第2話

 日曜の早朝。

 私と先生を含む数人の大人たちで船に乗って三宅島へと向かった。

 前日に降った雨の影響で波は荒れていた。今は小さな雨粒が降るのみだが、空は雲に包まれており、太陽は見えない。


 荒れる波の影響で船酔いを起こした私は船室で横になっていた。

 事前に酔い止めを飲んでおいたのだが、あまり効果はなかったみたいだ。今は衣服を緩め、体温低下を防ぐために毛布に身を包んでいる。


「大丈夫かい? 神奈月くん」


 雨無教授は私が船酔いを起こしてからずっと隣におり、定期的に私の体調チェックを行ってくれた。


「だいぶ楽になってきました。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」

「構わんよ。それに謝るのは私の方だ。船が苦手なことを知らず、勝手に乗せてしまい申し訳ない」

「いえいえ。何も言わなかった私が悪いんですから教授が謝る必要はないですよ」


 実のところ、私は意図的に教授に船が苦手なことを言わなかった。

 もし言ってしまえば、私の身を心配した教授が連れていってくれない可能性があったからだ。せっかくの機会をみすみす逃すわけにはいかない。


「教授、どうして三宅島に向かっているんですか?」


 ほんの少し気分が楽になったところで私は教授へと声をかけた。

 私はまだ教授から今回の件の詳細について聞かされていなかった。東京の街を晴れにすることと三宅島へと赴くことにどんな関係があるのか皆目見当がつかなかった。


「行ってからのお楽しみだよ。今ここで教えてしまうと驚きがなくなってしまうかもしれないからね。それにしても、神奈月くんはよく僕が参加する行事は晴れであることが多いなんていう法則を見つけ出したね」

「3年も一緒にいたので、データが集まっていたんですよ。それに、私がポツリと呟いた時に学科のみんなも同じことを思っていたそうです。『言われてみれば』という雰囲気ではありましたけど」


「行事がある時に雨が降るという確率は意外と低いものだからね。一番引っかかりやすいのは今の時期くらいか。では、そこに気づくことができた神奈月くんに問題。私が行事に参加する時に、必ずあることが起こっているんだが、それは何かわかるかい?」

「必ずあること?」


 私は今までの行事について思い出した。教授が参加した行事と教授が参加しなかった行事の相違点。屋外と屋内だろうか。山や海といった地形だろうか。日にちに共通点があるのか。いろいろな観点が頭に浮かび上がるが、どれもしっくりこなかった。


「うーん、さっぱり分かりません」

「結構難しい問題だったかな。先ほどのように『言われてみれば』と思えるような点だったのだけど。正解は『私の参加する行事は私が計画を企てている』という点だよ」

「それはずるいですよ。研究室行事は基本的に計画は教授が企てることになっているんですから。当たり前すぎて見逃します」

「はっはっは。でも、その当たり前と思っていた点が思わぬ誤解を生んでいることもあるからね。研究においてもとても重要な点だよ。おっと、話しているうちに三宅島に近づいてきたよ」


 教授の言葉を聞き、私はゆっくりと上体を起こした。教授と話したことで気分はかなり落ち着いた。船酔い対策でも、できるだけ人と話すことで揺れに意識を集中させないとあったが、まさにその通りだった。


 体を起こし、教授の視線の先を覗くと大きな島が目に入った。

 あそこに天気を晴れにする秘訣が隠されている。私は高揚感に包まれるのを感じた。


 ****


 島に辿り着くと、私たちは村へと赴いた。

 村は閑散としており、村民はほとんど見られなかった。

 私が村を見渡しているうちに他の人たちは着々と用意を進めていた。


 貯水瓶やメスシリンダーなどの降水量を測るための器具。温度計や湿度計、風速計といった気象情報について計測するための道具が見られる。

 ただ、その中で一際目立つ装置を私は目にした。


「ドローン?」


 思いもよらぬ機械の登場に思わず、名前を口走ってしまう。

 ドローンを使って一体何を行うのだろうか。ドローンが天気を晴れにするのに関わってくるのだろうか。


「神奈月くん、これを君に渡しておくよ」


 ドローンの様子を眺めていると教授が私の肩を叩き、何かを渡してきた。

 それは私の体のサイズよりもほんの少し大きな『カッパ』だった。次いで、足元に『長靴』が置かれる。


「なぜこれを?」

「これから多量に雨が降ることが予想されるから、できる限りカッパや長靴で防止してもらおうと思ってね。想像を絶するほどの雨が降るから、覚悟しておいて」

「えっと、雨が降るんですか? というかなぜそんなことがわかるんですか?」


「そうだね。もうそろそろ僕が『晴れ男』たる所以を説明したほうがいいかもしれないね。神奈月くん、雨が止むために必要なのはなんだと思う?」

「雨が止むためにですか……雨を降らせるですかね」

「正解。今からやることはまさにそれなんだ」


「雨を降らせるんですか?」

「ああ、そうさ。空に浮かんでいる雨雲を使って、周辺の島に対し、人工的に雨を降らせるのさ。そうすれば、雨雲は消え、天気は晴れになる。今から行うのは『人工降雨』の実験さ」


 教授は瞳を輝かせながら、私へと説明する。

 その姿はまさに科学を追求する研究者の姿だった。

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