【短編】究極の晴れ男
結城 刹那
第1話
「時雨〜、お願い! 私を助けて!」
そういって、恵はテーブル越しに両手を束ねて、私に頭を下げた。
私は彼女の姿を見ながら、持っていたコーヒーを口にした。コーヒーの風味を堪能したところでテーブルにゆっくりと置く。その間も、恵は合掌を続けていた。
「いや、そんなに懇願されても『結婚式当日の天気を晴れにする』なんて私にできるわけないでしょ。神様じゃないんだから」
私の目の前にいる彼女、霞ヶ丘 恵(かすみがおか めぐみ)は一週間後に結婚式を控えていた。しかし、スマホの天気予報を確認したところ、当日の天気は雨。せっかくの結婚式ぐらい晴天の元で行いたいと願っていた恵にとっては悲しいお知らせだった。
「気象について研究しているんでしょう? 時雨は優等生だし、できそうじゃん!」
私は現在、大学院の修士課程二年で地球惑星科学科を専攻している。恵の言うとおり研究分野は『気象』についてなのだが。
「あのね……気象の研究しているからって、気象を操れるわけじゃないからね」
「そこは……気合で!」
「できるわけないでしょ。気合で気象を動かせるのなら、地球温暖化なんて起きてないっつうの」
「ちぇー、時雨のいけず」
なぜ私が悪人になっているのだろうか。ほんと世界は理不尽なことだらけだ。
「せっかくのジューンブライドなのに……残念だな……」
「ジューンブライドだからこそよ。そもそも、ジューンブライドの発祥はヨーロッパで日本向きのものじゃないの。6月はヨーロッパでは気候が穏やかだから最適だけど、日本は梅雨時期で雨が多いからね。それでも、なぜジューンブライドが日本で流行ったのかと言うと、とあるホテルの社長が『6月の売り上げを上げるための謳い文句として取り上げた』からなの。つまり、『経営戦略』にまんまとハマったのよ」
「まったく、もう。時雨はリアリストなんだから。もっとロマンを持とうよ」
「ロマンを持った結果、人生の記念日に雨を引いた誰かさんが言ってもねー」
「もうっ! 時雨のいけず〜」
今のは確かに意地悪だったな。我ながら少し熱くなってしまったようだ。
私だって、別にロマンを捨てたわけじゃない。ただ、無知なロマンが嫌いなのだ。ちゃんと現実を受け止めた上でロマンを持ってこそ意味があると思っている。まあ、世間ではそれをリアリストと呼んでいるのかもしれないが。
「そんなに雨が嫌なら、当日たくさんの『晴れ男・晴れ女』に来てもらうことね」
これ以上話しても埒が明かないと思い、我ながら雑な提案を恵へと投げかける。
ふと、そのタイミングで私はとあることを思い出した。
「時雨?」
私の微小な変化に勘づいた恵は心配そうに私を見る。
そんな恵に対し、私は口角を上げ、不敵な笑みを彼女に向けた。
「この件に関して、最適な人物がいるのを思い出した。彼に頼んでみることにするわ」
****
「教授、ちょっとお話いいですか?」
翌日、私は研究室へと赴くと、私の研究の指導をしてくれる雨無 雅(あめなし みやび)教授へと話を持ちかけた。180センチの高身長にすらっとした痩せ気味の体つき。おかっぱ頭にメガネをかけた姿は偏見かもしれないが、研究者らしさを感じられる。
「いいよ。研究で分からないところでもあったのかい?」
「いえ。研究に関係があると言えば関係があるかもしれませんが、プライベートでの相談事をしたくて」
「へー、神奈月くんがプライベートの相談なんて珍しいね。プライベートでの悩みは研究にも影響が出るからね。僕が力になれるのなら、喜んで協力するよ」
教授は快く相談に乗ってくれた。本当にいい教授だ。
雨無教授は私と同じく、リアリストでありロマンチストでもある人だ。オカルトチックなものを科学的に解明し、それを応用して人々が夢に描いていたことを行う。私の目指している鑑のような存在だ。
「ありがとうございます。それで相談なのですが、教授に私の友人の結婚式に出席してもらいたいんです」
私がそう提案をすると、少しの間、まるで時間が止まったかのように研究室は閑散とした雰囲気に包まれた。教授は開いた口が塞がらず、しばらく膠着状態となった。
そうか。急にこんなこと言ったら、びっくりするのも無理はない。結論ファーストの欠点が出てしまった。
「えーっとですね。すみません、一から説明させてください。実は来週、友人の結婚式があるんです。ただ、その日は不幸にも雨の予報だったので、友人は晴れにしてくれないかと私に嘆いてきました。私は無理だと思ったのですが、そこで教授について思い出しました。『教授が参加する行事は絶対に晴れになる』って言うジンクスがあるんです。つまり、究極の晴れ男である教授に結婚式に参加してもらえば、晴れになるのかなと思ったので提案させていただきました。言葉足らずで申し訳ありません」
「そういうことだったんだね。ところで、友人の結婚式は来週の何曜日だい?」
「来週の日曜日です」
「そうか。君の友人は運がいいね。その日なら、おそらく晴れになるだろうよ」
「ほんとですか!? でも、今の予報は雨ですよ」
「今はね。ただ、うーん、どう説明したものかな……そうだ! ちょうどいい機会だし、神奈月くんにも見せてあげるとしよう。君の思ったとおり、なぜ僕が行事当日を晴れにできるのか、その真実を教えてあげるよ」
教授はそう言うと、昨日の私のように口角をあげ、不敵な笑みを浮かべた。
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