第4話 邂逅 3

 「ただいま……」


 世界最強の子守。

 その意味を反芻しながらも悠太は自室に戻ってきた。

 そして、真っ先に視線に入ったのはベットの上で寝転がっている人物。


「あぁ、おかりなさい。悠太」


 横になりながらも、こちらに反応を帰してくれるアメリカからの追放者ことイリーガル・アルバドフ。

 帰ってくるなり、下着しか身に着けていない女性が部屋にいるという考えたこともなかったような光景である。


「服着ておいてよ」


「……ノー」


「なんで!?」


「私は私がすると決めた時以外、行動しません。それとも着替えさせてくれますか? それなら仕方なく着替えてあげてもいいですよ」


 どれだけ傍若無人なんだ。普通は服着るよ。


「ん? そんなに見つめても服は着ませんよ?」


「分かった、分かったよ。もう言わない。風邪ひいても知らないからね」


 これ以上何を行ってもダメそうだ。しかし、問題はそこではない。

 学園長である国光優華から見せられた用紙に記載されていた情報、あれが真実なのかどうなのか確かめなくてはならないのだ。

 服を着ないことは些細なことではないが、それ以上に聞かねばならないことが沢山ある。を聞いても良いのか分からないが、口を開こうとしている悠太の中に少し緊張が走った。

 その時――――


「意外と……日本のは母のような性格なのですね」


 イリーガル・アルバドフから発せられたワードに目を見開いた。


「今、優華のところに行って来たのでしょう? それならアメリカのこと、もしくは私のことを伝えられたはずです。知ってるのは……お互い様ですよね?」


 彼女もまた国光優華に連れてこられた身、その手段がどうであれ悠太の部屋に住むことが勝手に決められていた以上、悠太のことを知っていてもおかしくはない。


「……確かに」


「プライベートジェットでの会話は実に面白いものでした。その話してたらいつの間にか日本ここに着いてたくらいでしたから」


「プライベートジェット?」


「そうですよ、今朝ここに到着したばかりなんです。そして気が付いたらこの部屋にいました、寝てる間に優華が運んでくれたのでしょうか?」

 

「だろうね。学園長は空間を自由自在に扱えるから」


「そうだったのですか……それならプライベートジェットで連れて来なくとも良かったのでは?」


「まぁ、単純に……イリーガルさんのことを見ておきたかったんだと思うよ。情報が疎い僕でも名前が分かるくらい有名な人が追放なんておかしい話じゃない? 真偽はともかく自分の目で確かめないと気が済まない人なんだよ……あの人は」


 僕がここに入学させられた時も同じ感じだったなぁ……

 僕が音読している本を知らない人が隣で聞いていた時は流石に驚いた。


「そんな感じなんですか……というより、私を呼ぶ時はイリーでいいですよ? 呼びにくいでしょう?それに、互いに秘密を握る者同士仲良くしましょう」


「まぁ、秘密ってほどの情報ではなかったような気がするけど……そういうことなら僕のことも悠太って呼んでよ、イリー」


「えぇ、もちろんです。では悠太私に朝ごはんを作って食べさせて下さい」


「急にわがままだね……問題ないけどさ」


 だが拒否するような内容でもない。

 それにものぐさな姉が二人ほどいるので、悠太からしてみれば本当に何の問題もなかった。


「それじゃ朝食作るから、イリーの方こそちゃんと着替えててよ。下着姿で食卓に座るとか本当にやめてよ?」


「等価交換ですか、いいでしょう。悠太が料理を完成させる頃には着替えていることを約束しましょう」


「今のどこかに等価交換要素があったかな?」


 それから朝食を作り始めた。

 冷蔵庫を開けて必要な具材を出す。キャベツは千切りに、プチトマトは洗うだけ、長ネギを刻んで、卵は割って熱したフライパンへ、それと同時にベーコンも一緒に焼く。味噌汁は市販のものでお湯に溶かすタイプ。あとは鍛錬前にセットしていた炊飯器から白米をよそえばシンプルな朝食の完成である。

 それと同時進行でイリーも着替えを終え、食卓で座って待っていた。


「できたよ」


「私も準備万端です」


「本当に自分で食べる気はなさそうだね……いいけどさ。それじゃ〝机まで運ばれて行って〟」


「…………」


 悠太の言葉通りに、完成された二人分の朝食が食卓へと運ばれていく。

 勝手に運ばれていく光景はさぞおかしな光景だろう。

 イリーも初めて見るのか大きく瞳が開かれている。


「それが魔法……ですか」


「ま、そんな感じ。取り敢えず食べちゃおう」


 軽く受け流す悠太であったが、これがどれだけイリーに衝撃を与えていることか理解していないだろう。

 こんなことが出来る人間はこの世にいない。

 その事実を悠太は知らないのだから。



「ふぅ、ごちそうさまでした」


「おいしかったです」


 無事に朝食を食べさせ終わり、時刻は八時半。

 投稿時間が定められていない〈天神学園〉では、既に登校を始めている人もいれば未だに自室で眠っている人物もいるだろう。


「ならイリーは登校する準備をしないと、留学生って枠でここに来てるんでしょ?」


「うーん……この満足感をまだ味わっていたいところです。決めました、悠太が登校する時に一緒に行きましょう」


「知ってるくせに……サボろうとしない」


「Eクラス……でしたっけ? 悠太だけのクラスの名前は」


「そうだよ」


 Eクラス……それはただの名前に過ぎない名だけが付いた空白のクラス。

 秘密にしているというわけではないが〈天神学園〉を説明される時には説明されないクラスであり、それがあってかEクラス、神代悠太、という存在はこの〈天神学園〉でほとんど認知されていない。


「休み放題……自分で選択を決められるの自由ですね。私もそのクラスに入りたいです」


「無理に決まってるでしょ」


 それは何故か……


「僕とイリーでは〈天神学園〉での価値が違う。それはここにいれば嫌というほど分かると思うよ。自分ではそう思っていなくても、他の人がそう認識してしまえば、それが結果として現れる。まぁ、そもそもイリーにはそんな風になってほしくないし、なれないよ」


「〝魔法〟――――ただそれだけのことで……社会的少数者マイノリティ。確かにと似ていますが、そこまでのことなのでしょうか。神の力を扱える存在が善で、魔の力を扱える存在が悪という結果は……私が気に入らない」


「まぁ、イリーはところがあるかもね。ただ結果はそう簡単に変わらないし、誰が何を言ってもそうなってしまう。要するに結果に何を言っても意味がないんだから気にしても仕方ないよってこと。おかげで僕も好きなことをやって生活しているわけだしね」


「やはり……


 神代悠太という存在は特別である。

 何故なら、魔法という唯一とも呼べる力を扱えるのだから。

 神と契約することによって得られる神如き力を、神と契約せずとも扱うことが出来るのだから。

 ……だがこれは唯一無二であったのなら話だ。

 この世界に〝魔女〟と呼ばれる世界的に見て危険な存在がいる。だからこそ、神代悠太は忌み嫌われる。危険であると判断される。魔法が使えるというだけで、悪というレッテルが貼られてしまう。

 しかもそれが無意識に貼られてしまうというのだから恐ろしい。


「そこまでのことなんだろうね……。もしも魔女という存在が善良な存在だったら、僕のこの力だって皆から良く思われたかもしれない。でも現実はそうじゃないから、皆はそうは思わない。それだけのことなんだよ、だから――――」

 

「【異端児】……そう呼ばれている、と?」


「そういうこと」


「本当に面倒ですね……」


  一瞬、その青色の瞳が黄金のような輝きに変わった。


(なんか怒ってる?)


 イリーの表情から滲み出る怒りの感情。

 何がトリガーとなったのかは全く分からないが、とても不機嫌なのは確かである。


「悠太」


「な、なに?」


「強いですか?」


「それは僕がってこと?」


「もちろん」


「強い……かぁ、誰かと競ったことないから分からないなぁ」


 この〈天神学園〉で授業を受けたことがない悠太は、学生たちと対人で訓練したことがない。故に〝強い〟という基準が分からない。


「それなら好都合」


 おろしたての制服を着たイリーが席を立ち上がった。

 それと同時に悠太の腕を掴み、引き上げた。


「行きましょう」


「え? どこに?」


「毎朝悠太が使っている旧訓練場でしたか? そこに連れてって下さい。その場所は悠太が鍛えていても壊れないほど丈夫なのでしょう」


「待って、待ってよ。全く展開が分からないって」


「展開などどうでもいいです。大事なのはに書いてあったことが本当なのか確かめること、悠太がどのくらい〝強い〟の確かめること、この学園に通う学生の全てに悠太の存在を知らしめること、この三つです。行きますよ」


「いや今から? 学校は? 授業は?」


「どれも私の優先順位は低いですね、どうでもいい。ほら行きますよ」


 聞く耳を持たずに外へと出ていったイリーを呆然と見送った。

 先程まで少し騒がしかった部屋が一瞬静かになったと感じたとき、悠太は我に返った。


「いや道分からないじゃん」


 慌ててイリーの背中を追いかけ、外へ出た。





「ここが……街ですか」


「アーケードって言ってね、必要なものは大体なんでもあるよ。って説明は後でするから帰るよ!?」


 天神学園から出ると、すぐに〈商業地域〉に到着する。真っすぐ進むだけで来れるアーケード街に二人は来ていた。だがあまりにも来るのが早すぎるために人はそこまでいない、基本的には開店の準備を始めている人ばかりだ。

 

「悠太、あの人が食べてるのはなんですか? ほら、あの茶色い魚」


「あぁ……あれはたい焼きだよ。昔ながらのスイーツが売ってるのも良いところなんだ、ここ」


 〈天神学園〉は外観も良く、街の雰囲気も良い。

 例え、学園をサボっている二人を見たとしても年頃だから仕方ないと言って許してくれたくらいには人だって優しい人ばかりだ。

 それこそ、悠太は学園で授業を受ける機会がないので基本的にはここにある喫茶店で時間を潰していることもよくある。


「食べてみたいですね」


「いいけど……お金は?」


「それは――――優華からこれを」


 胸ポケットから取り出したのは黒いカードだった。


「では、買ってきます」


 イリーがたい焼きを買ってくると、普通にパクパクと自分で食べていた。先程させられた食べさせる行為は一体なんだったのだろうかと一瞬だけ考えてしまった。


「ついたよ」


「悠太? ここは何をするところですか?」


 到着した場所は、悠太が毎朝トレーニングに使っている旧訓練場だった。


「いや、だからここが旧訓練所。イリーが行きたがってたところだよ」


「少し……いや、建物として成り立っていないのでは?」


「確かにかなりボロボロだよ。昔……って言っても五年前くらいだけど皆ここで修業してたらしいんだ。契約者テスター同士で訓練なんてしてたらそれはこうなるでしょ。今は誰も使ってないんじゃないかな? 毎日来てる僕が会ったことないし」


 戦闘の記憶――――かつて色んな人がここを使用したのだろう。

 古く年季が入った旧訓練所だが、過去の傷がまだ残っている。


「素晴らしい」


 イリーは悠太の方を向いて笑った。

 その笑みは先程の怒りの感情は一切なく、どこか清々しいものへと変化している。


「とても洗礼された力を感じます……さぁ、悠太。行きますよ」


 イリ―は訓練場に入って行く。


「行くって? なにするの?」



「戦うんですよ」



 その背中からは尋常ではない殺気と圧力――――そして好奇心が感じられる。

 国を背負う者の圧力と言えばいいのだろうか。【殲滅者アナイエル】呼ばれる者が戦闘準備を始めた殺気と言えばいいのだろうか。

 何も言わずして選択肢を絞られるような感覚であった。

 それらを総称して気合、闘気などと呼ばれているが、それらを肌で感じ取りながらも悠太も仕方なく後に続いた。

 

「証明しましょう。他と違うから悪と言うというものが、どれだけ愚かな存在か」


 イリーが呟いたその言葉は悠太には届かない。

 だが、悠太もどことなくイリーから何かを感じ取っていた。


(一体、何がしたいんだろう……)


 イリーは悠太の情報を知っている。恐らくプライベートジェットに乗っている時、国光優華から散々耳にしていることだろう。

 悠太も似たようなものだ。イリーがどうして追放されたのか知っている。


「まぁ、そんなことはどうでもいいか」


 不思議と楽しんでいる自分がいる。

 今まで培ってきた全てをぶつけられる相手がいるのだから、それもそうなのかもしれない。同年代の最強とまで言われるような相手に、今までの自分がどれだけ通用するのか楽しみにしているというのも一理ある。


「今は他のことを考えるのはやめよう」


「…………ッ!!」


 悠太から放たれた闘気は、世界最強と呼ばれる人物を振り向かせ……笑みを浮かばせた。


「やはり……素晴らしい」


 そう言って、イリーガル・アルバドフはを抜いた。

 黄金に輝く剣――――


「〝ゼウス〟」


 彼女の呼びかけに呼応するように黄金や様々な宝石が装飾された剣。その剣は太陽の光を乱反射させ周囲を照らしているのだろうかと錯覚するほどであった。


「これが、神の力……」


「さぁ、始めましょう……悠太」


 

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