチンで料理をする彼女の後ろ姿を眺めていた。


 ◇


(こ、これってもしかして……夜のお誘い的なやつなのだろうか!?)

 唐沢さんが作ってくれた料理を食べながら、俺はふと思った。

「どうかしましたか?」と俺の顔を覗き込んできた彼女は、手に箸を持って「あーん」と決行しようとしている。


 ちなみに肉野菜炒めには大量のニラとニンニクが追加され、どこから用意したのか濃い目のハイボールがグラスに注がれている。俺はそこまでお酒に強くないので、コップ半分すでに頭はクラクラだ。


「お、美味しいです……」

「ふふふ、嬉しい。もっとありますから、たくさん食べて元気になってくださいね?」

「ひゃ、ひゃい……」


 あ、これは間違いないですわ。彼女の目がギラギラしている。

 この展開は童貞としては非常に嬉しいのだが、相手はあの唐沢さんだ。俺なんか、簡単に食い散らかされてしまうだろう。

 恋は弱肉強食。まるでライオンとシマウマのような関係性である。


 でも変なことを切り出して嫌われたら……。

 それでもこの幸せな時間を失いたくない俺は、勇気を出して訊いてみることにした。

「あ……あのぉ、唐沢さん」

「はい?」


 俺は勇気を出して話を切り出そうとした。すると彼女は「はい?」と可愛らしく小首を傾げる。

 その目に吸い込まれそうだったが、なんとか理性を働かせる! そして俺は切り出す――!!

「もしかして今日ってこのままお泊りを……」

「明日は営業日なので夕方には帰ります。仕込みの時間もあるので」

「ですよねー!?」


 なにを当たり前なことを聞いてしまったんだ俺は!?

 こんなバカ野郎に振り向いてくれる女の子なんて、この世に存在するわけがなかった!!

「井出さん? なんだか落ち込んでます?」と彼女は不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。どうやら顔に出てしまっていたらしい。俺は恥ずかしくなり、顔を俯けてしまった。

 ああ~調子に乗った俺のアホ! もう今日は駄目だ……このまま大人しくしていよう。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」


 つい夢中になって食べてしまった。

 こんな美人な人にご飯を手作りしてもらって、俺は幸せ者だなぁ。


「ほとんど俺が食べてしまいましたが、本当に良かったんですか?」

「はい、朝ご飯をたくさんたべてきましたので」


 すっかりまったりムードになってしまったけれど、これからどうするんだろう。

 用事は済んだろうし、彼女はもう帰るんだろうか?

 すると彼女は「あー、でも」と前置きをしてからニヤリと微笑んだ。


「今度は私が食べる番ですよ。美味しく料理してあげますから……ね?」

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「お弁当には私もお付けしますか?」 常連になっていた弁当屋で夕飯をテイクアウトしたら、何故か美女がセットでついてきた件 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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