第3話
人工降雨。その名の通り、人工的に雨を降らせる気象制御の一つだ。
人工降雨の説明の前に『雲のできる原理』、『雨が降る原理』について説明していく。
まずは、雲のできる原理について。
雲は空気中の水蒸気が冷やされ、細かい雨粒になり、それが集まってできている。雨粒に太陽の光が反射することで、私たちの目には白く見えている。
気温は高度が高ければ高いほど下がっていく。また、一定体積の空気中に存在できる水蒸気の量(飽和水蒸気量)は決まっており、温度が低ければ低いほど量は減少していく。そのため、『山肌沿いの地形』や『上昇気流の発生』など、なんらかの原因で地表近くの水蒸気が空へ上がると、飽和水蒸気量の都合で一部の水蒸気が細かい雨粒へと変化するのだ。
次に、雨が降る原理について。
細かい雨粒は非常に軽く、重力による落下の終端速度が上昇気流の速さを超えられないため、地上に落ちることができない。
逆にいえば、上昇気流よりも早い終端速度を持つ大きさの雨粒になれば、地表に向かって落下することができる。細かい雨粒は雲の中を上下しながら自身を成長させていく。そのため、上昇気流を超える終端速度を得られるほどの重さになると、地表に向かって落下して雨になる。
以上の二点を踏まえると、人工的に雨を降らせるには『雲中の雨粒を落下できるほどの重さに成長させる』ことで可能となる。
「では、実験を開始します」
教授の一言で地面に置かれていた数機のドローンが空中へと昇っていく。それぞれのドローンには操縦士がいて、彼らは定められたポイントの雲に向けてドローンを飛ばしていく。ドローンにはカメラとGPSがつけられており、それを通じて上下左右の三次元のポイントを抑えている。
それぞれのポイントである雲中に辿り着くとドローンから『種(シード)』と呼ばれるものを散開させる。種となる物質は雲の温度が零度以下か以上かで決まる。日本近辺の雲は零度以下であるためドライアイスやヨウ化銀といった温度を下げるための物質を使用する。
私は終始、雲の様子を見ていた。
人工降雨。これが実用化すれば、科学はまた一歩前進する。我々人類はとうとう天候を操る術さえも科学の力で実現させようとしている。
「さあ、雨よ降れ」
隣にいた教授もまた私と同じように雲を見ていた。
彼の表情は空模様と相反するようにとてもキラキラと輝いていた。まるで精神のみがタイムマシンに乗って過去に戻ったかのように子供のような瞳を灯していた。
教授を横目に見ていると、ふと手に何かが当たる。それは手全体に広がり、冷んやりと心地のいい感覚を私に抱かせた。
雨粒だ。そう思った瞬間、自分の脳裏に浮かんだことが具現化するように次々と雨粒が落ちてきた。
一瞬にして豪雨となり、雨音が鼓膜を撃つ。誰かが喋っている声が聞こえるが、雨音の大きさが強いせいで内容を聞き取ることができなかった。普段なら少しずつ成長する雨粒が人工的に冷却され、全員が一気に成長したためこれほどの豪雨になっているのだろう。
大きな雨粒が私の体を強く打ちつける。私はカッパを深く被ると雨粒の攻撃に耐えるように身を縮めた。私以外のみんなは慣れたもので、物怖じすることなく空から降る豪雨を眺めていた。ドローンを操縦する人たちも気にすることなく手を動かしている。
一時間ほど種まきが続けられると雨は少しずつ穏やかになっていった。
空を見上げると雨雲は前よりも少なくなっていた。特にこれから東京へと流れるであろう雲はほとんどなくなっていた。
私は太陽が光さす白い雲と光の届かない黒い雲の様子を眺めていた。それは私たちが作り上げた人工的絶景だった。やがて、種まきの対象となった雲が散っていくと雲と空の境界線ができる。その光景もとても見事なものだった。
「どうだい? 人工降雨の効果は」
「見事なものですね。人類はとうとう天候を操れるようになったのですね」
「ああ。ただ、天候を真に操るためにはまだまだ時間はかかる。科学的未熟さもあるが、雨を降らす行為は国家間の紛争を招く危険性があるからね。科学と社会は密接に関わっているのだよ」
「それでも、いつかは実用化できる日が来るんですよね?」
「もちろんだとも。だからこそ、今我々は力の限り研究に取り組んでいるのさ」
先ほどとは異なり、まるで教授の言葉を後押しするかのように太陽の強い日差しが彼の背中を熱く照らしていた。人類が天候を操る。そんな摩訶不思議な世界が近い未来に実現される。教授の熱い情熱が私に浸透するかのように、鼓動は強く脈打ち、全身に熱が灯るような感覚に襲われた。
****
「今日はみんな、来てくれてありがとう!」
ウエディングドレスに包まれた恵が私たちに向けて手を振る。私たちは彼女に向かって大きな拍手を送った。先ほどまで照明に照らされていた彼女の姿は、今は太陽の光に照らされている。
「それでは、ブーケトスをやります。次に結婚するのは誰かな〜」
恵は不敵な笑みを浮かべながら後ろを向いた。束の間の静寂の後、彼女の手が少し下へと傾く。それに目がいった刹那、手は空高く舞い上がり、彼女の持っていたブーケが空高く飛ばされた。
私はブーケの舞う様子を終始観察していた。今日は陽の光を長く見ていたからだろうか、やけにはっきりとブーケの姿を捉えることができた。
ブーケは綺麗な放物線を描いて私たちのいる階段へと落ちていく。
放物線の描く未来を脳裏に浮かべた私は知らない間に両手を自分の頭の上へと伸ばした。
ブーケはバスケットのシュートを逆再生するように私の手のひらにすっぽりと収まった。なんとなく予想できた結果ではあるが、実際に起こってみると驚きが強く、ブーケを見ながら唖然とした。
「時雨〜、おめでとう〜」
自分の世界に入り浸っていた私だが、恵の声により現実に引き戻される。気がつくと私の周りの人は私に向けて盛大な拍手を送っていた。反射的に四方八方に会釈をした。
ブーケトスを最後に結婚式は無事終わりを告げた。
「時雨〜、今日はありがとう! それにしても、ほんとに晴れになったね。究極の晴れ男の人に感謝しなくちゃ。それで、その人はどこにいるの?」
「究極の晴れ男の人は来てないよ。恵にとっては赤の他人だからね。誘ったけど、断られちゃった」
「ええっ! じゃあ、晴れになったのは?」
私は驚く恵に対して、自信満々の笑みを込めて言った。
晴れ男・晴れ女なんて関係ない。これは神秘的なものでもなければ、まやかしでもない。
「人類の力だよ!」
【短編】究極の晴れ男 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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