急
それから。
「じゃあ、もういい? だるまさんだるまさん……」
「待って! まだ顔作ってるから」
久々に三年峠の頂上で再会した二人は、にらめっこをしようとしていた。
二人が会うのは本当に久しぶりのこと。お互い距離感を掴みかねて会話をしているとぎこちなく、丸茂君が提案したのだ。
「傑作の変顔にするから、絶対こっちを見ないでね」
夕暮れ時、二人は背中合わせでそれぞれの姿は見えていない。
「もう、そうやって何時までやってるの」
「へへ、本当にすごい顔だからさ……」
苦笑する浦越さんに丸茂君は期待を持たせるように言った。
「私は化粧してるからそんな頑張れないんだけどな」
大人になった浦越さんは年相応に身なりを整えていて、秋も深まったこの頃は分厚いコートを着込んでいる。
一方の丸茂君は十代の頃とまるで変わらない。髪はクシャクシャのまま、濃紺のブレザーも体格に合わずブカブカ。
「浦越さんがお化粧を気にする社会性を身に付けるなんて……。あんな傍若無人だったのに」
「一応社会人してたからね。もう辞めたけど」
「え、何で?」
短く切り揃えた毛先を撫でつつ彼女は答える。
「また余命半年になっちゃったの。そしたら居辛くて」
「じゃあ今は無職なんだ」
「そっちはどうなの? 何してた?」
「は、は、は」
丸茂君はわざとらしく笑った。
「何にもしてなかったよ、毎日一緒」
「だと思った。貴方って口だけで何にもできないんだから」
「酷いこと言うなあ」
彼は再びはは、と笑ってから問う。
「こっち見てないよね?」
「見てない」
それきり、沈黙。
ザワザワ。
この日も二人を取り囲むように襤褸の女達が潜んでいる。手に手に蔓や竹を携え、二人をジロジロと観察していた。
「それで、今度のは治りそう?」
やがて切り出した丸茂君の本題に、浦越さんは興味なさげに答える。
「お医者さんはわかんないってさ」
「そう。じゃあ、治りたい?」
「……」
彼は押し黙る彼女の手にそっと自分の指を這わせた。
その指先はまるで血が通ってないかのように冷たい。
「三の後には四が来る」
その時、浦越さんは襤褸の女達が息を呑むのを聞いた。それから彼女らはザッと、それぞれの道具を掲げて静止する。
すると、静寂が訪れた。
鳥も虫も鳴くのを止め、風も止まり、何も聞こえない、無音。
全ての音が止まった三年峠で、ポツリと丸茂君が呟く。
「もし、この先に行くのなら――」
浦越さんは彼の手を握り返した。踵を返し、クルリと彼の方を向く。
そして、二人のダンスが始まった。
丸茂君は彼女の手を引いてリードする。浦越さんはコートを翻しながらフワリフワリと回った。時に両手を握り合って、時に放して、簡単なステップを踏み合い。
伴奏するのは襤褸の女達だ。山葡萄の蔓を裂いて作った弦楽器や竹の笛でアップテンポで、盛り上がる曲を奏でている。
冷え込む晩秋の峠はたちまちパーティ会場に変わった。
一曲終え、二曲終え、二人は止まらない。
何曲目か忘れた頃に、浦越さんが石に躓いてすっ転んでようやく止まった。
丸茂君は尻餅をついた彼女に手を差し伸べるが、彼女は気丈に払いのけて立ち上がる。それからすぐにお互い相好を崩して笑い合った。
「おう、楽しそうやね、お二人さん!」
また二人で手を取り合うと、何時かと同じようにエセ関西弁の女の子が声を掛けてくる。やはり山用の装いで、背負い籠はパンパンだ。
浦越さんは彼女に聞く。
「ねえ、私達、生きてるように見える? 死んでるように見える?」
「ええ、そんなの……」
女の子はしばらく目を凝らしてから、首を振った。
「……暗くて良く見えんわ。もう五時やで」
それを聞いて彼女は満面の笑みで丸茂君の方を見た。
「聞いた? まだ五時だって」
丸茂君は頷くと、麓の向こうを指差す。
「行こう、夜はまだこれからだ!」
それから、二人は夜遊びをしに街へと出かけて行った。
余命半年の浦越さんが三年峠で転びかけている。 しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang
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