第42話 さんにんいっしょ❤
私の圧に押され、おどおど、たじたじとなってしまったツキミちゃん。内心でごめんねと謝りつつも、私はやはり一切引く気はなかった。
どうしたらいいか本当に分からない様子のツキミちゃんがプレッシャーで押しつぶされそうになり、ついには泣き出しそうになっていた時――助け舟を出すように、天の声が聞こえてきたのだった。
「お館様……マヨイより、ご提案があります」
「マヨイちゃん?」
ああ……そう言えば、マヨイちゃんから話かけてくることもあるとか言っていたっけ。とくに、ツキミちゃんが泣きそうになった時には。
「さすがは
一本取られたと言ってはいるものの、なんだか嬉しそうにも聞こえる声で、少し満足気ですらあった。
「お館様。稀人様は、新たなる可能性。それ故、マヨイは稀人様がお選びになる餞別品に一切の文句をつけることを禁じられています。迷家の中にあるものであるならば、どんなものであれ、どうぞご自由にお持ち還り下さい。そう言うようにと、定められております」
ツキミちゃんは、目をパチパチと瞬かせて天を見た。
「マヨイちゃん? えっと? ってことは……」
「マヨイには、稀人様をお止めすることが出来ません。此度は、ルールの番人たるマヨイの完敗です。そうでしょう? お館様」
「え? つまり……じゃあ!」
マヨイちゃんの言葉を聞いた途端に、潤んでいたツキミちゃんの瞳が一転、キラキラと輝き出す。
ツキミちゃんは、マヨイちゃんのおかげで怖くなくなったし、寂しくなくなったと言っていたのを思い出す。
なるほどな、と思った。
「はい。お館様の思うがままに。どうぞ、良きご裁定のほどを」
「ほんとにほんと?」
「本当ですとも」
「ありがとマヨイちゃん! こんなの初めて! いやったー! やったー!」
ツキミちゃんは、嬉しそうに地団駄を踏んだかと思うと、バンザイのポーズをしながらぴょんぴょんと飛び跳ねた。
ツキミちゃんの感極まったようなその姿。
私とナツメが呆気にとられて驚きの表情で見ているのに気がつくと、ツキミちゃんは顔を真赤に染め、何もなかったかのように取り繕った。
ナツメが
こんなに小さいのに、凄く大変なお役目を務めているんだな……と思った。
ツキミちゃんが、コホン、とかわいらしく咳払いして場を仕切り直す。
「稀人様。あなた様の勝ちです。調娘と
「ツキミちゃん……それって」
さっきまで目に涙を浮かべていたツキミちゃんは、それを全部吹き飛ばすほどの満面の笑顔を浮かべる。凄まじい破壊力。
思わず見惚れてしまうほどの愛らしさ。
「はい。どうぞ、何でもご自由にお持ち帰りください。ただし、一つだけです」
「ツキミちゃん……」
私は大きな安堵とともに……深い後悔に襲われた。
今は嬉しそうに飛び跳ねているツキミちゃん。しかし、ついさっきまでは、怯えたように泣いていた。
それほどまでにツキミちゃんを追い込んだのは……私だ。
ツキミちゃんに初めて会った時――ツキミちゃんがまだネズミだった時――に見せたショックそうな顔が脳裏に蘇った。
あの時、もう二度と、あんなことはしないと誓ったのに。
私はまた、性懲りもなく。
「あ……あのツキミちゃ……」
ツキミちゃんは、にっこりと破顔し、いきなり私に飛びついてきた。
「ありがと。ナツメを助けてくれて。ククリお姉ちゃん、凄くかっこよかった」
「え? かっこよ?」
「うん。とっても。ボクがやりたくてもずっと出来なかったことを、またククリお姉ちゃんがやってくれた」
えっと……あれ? なにコレ? 何が起こってんの? 私はツキミちゃんを泣かせてしまって……。
「ずっと諦めてたボクたちを立ち上がらせて、ククリお姉ちゃんが始めた戦い。終わらせたのもやっぱりククリお姉ちゃん。ボクたちはまた諦めちゃったのに、ククリお姉ちゃんだけが、最後まで戦ってた。絶対に、三人一緒にって」
「でも私、ツキミちゃんを」
ツキミちゃんはぶんぶんと頭を振る。
「どんな時でも無条件に味方してくれる人よりも、覚悟を決めて本気でぶつかって来てくれる人のほうが、案外いい男だったりするものなのよ――ってお母さんが言ってた」
ツキミちゃんのやさしさと強さは、間違いなく母親譲りなのだろう。
私はちらりとナツメを見やる。
覚悟を決めて本気でぶつかって来てくれる人――選んでくれる人がいないと嘆いていた
あなたのことを今でもずっと慕い続けている人が、すぐ近くにいるのだということを。
***
ツキミちゃんの言葉を聞いて、心がすっと軽くなったのを感じた。
お礼を言いたいのはこっちだし、救われたのもこっちだと思う。
いや、しかしだ。
改めてよくよく自分が今置かれている状況を分析して見ると、である。
ツキミちゃんが抱きついてきた? なにこの突然の極上幸せタイム!
大喜びしているツキミちゃんと真逆で、釈然としない顔のナツメが首をひねっている。
これじゃどっちが負けて、どっちが救われた者なのか。
反応が完全にあべこべになってしまっているのがなんだか面白い。
まあ……この二人らしいけど。
私は、二人のそんなところがまた、狂おしいほどに好きなのだ。
「いやしかしだな。そんなの有りなのか?」
「何ー? ナツメ、まだなんか文句あんのー?」
「あるわけなかろう。ニャニャミャイにとってこの上ない僥倖だ。しかしだな、どうも現実のことと思えなくてなぁ」
「どうなのマヨイちゃん?」
ツキミちゃんは天井を見上げて声をかける。
「検索します……餞別品に生き物を禁ずるという禁忌はありません」
「だって。だったらやっぱりボクたちには異論はない」
「おー、いいじゃんいいじゃん。マヨイちゃんってば、話わかるー」
「いやしかしな、ニャニャミャイは
再び、ツキミちゃんは天井を見上げる。
「マヨイちゃん?」
「検索します……餞別品に咎人を禁ずるという禁忌もありません。また、餞別品に選ばれたものは、新たな
「ククリお姉ちゃん、そこまで考えてたんだ! 凄い!」
「ふ……まあ、ね。大体は読みどおりかな」
「嘘をつけ嘘を……」
てか、ツキミちゃんとマヨイちゃん、ほんと仲いいなぁ。なんか息ぴったりって感じである。
ツキミちゃんが「マヨイちゃん?」って一言だけしか言わなくても、ツキミちゃんの頭の中にある質問内容を完全に理解して受け応えしているようだ。
似非調娘の時の機械的な対応とまるで違う。
「継白に何を選ぶのかが、稀人の継子としての性質や資質を決定づけると言うが……確かにニャニャミャイのこの咎人の
キョトンとした顔でツキミちゃんが言った。
「継白じゃないかもだけど、マヨイちゃんも生きてるよ?」
生きてる――というツキミちゃんの言い分がはたして正しいのかどうか私には良くわからないが、ツキミちゃんのそういう瑞々しく素直な感性は大切にしてあげたい。
疑問を投げかけるのは野暮というものだろう。
ナツメも同じように思ったらしく、何か言いたげな素振りをちらりと見せたが、突っ込むような無粋な真似は出来なかったようだ。
ナツメはツキミちゃんに訴えるのは諦めたようで、天を見上げて直接マヨイちゃんに話しかけだした。
「マヨイ殿よ……本当にこれでいいのかぁ? お主、ルールの番人を自称するくせに少しお嬢に甘すぎやしないかぁ? どうも、お嬢のために自らルールの抜け穴を探してあげているように見えてしまう。これではまるで、ルールの番人というより、お嬢の番に」
私は、ナツメの頭をペシと軽く叩いた。
「あーもうしっつこいなこの駄猫! 頭かたすぎー!」
「んな! ニャニャミャイは猫ではない!」
「無しじゃないってことは有り。ルールってのはそういうもんじゃん? ねえ、ツキミちゃん」
「うん。女と女の戦いに、ルールなんてものは存在し無いのよ――ってお母さんが言ってた」
「んー……。それは、ちょっと意味合い違くない?」
「そうなの? よくわかんない」
ツキミちゃんは、相変わらずまだ私に抱きついていたが、私の体に巻き付かせていた腕をさらにぎゅっと強くしてきた。
「ククリお姉ちゃん、大好き」
やだ。何この子超かわいい。
「やれやれ……すっかり調娘を手なづけおった……」
ナツメは、大きなため息を漏らす。
「まあ……ニャニャミャイもお嬢のことを言えた義理ではないか……」
そして、夜空に浮かぶ月のように美しく、淡く、やさしく――そして何よりも、とっても甘~い金色の瞳で私を見つめたのだった。
――あとがき――
次話が最終話となります。
当初の予定だった10万字を大幅に超過し、13万字におよんでしまった長編を読んでくださり、本当にありがとうございます。
残すところ、後1話。最後までお付き合いいただけると幸いです。
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