第41話 だって、ひとめぼれだし❤

「待って!」


 私は、ツキミちゃんの言葉を遮るように叫んだ。


 私が、例えやさしいナツメが大好きだとしても。私はナツメじゃない。

 私はナツメみたいにやさしくなんてなれないし、なりたいとも思わない。


 ツキミちゃんは言った。ナツメは、暗い夜道をやさしく照らしてくれる満月のようだと。

 ナツメは、私にとって未知の道――真っ暗だった天神様の細道を、その柔らかな月明かりでやさしく、暖かく照らしてくれた。


 ナツメは口癖のようによく言っていた。「読んで字の如く」と。

 私の名字は、朝顔だ。朝顔の花は、太陽を迎えるように早朝に咲く。

 私は、決めた。だったら私は、ナツメの朝顔になろう。

 決して朝が来ないと言うナツメの世界に太陽を呼び寄せて、ナツメの永遠の夜を終わらせてやる。


「ククリ……」

「結界は解かなくていいし、ナツメはここにいて。勝手に迷家まよひがの外に出てもらったら困る!」


 私は、ナツメのように物分りが良くない。納得できないものは納得できないし、絶対に納得などしてやらない。

 欲しいものは、自分の力で手に入れる。そう決めたのだ。


 ナツメは駄々をこねる私をあやすかのような口調で言う。


「聞き分けよククリ。それがルー……」

「あーもうっさいな! それがルールだって言うんでしょ? 分かってるっての。

でもそれってそんなに大事なことなの?」

「ああ、大事だ。大事だよククリ。とても大事なことなんだ」


 ナツメは、真っ直ぐに金色の目で私を見つめてくる。この目には妙な説得力があってどうにも逆らい難い。


 私だって大事なのは分かるけど、もっと大事なことがあるというか……あーもう、なんて言えばいいのか分からない。

 ナツメみたいに上手く言葉が紡げない。本当に私は、馬鹿だ。


「うー……分かった分かりました! でも、私言ったよね? 必ず、ルールには抜け道があるはずだって。だから、私なりに足りない頭を一生懸命振り絞って、ずっと考えてた。ルールに従えば文句ないんでしょ? だから、ルールに従って、ルールを破るにはどうすればいいかって」

「ルールに従い、ルールを破る? ククリのいうことは……たまにさっぱり意味が分からん」


 頭のいいナツメでも、私の拙い言葉遣いじゃ理解できないんでしょうけど。

 私は、ナツメからツキミちゃんへと視線を移した。


「ツキミちゃん。二つのルールが相反した状態で同時に適用可能な場合、どうなるの? 迷家の管理者たる調娘つぎこの裁定次第ってことにならない? そういう時のために、調娘っているんじゃないの?」

「え? えっと? あ、あい、はん? どうじ? さいてい?」


 ツキミちゃんは困惑した顔で首を捻ったが、私は畳み掛けるように続ける。


「新たな継子つくもは、ここにある物を一つだけ、何でも持ち還って良いんだよね? それが継白つくもになる。それって絶対的なルールだってツキミちゃんは言ってた。どんなものであれ、選んだものを一つだけなんでもいいから持って還って良い。空気とか言う馬鹿げた選択ですら例外にはならない。そうだよね? ナツメとツキミちゃんはそのルールを逆手に取って戦った。なぜならそれが、絶対に覆せないルールだから」


 迷家に無知だった私は、作戦立案にほとんど関われなかった。だけど、大好きな二人の一生懸命な話し合いはちゃんと聞いてはいた。


 その時思いついたのだ。だったら……と。

 だけど、この考えはその時が来るまで秘密にしておかなければいけない。


 秘すれば花なり。 秘せずば花なるべからず。

 この朝顔の花を咲かせるためには、咲かせるその時まで誰にも話してはいけない。

 

 だって私が最後に戦う相手は、似非調娘えせつぎこじゃない。

 私の最後にして最大の敵は――大好きなナツメと、ツキミちゃんなんだから。


 ツキミちゃんは私の質問に応えて、こくりと頷く。


「うん。迷家にあるものから何でもいいから選んで持ち還ってもいい。ただし、一つだけ。だからよく考えて。それが絶対のルー……」

「私は考えるの苦手だけど、考える必要なんてない。私がどうしても持って還りたいものなんて、一つしかないし。他のものなんて考えたこともない。私はずっと、最初っからこれだって決めてた」


 私はナツメをじっと見つめる。


「だって、一目惚れだし」


 私はツキミちゃんをしっかり見据えて、はっきりと宣言する。


「私は、ナツメを持って還る!」


 私の宣言を聞いたナツメとツキミちゃんは、目を丸くした。


「ん? へ? ニャニャミャイ? は? はぁ? 何を分けのわからないことを」

「分からなくない! 迷家の中にあるものなら、何でも良い。そういうルール。ナツメは、贈り物の候補として迷家が用意したものじゃない。そもそも普通は咎人とがびとは迷家の中には入れないし。でもだからこそ、咎人を禁じるなんてルールを作る必要はないんじゃない?」


 ツキミちゃんは困った様子で、ちらりと天井を見やる。私とナツメも釣られて天井を見た。


 迷家は何も応えなかった。思った通り、迷家には私を止める意思は無いように見える。

 私は、ツキミちゃんに視線を戻した。


「けど今、この瞬間なら! ナツメは迷家の中にいる。迷家は、調娘に危害が加えられない限り、何を選んでも止めはしない。つまり私がナツメを指定したのは、完全にルール通り。そうでしょ? ツキミちゃん」


 ナツメは私を見て、口をぱくぱくとさせた。


「まさか……最初からこの状況を作り出すために、ニャニャミャイを焚き付け、義兄様おにいさまと戦わせ、ニャニャミャイが迷家の中に入れるようにしてくれたのか?」


 そうだよ。

 三人一緒。それ以外は認めない。

 ナツメとツキミちゃんの二人が一生懸命似非調娘対策を考えていた時も、私はどうにかしてツキミちゃんだけじゃなく、ナツメも救うんだって、ずっとそればかり考えてた。

 だって仕方ないじゃん。


 一目惚れなんだから。


 ――私、ホントは、一人じゃどうにもならなくて。助けてくれる?

 ――無論。


 無論――ナツメが、こともなげにそう言ってくれた時から決めていた。

 一人じゃ出来ないことも、素敵な相棒がいてくれたらきっと出来る。

 だから、私を助けてくれる人に出会えたら、私もその人を助けて上げるんだ。


 ツキミちゃんは、私の発言がすっかり想定外だったようで完全に目が泳いでいる。


「あのなぁククリ。いくらなんでもそんな屁理屈が……。お嬢も困って……」

「ナツメは黙ってて! 自分だって空気とか意味不明なこと言ってたくせに!」

「あ、あれは、義兄様あにうえさまたばかるための方便で……本気で言ったわけでは」

「私はね! 本気! いつも本気で言ってる!」


 私の剣幕に、ナツメはたじろぐ。


「私はナツメみたいにやさしくないし、物分りも良くない! 私はナツメみたいにはなれないよ! 私は、自分が大事だと思ったものは、絶対最後まで諦めない! 相棒が困っていたら、どんなことをしても、どんな手段を使っても、絶対に私が助けてあげるんだ!」


 完全に横紙破りな、メチャクチャな要求をしているのは承知している。何せ、自分で無理やり持ち込んだものを指定しているのだから。


 だけど一応の理屈は通っているはずだ。

 屁理屈だろうと、理屈は理屈。

 だから、私は、ここから、一歩たりとも、引く気はない。


 ちょっと悲しいけれど。

 私は……やっぱりナツメより似非調娘えせつぎこに近い性質の人間なんだと思う。

 欲しいものがあれば、ルールがどうであろうと、それを捻じ曲げてでも諦めない。


 例え――大好きなナツメを困らせ、ツキミちゃんを泣かせることになってしまったとしても、だ。

 

「ツキミちゃん!」

「は、はい!」


 私に凄まれて、ツキミちゃんは完全にたじろいでしまっている。ちょっと心が痛むが、それでもやめる気にはなれなかった。


 ナツメとツキミちゃんは、今や完全に私に気圧されているように見えた。

 ツキミちゃんに至っては、怯えたような、怖いものでも見るような目つきで私を見ている。胸が痛い。だけど。


「私は今、本物のゲームマスター。本物の調娘――宿里月海やどりつきみと勝負してる。無敵の存在だとか、不可侵だとかなんだとか、そんなの知ったこっちゃないし。私は! 絶対に! 三人一緒に常夜とこよから出る。そう決めてここに来たんだから」

「三人一緒……ククリお姉ちゃん……」

「ツキミちゃん! 迷家にあるものなら、何でも、どんなものでも持ち還って良いんだよね? そこに例外は、ない。そういう、ルールなんだよね?」

「えっと? そうなんだけど。うーんと……。ボ、ボク、どうすれば……」


 私の圧に押され、おどおど、たじたじとなってしまったツキミちゃん。泣き虫のツキミちゃんの可愛らしい真ん丸な目に涙が浮かんでいる。


 何一つ悪いことをしていない。素直で心やさしく、大恩もある幼女を相手に、泣かせるくらい睨みつけて、噛みつくように迫って……内心でごめんなさいと誤りつつも、やはり一切引く気はなかった。


 絶対に、三人一緒に、常夜から出るんだ。それ以外は、認めない。


 ツキミちゃんの涙を見てさえ、その気持だけはまるで揺るがなかった。

 本当に、優しさの欠片もない。私はきっと、そういう人間なのだ。


 どうしたらいいか本当に分からない様子のツキミちゃんがプレッシャーで押しつぶされそうになり、ついに涙がこぼれ落ちそうになった時――それに助け舟を出すように、天の声が聞こえてきたのだった。


 ああ……そう言えば、マヨイちゃんから話しかけてくることもあるとか言ってたっけ。

 とくに、ツキミちゃんが泣きそうになった時には。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る