最終話 あさがくる❤

 ツキミちゃんが、深々とお辞儀をした。


「それでは、稀人まれびと様。お気をつけてお還り下さいませ」


 正門側の玄関口にいる私は、つられてお辞儀をし返す。


「あ、ども……ってすぐ外、正門の前で待ってるけど? 三人一緒って約束したし」

「察してやれククリ。お嬢は調娘つぎこのお役目として見送っているのだ」


 私の隣にいるナツメが、小声でお小言をいいつつ私を睨んだ。空気を読めと顔に書いてある。

 ツキミちゃんは頭を上げると、にっこりと笑う。


「ちょっと待ってて。すぐ終わらせるから」


 ツキミちゃんは、とてとてと元気いっぱいに迷家まよひがの屋敷の中に走っていった。


「ボクのお役目だからって、帰り支度も手伝わせてくれないしさー。責任感あるっていうか、ツキミちゃんは、本当にいい調娘さんだよねー」

「いい調娘というべきなのかニャニャミャイにはわからぬが、まあ、図抜けたお人好しの変わり種であるのは間違いないな。マヨイ殿も大変だ」


 うーん……そのツキミちゃんに関してなのだが……。

 ナツメもツキミちゃんも、もはや三人一緒に現世うつしよに還るということに1ミリの疑問もいだいていないようだけど。


 これ、不思議に思ってるのは私だけなんだろうか?


「でもさ、ツキミちゃん。迷家から出て現世うつしよに還っちゃっていいの? ほら結界の消失とか」

「ふむ。それだがな……『迷家を常夜とこよに返す』とお嬢は表現していたが。

お嬢の話から察するに、調娘がちゃんとした手順で正門を抜ければ、迷家はリピートモードとでも言うべきものに切り替わるようだ」

「リピートモード?」


 首を傾げる私に、ナツメは説明を続けた。


「結界が形成されている状態を繰り返しループし続ける。調娘が再び現世うつしよから入ってくるまでな。

調娘の存在が、迷家が現世うつしよと繋がる条件であり、調娘はその架け橋になっているのだろう。現世うつしよに身を置く調娘を取り込むことにより、迷家に現世うつしよことわり――つまり時間の経過という概念が付与される、と言うことだな」


 なるほど。常夜は繰り返す世界だから、結界が張られている状態が繰り返させ続けることが出来る――ということなのか。


「よって……今回の場合、迷家が現世うつしよに繋がっている状態で調娘が不在になるという禁忌に触れる想定外の事態が起こってしまったため、結界の消失が起こってしまったというわけだ。

その緊急事態を素早く収めるために、丁度その場にいた能力の高い似非調娘えせつぎこに限定的な管理者権限を付与した、ということだろうな」


 やっぱ現世うつしよのツキミちゃんと、常夜のマヨイちゃんは二人で一つってことか。

 迷家が迷家になるには調娘が必要。そして、迷家がなければ調娘といえどただの人。


 ニチアサ風に言うならば、ふたりはマヨヒガ的な?


「ふーん。でもそれって、迷家は現世うつしよものである調娘を自らの体内に取り込んで常夜のことわりを変化させてるってことじゃん? それって、基本は黄泉竈食よもつへぐいと同じだよね。つか、逆バージョンって感じ? 現世竈食うつしよへぐい的な?」


 ナツメは、感心したように私を見た。ナツメの目がキラキラと輝き出す。


「ふむ……ククリは時々、本当に面白いことを言うな。ただそれを言うなら中津竈食なかつへぐいとでも言ったほうが良かろうな。天津あまつ中津なかつ黄泉よもつだ」


 早口でまくし立て始める。


「記紀によれば、天津神あまつかみが暮らす高天原たかまがはらと死後の世界である黄泉国よもつくにの間にあるのが豊葦原中国とよあしはらのなかつくに、もしくは短くして中津国なかつくにであり、つまりこれが現世うつしよのことだ。黄泉国よもつくには説明するまでもなく常夜のこと。現世うつしよと常夜を繋ぐ境界が黄泉比良坂よもつひらさか。迷家のある広場一帯がそれにあたるだろうか」


 ナツメははっとした表情を浮かべる。

 また我を失いかけ話が大きく逸れていっていることに気づき、慌てて平静を取り繕いつつ、話を戻す。


 うん、かわいい。


「まあそんなわけで、調娘が裏門から常夜側に入ってしまうことを禁じていたわけだな。調娘は現世うつしよに生きる存在でなければならん。だが、お嬢は名前を忘れて常夜の住人になりかけていた。本当にククリのおかげだよ」


 そんな話をしながら、私達は迷家の屋敷の玄関から外に出ようとした。すると……。


「稀人様……」


 突然、天から声が聞こえた。中性的で少しハスキー。セクシーなヅカボイス。ツキミちゃんのお姉ちゃん、ユヅキと同じ声。

 つまり、マヨイちゃんの声だ。


 そして何よりこの声は――私を天神様の細道に導いてくれた声である。


「もしかしてマヨイちゃん? マヨイちゃんって、ツキミちゃんがいなくても話すことあるんだ」

「通常は話しません。ですが、これだけはどうしても言わせていただきたく」

「な、何? かな?」


 私は、思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。


「時に、前進は痛みを、停滞は安らぎを生みます。マヨイが活動を初めて千年。その長き年月の中で、たとえ自分がどう見られようとも進み続けようとしたあなたは……」


 マヨイちゃんは、一呼吸置いてその言葉を噛みしめるようにして言う。


「まぎれもなく、最高の冒険者でした」

「うん。……私を呼んでくれて、ありがとね」


 屋敷の玄関から外に出て、思わず目を細める。

 外はもうすっかり日が昇っており、朝日が目に眩しい。ずっと暗い場所にいたために、周囲の景色が一変して見えた。


 太陽に祝福されているように、大地は明るさを取り戻している。

 木々や建物――風景が日の光で照らし出され、新しい一日の始まりを告げている。


 気持ちのいい朝だった。私は、うーんと伸びをした。


「うーん……もう完全に朝だね」


 ナツメにそう呼びかけたが、返事がない。


「ナツメ?」

「ああ……朝だ。朝だな。本当に……夜明けが、来た」


 ナツメは、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、朝日を見つめていた。

 私はなんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、そっと視線をナツメからそらした。


「ククリィ……ありがとう」

「こちらこそ。何度も助けてくれてありがとね。相棒」


 帰り支度を終えて玄関から出てきたツキミちゃんが、手を振りながらこっちに走って来る。


 そして、正門の門扉もんぴが開き……私達は三人一緒に、揃って現世うつしよに帰還したのだ。


 おめでとう。ダンジョン、クリアである。

 令和の時代の、往きて還りし物語。

 大冒険、できたかな?




――あとがき――

最後までお読み頂き本当に、本当にありがとうございました。


当初の予定を大幅に超過し、13万字を大きく越える長さになってしまいました。

それにもかかわらず、最後までお付き合いくださった方には、到底感謝の言葉を伝えきれるものではありません。


途中、書き続けるのが苦しく感じる時期もあり、何度か挫折しかけましたが、皆様の暖かいお言葉のおかげで、書きたかったことを最後まで書き切ることが出来ました。


もし、少しでも面白いと思ってくださった方は、是非フォローと★でのご評価をお願いします。★はいくつであっても望外の喜びとするところです。

なんとか最後まで読み切ることくらいは出来たから、お情けで★1つだけくれてやろうというのでも、とても励みになります。

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