最終章 太陽が呼んでいる。

第40話 おわかれだ❤

「お別れだ」


 そう言ったまま黙ってしまったナツメ。

 私は――そんなナツメを、小馬鹿にしたような半笑いの表情で見降ろした。

 本当は、こんな顔を作りたかったんじゃないのに。


「何言ってんの?」


 しかしナツメは何も言おうとしなかった。言い訳すらしてくれない。


 ナツメは、ツキミちゃんに「自分で言わせてくれ」と言っていた。それが最低限の礼儀だと。

 私に責められるであろうことは分かっていたということなのだと思う。

 せっかくのナツメの真摯な態度に対して、こんな顔しか作れない自分が心底嫌になる。


 だけど私は、どうしても認められない。


「約束したじゃん!」


 噛みつくような口調で語る私に、やっとナツメが重い口を開いた。


「騙すつもりは無かった」

「三人一緒に常夜とこよから出ようって言ってくれたじゃん。ナツメは、約束を破ったりしないし?」

「ああ、言ったな。ただしニャニャミャイは、『扉が開いたら』と言ったのであって……」


 ナツメはそういった後、頭を横にふって自嘲的に笑った。

 その笑い方は、私がナツメを構成する全ての要素の中で、唯一嫌いな部分だ。


「いや……そう。こんな言いぐさは、あまりに不義理だな……すまなかった」


 あくまで穏やかな口調で、ナツメは淡々と話す。


「だがもう……分かっておったのだろう? ククリは本当は、とても勘がいい子だ。人の気持ちというものが、誰よりもよく見えている。あの義兄様あにうえさまですら、そんなククリに少しだが心を開いていたように見えた。もう何十年も殻に閉じこもり、他人を一切寄せつけようとしなかったあのお人がだ」


 ナツメの……言うとおりだ。


 そりゃ、そうでしょ。本当は分かってた。

 私もさすがに、そこまで鈍感ってわけじゃない。

 ナツメが時折見せていた寂しそうな態度からも、痛いほど察せられたから。


 だけど、分かってたからって何? 分かりました。ハイ終了。もう会うことはないでしょうって? 


 そんなの納得できる訳無いじゃん。


 そもそもそんな風に諦めてしまったら、私は似非調娘えせつぎこと戦うことなんて出来なかった。

 だから、一端そのことについて問いただすことは止めて、とりあえず見えてい

ないことにしてしまったのだ。


 だって、そうしなきゃ私は立ち上がれなかった。私は、ナツメみたいに強くもないし、やさしくもない。


 私はナツメとは違う。私はただ、私のために頑張っただけ。私がナツメと一緒にいたかったから、頑張れただけなのだ。そこを否定されれば、戦うことなど出来なかった。自分ではない誰かのためだけに頑張れるほど、私は強くない。


 だけど……ナツメは違うんだ。だってナツメはナツメなんだから。

 ナツメは承知していた。咎人とがびとである自分だけが、何一つ救われないことを。

 最初からそれを理解した上で、私とツキミちゃんのために戦ってくれたのだ。


 本当は、そんなこと私にも分かってた。

 だって私は、ナツメのそんなところが、たまらなく好きになってしまったのだから。


「ニャニャミャイは咎人。お嬢も無理だと知りながら、必死になんとかしようと徹夜で手を尽くしてくれた。が、やはりどうにもならなかった。どうあっても、咎人には扉は開かれん。それが絶対のルールらしい」

 

 そうだよ。その通りだ。ナツメの言うとおりだ。

 本当は知っていた――だからこそ、ずっと考えていたのだ。何か抜け道があるはずだって。


「正門は、継子つぐこ、もしくは調娘つぎこの生体認証をキーとして門扉もんぴを開閉する。それ以外の者は絶対に通さない。そして、ニャニャミャイが継子であった時の身体からだはすでに抹消され、もう無い。ニャニャミャイは二度と、継子には戻れん。キーとなる身体からだが無い以上、どうにもならん」


 私なりに、足りない頭で、いろいろ考えたんだ。例えば……これはどうだ?


「だから、前にも言ったけど、継子の私と一緒にいれば扉が開くから、その時に」


 ナツメは、頭をふる。


「それも試した。お嬢に手伝って貰ってな。結果、調娘のお嬢が近づいても扉が開かなかった。ニャニャミャイが迷家の敷地内にいる限り、正門は開かぬ仕組みなのであろうよ。咎人に門をくぐらせるわけには行かぬゆえにな。やはりニャニャミャイは、大罪人。永遠の夜に囚われ生きる運命さだめなのだ」


 ナツメはやさしげに笑うと、前足で私の足をふみふみと優しく押した。


「ククリ。ニャニャミャイに新しい名前をくれた人。本当に、本当に嬉しかった。ククリが来てニャニャミャイの世界は変わった。まるで永遠の夜に、夜明けが来たかのようだったよ。ありがとう。ククリのことは一生忘れぬ」


 どんな時でもナツメはやさしい。


「ニャニャミャイも、ククリとずっと一緒にいたかった」


 そんなナツメのことが大好きだけど。


「だが、ニャニャミャイは常夜に戻るよ。どうやらあそこが、ニャニャミャイの生きる場所らしい。そうしなければ、正門の門扉は開かぬように出来ているようだ。このままニャニャミャイがここにいては、いつまでたってもククリが現世うつしよに戻れない。そんなこと、ニャニャミャイにはどうしても耐えられない」

「だったら、私も一緒に裏門から常夜に出て、私が入ってきたところから……」


 ナツメは、首を横にふる。


「ククリ。ククリは賢い子だ。ニャニャミャイや義兄様あにうえさまよりずっと賢い。自分を誤魔化すな。そんなことで咎人が常夜から抜け出せるのだとしたら、そもそもニャニャミャイが天神様の細道に居続ける理由など、はなから存在しないではないか。そして今となってはククリも、だ。あちらの結界は、黄泉竈食よもつへぐいを行っていない状態の稀人まれびとのみが通過できる。ククリならそんなこと、とうに気付いておろう?」


 やっぱり……。あっちにも結界が……。

 うろ覚えではあるが、そう言えば注連縄しめなわのようなものが張ってあった気がする。

 そして注連縄はあったが、出入り口であること事を示す門や鳥居は無かった。


 つまり……あそこの結界に至っては、常時張り続けているもので、絶対に解除できないようになっていると言うことだろう。


 咎人のナツメに、常夜から出るすべは無いのだ。


 ナツメはくるりとツキミちゃんの方に振り返ると、決意の表情を浮かべた。

 ツキミちゃんは、涙を堪えるようにふるふると振るえている。


「お嬢、マヨイ殿。世話になった。ニャニャミャイが通る一瞬の間だけ、裏門の結界を解いてもらえるかな?」

「分かっ……た。マヨイちゃん……おねが」

「待って!」


 私は、ツキミちゃんの言葉を遮るように叫んだ。


 私が、例えやさしいナツメが大好きだとしても。私は、ナツメじゃない。

 私は、ナツメみたいにやさしくなんてなれないし、なりたいとも思わない。


「ククリ……」

「結界は解かなくていいし、ナツメはここにいて。勝手に迷家の外に出てもらったら困る!」


 ルールなんてくそくらえだ。納得できないものは、納得できないし、絶対に納得などしてやらない。


 私は……欲しいものは、自分の力で手に入れる。そう決めたのだ。

 そう。やはり私の本質はきっと――ナツメより似非調娘に近いのだ。

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