『拝けい、10年後のぼくへ。』
pocket12 / ポケット12
『拝けい、10年後のぼくへ。』
僕らは幼い頃からお互いに夢を語り合ってきた。
あの頃僕らは無敵で、無限の可能性に満ちていて、望めば何にでもなれるって信じていた。
僕らは夜空を見上げて約束した。
いつか必ずみんな夢を叶えよう。
そしてまた一緒にここで星を見ようって。
僕らは約束した。
だけど年齢を重ねるごとに、僕らが夢を語り合うことは少なくなっていった。
中学生になって僕らはお互いの夢を茶化し合うようになり、高校生になるとまるで初めから夢を見ていたことなんてなかったみたいに振る舞った。
それは気づいたから。
僕らの前には無限の可能性なんて広がっていないって。
人生には夢を見ることを許される期間があって、それが終わったのだって、僕らは気づいてしまったから。
それが大人になっていくってことなんだよな、と僕らの誰かが言った。
いつまでも夢をみる子どもではいられない。
大人になるためには、僕らはこれから現実を見ていかなければいけないんだ。
高校を卒業した僕らは別々の道に進んでいき、僕が大学二年になった頃には、僕らはもうまったく会うことはなくなっていた。
「——アンタに手紙、届いてるわよ」
ある日、家に帰るなり母はそう言って笑った。
「手紙? 誰から?」
僕はそのころ大学四年生で、就活も終えて、卒業までの毎日を適当に過ごしていた。
「いいから読んでみなさい」と言って母は僕にその手紙を押し付けてきた。
差出人の名前を見て、僕は驚いた。
それは僕の名前だった。
『
拝けい、10年後のぼくへ。
未来の自分に手紙を書くだなんてなんだかはずかしいです。でも授業だからしかたないので書きます。
ぼくはいま小学6年生で、12才です。
この手紙を書くまえ「あんまり夢いっぱいのことを書くと10年後に読む自分がつらいぞぉ」と先生は笑って言いました。だけどぼくはそうは思いません。
だってぼくは夢をかなえているに決まっているのだから。
だからこれを読んでいるぼくはいま大学生で、天文学者になるためにいっぱい勉強していることだろうと思います。
どうですか? やっぱり勉強は大変ですか? いっぱい勉強してつかれてないですか?
10年後のぼくには、いまのぼくには想像ができない大変なことがいっぱいあると思います。
でもぼくはきっと大じょう夫だと思います。
がんばって、未来のぼく。
ぼくならきっといっぱい努力して夢をかなえる事ができるって信じています。
P.S.
ぼくらの約束はちゃんと覚えていますか?
』
手紙を読み終わると、僕はベッドに頭から倒れこんだ。
あの頃の僕らは世間を知らない子どもで、無限の可能性に満ちていて、努力すれば必ず夢は叶うものだと信じていた。
夢が叶わないなんてことは想像すらしていなくて。
あんなにも無邪気に、無責任に、きっと今でも僕が夢を叶えるために尽力していると信じていた。
僕は叫びたかった。
僕らは怖かったんだ。
必死で努力しても叶わないかもしれない夢を見続けるのが。
だから僕らは夢を諦めるための免罪符として、それが大人になることなのだと必死に自分に言い訳して、それでも心が苦しくて、初めから夢なんてなかった風に振る舞って。
現実という名の諦めの中を生きてきた。
でも。
いまの僕を見たら、彼はきっとひどくがっかりする。
それがたまらなく悔しかった。
夜遅く、僕の電話が鳴った。
その画面上に映った久しぶりに見る名前に、僕は表情を緩ませた。——ああ、僕だけじゃなかったんだ。
……僕らの電話は明け方まで続いた……。
「俺さ、もう一度、目指してみようって思うんだ」
「……うん」
「やっぱ、遅いかな……」と彼は笑った。
「……遅くないよ」と僕は言った。「全然、遅くなんかないよ……」
翌日、僕は一本の電話をしてから机に向かっていた。
手紙を書こうと思った。
何を書けばいいのかわからないけれど、とにかく書き出しは決まっていた。
——拝啓、10年後の僕へ。
僕の部屋に、ペンを動かす音が響いていく。
『拝けい、10年後のぼくへ。』 pocket12 / ポケット12 @Pocket1213
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