第5話 邂逅 4

 旧訓練所。

 その場所に来た二人の男女。

 男は武器という武器は持たず手ぶらのまま。女は黄金の剣を構え、互いに向き合っていた。


「さぁ、始めましょう」


「……本当に戦うの?」


「えぇ、もちろん。ここまで来て戦わないという選択肢はありえません……悠太も構えて下さい。それとも合図のある戦いはしたことがなかったですか?」


「まぁ、それはそうだけど。そもそも僕はあんまり乗り気じゃないっていうか――――」


「いいから」


 薄らとイリーの瞳が黄金に輝いた。

 すると突如、悠太の心臓に向けて一筋の雷が軌跡をつくる。


「!?」


 肉眼では見ることすら出来ない不可視の雷が悠太の体を貫いた。


「見せて下さいよ」


 土煙が舞い上がり、悠太の姿が見えなくなる。

 本来ならば、肉体は雷の熱で体中の水分が一瞬で蒸発し炭と化す一撃。

 ただの契約者テスター如きでは、感知することすらも不可能な攻撃。

 その雷は悠太の体を貫通し背後の壁に直撃した。

 壁は崩落し土煙が舞い上がり、悠太の姿をのみこんだ。

 直後、その舞い上がった土煙を風が吹き飛ばす。


「ごほ、ごほ、危ないなぁ」


 確かに雷が体を貫いた。

 だが、現れた悠太の体に傷はない。


「流石ですね……ふふっ、楽しくなってきました。見せて下さいよ、貴方の――――魔女の力を」


「……はぁ、もう。しょうがない」


 魔女――――それは、魔力を操る力を持って生まれた者の総称である。

 基本的には以外におらず、男性は過去から現在に至るまで一人として存在したことはない。

 だが、


「〝ここ一体を隔離しろ〟」


 【異端児】神代悠太は――――魔女である。

 その存在が世界に知られていないだけの、この世でたった一人の魔力を操る。その黒い右目に魔法陣が浮かび上がると同時に神の力とは違う異質の力が、この空間を支配した。


「――――ははっ!」


 その力は、この旧訓練所この場所をまるごと呑み込んだ。

 雲一つ無い快晴であった空は黒く染まり、一度崩壊を始めた石壁は止まった。


「〝雷よ〟」


「ッ!?」


 イリーに向かって、白雷が一閃。


「僕だって、こんなことされて黙っていられるほど大人しくないよ」


 一本の道を直進するように突き抜けた白雷。

 だが、その攻撃はいともたやすく黄金に剣によって弾かれ、暗闇とも言える空へと消えていく。


「そうこなくては……」


 見据える先に立っている人物は本当に神代悠太と同一人物だろうか?

 そう疑ってしまうほどに……雰囲気が違う。

 姿形が変化したわけではない。ただ存在そのものが先程までとはまるで別の存在感を放つ。


「僕が扱う魔力は少しだけなんだ。もう知ってるかもしれないけど」


「たしかに優華からは聞いていましたが、朝食の時に改めて理解しましたよ。私も魔女と対峙したことがありますが、などありませんでしたから」


「でも出来ないことはあるから安心してよ」


「そうでなければ困りますよ」


 だが、ではないでしょう。

 やろうと思えば、なんでも可能に出来る――――それが魔法なのだから。


「だよね。僕も試してはいるんだけど無理なものは無理らしい。例えば時を戻したり、時を進めたり、再生、蘇生、呪い、運の操作とかも含めれば結構出来ないことがある。でもね――――」


 瞳の魔法陣が輝き形が変化し、稲妻が迸る。

 悠太の空いた手の平に現れたのはこそ違えど、神と契約していなければ顕現させることが出来ない存在。


「それは……」


「〝ゼウスこういう〟ことは不可能じゃない」


 自分が握る黄金の剣ゼウスと瓜二つの存在。

 それを見て、改めて悠太の存在に納得がいった。


「これでこそ『異端児』……」


 だがそれでも聖剣か魔剣か判断がつかない一本の剣。

 その姿はイリーが握る聖剣に分類するゼウスと瓜二つである。

 でも、悠太が握る獲物は。普通の鉄剣にすらも見える。


「……試してみますか――――〝絶壊の装飾アダマス〟」


 それが神であれ、なんであれ、物事という概念を取り除いた防御不可の能力。

 それが全能神ゼウスとの契約によって得られる恩恵の一つである。

 未だかつて誰にも防がれたことのない一撃。故に殲滅者アナイエル


「同じ剣なら防げるかどうか……試しましょうか!」


 接近速度も光と変わらない。

 瞬き、ではなくコンマで途切れる続ける集中力の合間を縫ったに懐へ潜り込まれている。

 そこから放たれる斬撃を――――


「直線的だね……見えてるよ!」


 受け止める。

 ただそんなことよりも、久しぶりに体に衝撃が跳ね返ってきたことに笑みを零すイリーは鍔迫り合いの中、魔法陣が浮かび上がる悠太の瞳を真っ直ぐ見ながら剣を振り切った。そして両者に少し間隔があく。


「契約した神を依り代にした完全なものではないにも関わらず、神の一撃を擬似的な神の力で防いで見せた……。それも殲滅者の一撃を防ぎますか」


「あれくらいならね」


「期待以上」


「まぁ、一応剣術も少し習ってるから」


「悠太も気の毒ですね……魔女が魔法を使い各地で暴れ回っていなければ、今頃どうなっていたのやら。私なんかよりもよっぽど有名になっていたことでしょうね」


「はは、それは光栄だね。でも、そんなことはどうでもいいんだ。今はとにかく僕の力がどこまで通用するか………試してみたいと思ってる!」


 初めての実践で、気持ちが昂ぶっているのが自分でも分かる。

 今まで使とすら思っていた力が、ここまで通用してしまうとは予想外だ。


あぁ……良くない。


 今、自分が調子に乗っていることが自分で分かる。

 それを理解しながらもこの昂揚感に身を任せてしまってる。


「〝風〟と〝砂塵〟」


でも、それでいい。


「〝舞いあがれ〟」


 今は、赴くままに戦いたい。

 自分がどこまでいけるのか、試したい。

 何かに意識を取り込まれていくように、いつも以上に冴え渡る感覚のまま強く柄を握る。

 悠太の言葉に呼応するように砂塵が風の力で旧訓練所を荒らし、イリーの視界を奪う。同様に悠太の視界も遮るが、魔女は〝魔力〟を可視化する。

 それらは魔力の密度によってみやすさは変わってくるが、魔力が反応している場所を見つけることさえ出来ればイリーの居場所が分かる。


「(どこへ……)」


 すると、背後からがした。


「〝重くなり〟〝硬くなれ〟」


 声のする方へ反射的に振り向き悠太が振り下ろした剣を受け止めたイリー。

 だが、


「……ッ!!」


 重くなり、加えてより強固になったことで振り下ろされる動作をし続ける剣は、尋常ではない物理的な破壊力をもっていた。

 普通ならば受け止めただけで両腕の骨が粉々に砕け散っていることだろう。

 だが、あくまで普通ならの話。物理的なただの衝撃は、神と契約した者にはほとんど通用しない。背後に回った悠太の渾身の一撃はいともたやすく弾き返され、逆に衝撃を押し返され悠太は吹き飛ばされる。


「ただの物理にしては良い一撃でしたね」


 イリーはいつの間にか黄金に輝く剣幅広い宝剣を手にしていた。

 空中で吹き飛ばされた悠太は体を回転させることで体制を立て直し、足元を引きずられながも地面に着地する。


「変形……じゃなさそうだね」


「挨拶は終わりですよ……本番はここから ですよね? 悠太」


 狂気的な笑みと共にイリーの周囲に雷が漂い始めた。その力の影響は凄まじく、悠太の周囲に漂っていた魔力らが自然と雷へと変化していく。

 悠太の周りを白銀色の魔力が照らすと、激しく荒ぶる雷は槍のように形を変え悠太の方に向いた。

 

雷槍ブロンクリス


 一瞬見ただけでは数えきれないほどの雷の槍。


「〝上に上がれ〟」


 それでも悠太の言葉によってイリーが放ったものは空へと向きを変えて放たれた。


「ほぉ……」


「多分、こういうのは僕には通じない。不可能じゃないからね」


「ますます良い。ならばこの剣で決着と行きましょうか」


 その一撃は山を吹き飛ばし、その一撃は海を割り、その一撃は曇天すらも晴天に変えてしまう。本気でこの黄金の剣を振り抜けばそのくらいは軽々と出来てしまう人間。そんな人間が振るう力をそのまま受けるなど無理というものだ。

 まぁ、それは相手の土俵に立ってしまったらの話だ。


「〝空間転移〟」


「なっ!」


「――――こっちだよ」


 振り向いた先には、既に剣を振り抜こうとしている体制の悠太がいた。

 イリーの瞳の目の前には既に剣が迫っていたが、紙一重で躱し切る。

 この視界不慮の中で今のを躱されるとは思ってもいなかった悠太は、さらに空間転移でイリーの射程圏内から遠ざかった。


「ようやく、らしいことが起きましたね」


「今のを避けるなんて流石の身体能力。神の力で上乗せされていると言っても今のを躱されるとは思ってなかったよ」


 〝空間転移〟

 これは契約者テスターではできない。いや、正確に言えば出来る契約者テスターが存在している可能性はある。

 神の力によって動体視力では追いつけない速度で動くことは可能だし、一般人からすればそれが普通のことだ。だが、空間を転移するという芸当を出来る存在など見たことも聞いたこともない。

 それこそ〝空間〟に関する神と契約でもしていなければ到底出来ない芸当だ。


「それに……あの瞳――――」


 すれ違いざまに悠太のに魔法陣が展開されていたのを確認した。

 先程までは片方のみだったはずだ。


「あれが優華の言っていた……【再現の瞳】――――実際に目にすると意味がわかりませんね」


「学園長がどんなことを言ったか知らないけど、簡単に言えば他人の力を真似できるって言ったほうがいいかな? 僕自身もあんまり分かってないけど、左瞳こっちで準備して、右瞳こっちで魔法を完成させるって感じ……だと思う」


 何を言っているのか分からないが、言っている意味が分かるというのはこういうことを言うのでしょう。

 

「つまり、神の力でさえもコピーできるということでしょうか? 本当に…………どこまでも予想を超えてきますね、私はどこまで貴方に望んでいいんでしょうか!」


 その足は力一杯に地面を踏みつけ、体が一気に加速する。

 砂嵐の中を突き抜け、一直線に声のした方向へと向かう。そして砂嵐を突き抜けた先には悠太の姿があった。

 悠太自身もまさかという表情を浮かべ臨戦態勢をとったが、時既に遅い。イリーが姿を現した時には黄金の剣を振り抜く姿勢にあった。

 

「〝空間転移〟」


 だが、言葉一つで悠太の姿は消える。

 見事にその一撃を躱したものの、悠太が起こした砂嵐はイリーの一振りで全て吹き飛ばされた。

 もはや、一振りで全てをなぎ倒すような勢いである。もしも、この訓練場を隔離していなければ街にまで影響が及んでしまう。そう確信できるほどの破壊力がある一撃であった。


「間一髪だったね」


「受け止めて下さいよ」


「今のは無理だよ、僕が死ぬって」


「まぁ、いいでしょう。もっとギアを上げますよ」


 更に神の力を解放し契約者テスターとしての能力を向上させる。

 徐々に、徐々にと少しずつ加速していく速度。

 魔法という理外を除けば、少し戦闘能力がある一般人と何も変わらない悠太にとってはもはや転移と同等の速度と化していた。

 

「そこ」


「……!?」


 か雷を纏う黄金の剣が眼の前にあった。


「(躱しきれ――――)」


 振り抜いた黄金の大剣から雷がおどる。

 その場所には悠太はおらず、かわりに地面を何層も削りながら訓練所の壁に激突した存在があった。

 だが悠太が死んだ気配はない。

 ただ静かであった。


「……あれ? 終わりですか?」


 訓練場はイリーだけの声が響いた。

 確かに今の一撃を生身で受けたら人間なんて跡形もなくなってしまうだろう。

 誰の吐息の一つも聞こえないほど静かな空間と化した訓練場は、もはや戦いが終了した合図だったと思ってしまったイリーは一瞬だけ気を抜いた。

 それが悠太にとってどれだけ好機チャンスであったか……


「またまた間一髪」


 空間が裂け、突然姿を現した悠太の手にはが握られていた。


「それは私と同じ……」


 思いもしなかった奇襲により黄金の剣で防ごうとするも……悠太が振り抜いた黄金の剣は、イリーの黄金の剣を

 地面が震えるほどの衝撃……だが、その剣はイリーに届くことはない。


「聖域……」


 契約者テスターが持つ結界。

 契約した存在を守る、神格を持つ者でしか打ち破れない絶対領域。

 で再現された擬似的な神の力で生まれた存在ではイリーには刃は届くことはない。


「変な感触だね、これ」


「そうなんですか? 私は何も感じませんけど」


「うん、何か初めての感触だよ」


 重いような、軽いような、硬いような、まるでそこには何もないような……。

 自分が想像していたよりも遥か上、想像もできないような不可解な力だ。

 どれだけ自分が成長していようと、どれだけ自分が力を持っていようと、これだけは打ち破れないと本能が言っている。


「それにしても全く……神様も余計なことをしてくれますね。悠太からの一撃をこんな方法で防いでしまうなんて」


「何言ってるの……でも、これで逆に僕の攻撃が通用していたら、神の力とは呼べないよね」


「まぁそうですね。それにしても、これは流石に驚きました……黄金の大剣それも魔法で?」


「そう……だと思う。何かいつの間にか


「この戦いで成長したのですか。本当に……どれだけ素晴らしいんですか」


 これほどまでに嬉しい誤算はない。と、イリーはここで


「戦いの技術は体術と魔法の我流ですか?」


「いや、どちらかというと剣術と魔法かな。体捌きはイメージ、これじゃ体術とまで呼べるものじゃないよ」


 聖域で防がれた悠太のを改めて見る。


「やはり……これは本物ではないようですが?」


「そう、かなりの劣化版だね。イリーの魔法を真似してみたんだけど、やっぱり神の力までは真似できなかった。できるのは見た目くらいだったよ」


「そうですか……」


 悠太が放った一撃は重かった。

 故に、劣化版である聖剣もどきでは――――聖域に耐えられない。

 まるでガラスのように粉微塵となって、悠太の黄金の大剣は砕け散る。


「壊れましたね」


「終わり……かな」


 魔力という力を操り生み出す魔法。それによってで創られた存在が、まさかここまで神に等しい存在になりうるなど考えてもいなかった。


「今日はもうこれで帰ろうかイリー。皆が学園で待ってるよ」


 【再現の瞳】であることを表す瞳の魔法陣が消え、臨戦態勢をといた悠太が背を向けた時――――稲光が弾ける。


「え――――」


 振り向いた先には、


「まだまだ足りないですよ?」


勝手に終わらせないでくださいよ? そう言わんばかりの表情でこちらを見つめているイリーの姿があった。


「なんか……少し昂ぶってない?」


 バチバチとイリーの感情に呼応するように、周りの魔力が影響され始めている……


「それは仕方ないじゃないですか……こんなにも素晴らしい出会いがあったんですから。日本という小さな国で、しかも学園では異端と呼ばれて蔑まれ、契約していないことで下等な存在と思われている貴方に、こんなにも驚かされたんですから。本当に、貴方と優華を信じて良かった」


 アメリカという国では、こんな出会いはなかっただろう。

 自分以上に強い存在などいない。

 誰もが自分を光のように見つめてくる。祭り上げられるような感覚。

 あの、が嫌だった。

 だから日本に来たが――――


「期待以上、本当に素晴らしい」


 その手に握った黄金の剣を空中に手放す。

 その剣に群がるように雷がまとわりつき、更に姿を変え始めた。


「何する気……」


「怒らないで下さい悠太。私だって我慢してたんですよ? 本気を出すの」


 この小さな国に来て数時間といったところ。

 それでも私の人生に少しずつ色を足してくれた彼には、最大の感謝を込めてこの一撃を捧げましょう。


「(なんだ……?この力……)」


「これも、いつか真似してみて下さいね」


 これはと呼べるような雰囲気ものなのだろうか?

 これ以上いけば、殺し合いが始まるような。

 これ以上いけば、引き返すことができないような。

 そんな張り詰めた空気の中、イリーの声だけは明るく――――


「さぁ、第二ラウンド続きをやりましょう?」


 その言葉と同時に、イリーから放たれる神の力によって旧訓練所にかけた魔法が崩壊し始めている。


「……これは流石に」


 魔法によって隔離されている空間を崩壊させ始めていることから分かる。

 明らかに訓練の域を超えている――――


「――――〈聖剣 ゼウス〉」


 その瞳に映った彼女は、非道く獰猛な笑みを浮かべていた――――。


「まだまだ私に見せて下さい、『異端児貴方』の力……」


あの人学園長は全く……一体イリーにどんな話をしたんだ」


「次で最後にするために、貴方のとっておきを見せて下さい。私が日本に来た理由、そして貴方に会いに来た理由……それらが次の一撃に込められることを願っていますよ」


 楽しみにしていますよ、とそんな言葉も聞こえた気がした。

 聖剣の解放によって、もはやその姿は神となりつつある。聖剣という存在に宿る神の力ではなく、その向こう側にいる神という存在そのもの力に。

 これはきっと絶望というものだ。

 圧倒的なもので他者を潰し、萎縮させてしまうような恐怖からくる絶望だ。

 こんなものを見せつけられて対抗しようと思える人間など。この〈天神学園〉にはいないだろう。


「ふぅ……」


 悠太以外は――――


「……まぁいいや。色々考えるのも、学園長に文句を言うのも」


 そして悠太は【再現の瞳】を開眼させた。


「終わらないって言うなら、強制的に終わらせる――――」


 上代悠太という人物がどうして異端とされているか。

 その意味を本当に理解している人間は極小数のものたちだけだろう。〈天神学園〉に通っているだけの学生が言う【異端児】と、国光優華が言う【異端児】では理由が違う。そして魔女と対峙したことがあるイリーだからこそ分かることがある。

 それは――――こうして悠太魔女と対峙するとよく分かる。


「〝魔力よ〟」


 魔力を呼んだ。

 ここに来て欲しいと、ここに来いと、世界中に広がっている膨大な魔力をここに呼び込む。その言葉に呼応するように大地、海、空、ありとあらゆるところから集まり始めた魔力を目にした時、不覚にもイリーは見とれてしまった。

 その膨大な魔力の流れはまるで……


「疑似聖剣――――」


 悠太の元に集まった魔力は姿を変え、形を成していく……。

 徐々に、徐々に形が分かり始めるとイリーは目を見開いた。


「解放」


 魔力によって瞳に現れていた魔法陣が黄金に輝くと、悠太の手に握られていたのはイリー自身が握っている存在と同格――――いや、もしかしたらそれ以上のを放つ聖剣であった。

 その力は、悠太自身にも影響を及ぼすほどの膨大なもので――――黒い髪は白へ、黒い瞳は黄金へと変化している。


「良い……本当に貴方は最高ですね」


 〈聖剣 ゼウス〉いや、この場合は天空神ゼウスと呼んだ方がいいが正確だろう。

 今、聖剣を通してだろうか?

 自分の中でもう一度問うた。


見ていますか?ゼウス……


 強く、柄を握る。

 どこまでも予想を裏切る……最高の相手。

 イリーは思わず笑みを浮かべてしまう。


「〝増えるつるぎは弾丸のように〟」


 悠太が手放した【疑似聖剣】は倍々で増え続け、いつの間にか背中にはは円を描くように剣が出現し、言葉通り弾丸のようにこちらに襲いかかってくる。

 人目で数えきれないほどの無数の剣、それらがイリー聖域に当たり続け弾いているものの本数が増せば増すほど剣が


「複製……いやこれは、神の力ですらも魔法で作り上げたとでも?」


 聖域に突き刺さるということは、紛れもなく神の力を持っているという証拠。


「その通りだよ」


「そんなことが――――」


「可能だよ」


 不可能ではないから、可能だとでも?

 ふざけている。

 こんなことが可能であるならば、世の中の魔女は全員手に負えなくなっている。

 改めて――――眼の前にいる青年から感じる【異端】さ。

 これは魔女などではないし、契約者テスターでもない。

 もっと……別の何かである。


「出鱈目な……」


 いや、理外にいるからこその魔女。

 不可能を可能にするからこその魔法。

 理解できないし、することが出来ないからこその異端。


なら、どうすればいいか?


 様々な戦いを一瞬で終わらせてきたが故の、未熟。

 努力などなく、才能と契約した神の力で全てを勝利してきたからこその早熟さが己を追い詰める。

 これが戦いというものなのかと、

 これが熱くなるということなのかと、

 次第に鼓動が早くなる。


「どうすれば……――――」


『本気でいい』


 どこからから聞こえた女性の声に、はっとなった。

 ざわついていた心が静まり、そのたった一言でやることが決まった。


雷帝ケラウノスッ!!」


 そうでした。今はとにかく自身の最高の一撃を――――



「はい、ストーップ」


「「ッ!?」」


 途端に暴風がその場に舞い上がり、悠太とイリーのを吹き飛ばす。

 悠太の魔力。

 イリーの〈ゼウス〉の力。

 その風は、ありとあらゆるを吹き飛ばしたのだ。

 ただ、この風の正体を悠太は知っていた。


「……ね、姉さん? どうしてここに」


二人の女性がその暴風の中から現れる。


「サボっちゃダメだよぉ~?悠太」

「そうですよ。イリーガル・アルバドフさん……貴方も入学早々に遅刻はいけませんよ?」


 静かな暴風に身を包んだ二人。

 悠太は深く溜息が漏れた。

 この二人、もとい近藤淳と昴は双子の姉妹。そして悠太の〝義姉〟でもある。だが今はそんなことよりも、どうやってここに――――


「なんでここにいるの?なぁんて言わないでよ、悠太」


「私たちがここに来ることになったのは、二人が暴れ回っていることをが教えてくれたからです。さぁ、学園長のとこに行きますよ」


 突然の乱入……それによって歪に幕を閉じた戦い。

 その事実にイリーはどう昂ぶった感情を収めればいいのか分からず、ただ呆然としていた。


「ほら、いくよぉー」


 呆気なく終わった。

 気分も、状況も、何もかもが全て最高潮に達していた戦いが呆気なく。

 ただどうしてだろうか……


「(気持ちがいい……)」


 意識が朦朧とするなか、想像を絶する満足感が脳を刺激した。

 悠太の状態を見るに相当疲れているようだ。

 隔離されていたはずの旧訓練場には太陽が顔を出している。あの得体の知れない魔法がいつの間にか解けていたのだ。


「ふふ……」


 もしかしら、この場所が跡形もなく吹き飛んでいたかもしれない。

 そんな状況を考えて少し笑いが溢れる。

 すると、ふわりと体を浮かされた。


「では、学園へ戻ります」


 ゆっくりと空中へ運ばれていったと思えば、途端に視界に映る景色が歪む。

 風を斬る音が爆音のように耳元でなり始めると、あっという間に学園長室へと到着した。

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魔女が剣を握ったら…… 豚肉の加工品 @butanikunokakouhin

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