第3話 彦星は積極性が足りない
雨が降っている。
激しい雨が、窓を叩いている。
読んでいた本を机の隅に置き、ぼんやりとスマホを見ていた。
放課後、さっさと帰ってしまいたかったが、土砂降りの中帰る元気がなかったのだ。
教室から一旦、部室へ引き籠り、スマホで天気予報を確認したところ、17時頃には弱くなるらしく、それまで待つと決めた。
もちろん、傘は持ってきているが、この雨では差したとしても、駅に着く頃にはずぶ濡れになっているだろう。
外の部活はいつもの活動ができないようで、校舎内でトレーニングをしている音が響いてくる。
加えて、いつも通り吹奏楽部の練習の音も聞こえる。
女子生徒の騒ぐ声が何処からか突発的に響いて、その後足音がバタバタと遠退いていった。
ずっと、雨が窓を叩いている。
神経質な性格ではないと思っていたが、今日はどうにも集中ができない。
まだまだ、雨は収まる気配はない。
スマホを眺めるのにも飽き、かと言って本を読み進める集中力も掛けてしまった。
気分転換に散歩でもと思うが、校舎内には体力を持て余して運動部たちが跋扈しており、その中を進む勇気はない。
また本を読み進めようかと、手に取った時に、雨音に負けないように強くコンコンと、部室の入り口がノックされる。
「どうぞ。」
入り口を見ずに言う。ここへやって来るのは1人しか思い浮かばない。
戸を開けて、目の前にやって来たのは想像通り相楽さんだ。
「ちょっと事件発生中。」
「それは穏やかじゃないな。」
「そして南君も容疑者。」
「は?」
心当たりのない事件の容疑者になっているらしい。
「無罪を証明しようよ。」
「一生聞かないであろう誘い文句だな。」
どうせする事もなかったからちょうど良いなと思い、立ち上がる。
相楽さんはさっさと部室の直ぐ南側にある階段を降りていく。
左へ曲がると、リノリウムの床が濡れてしまっているようで、キュッキュッと音が鳴る。
もう窓は閉まっているが、雨が吹き込んでしまったのだろう。
濡れた床の前、階段直ぐ脇の部屋へと入る。ちょうど写真部の部室の真下の部屋だ。
「お邪魔しまーす。」
そう言って相楽さんは奥へ進む。
室内には、男子生徒が2人居る。靴を見るに2年生と3年生のようだ。
「何か分かった?」
体格の良い3年生がそう聞く。
「何も調べてないです。」
相楽さんは椅子を引いて、2人に向かい合うように座る。隣にもう一つ椅子があるため、そこに座る。
中は写真部の部室と違い、物で溢れている。おそらく自費で買ったであろう背の高い棚が両壁面に据えられ、その中には衣装ケースが収まっている。半透明のそれの中には、何かのコードやパーツ、部品といった物が詰め込まれている。
そして、大きめの机の上には半田ごてや名前の知らない工具が沢山出しっぱなしになっている。
「ロボ研の入部希望者かな?」
3年生にそう聞かれる。
「いえ、彼も容疑者なので連れて来ました。」
「そんな事する人なの?」
秘密の話をするように、前のめりに小声で尋ねる。俺にも聞こえているが良いのだろうか。
「しない人だと思ってます。どちらかと言うと、捜査協力してもらおうかと。」
「最初からそう言ってくれよ。」
本気で容疑者だと思ってはないだろうとは気付いていたが、誘い方に差がありすぎる。
「冗談じゃん。」
相楽さんは笑ってそう言う。
「相楽君。彼も新聞部なのかい?」
2年生が尋ねる。
「彼は写真部の南統次君です。」
「どうも、名ばかり部の南です。」
写真部とは何だと聞かれそうなので、初めに名ばかり部だと断っておく。
「なるほど。僕はロボ研の原野峻(はらのしゅん)。」
所謂、塩顔で爽やかな印象を受ける。短めの髪の毛をしっかりとセットしていて、偏見だがサッカー部に居そうな雰囲気だ。
「俺は飯岡光信(いいおかこうしん)。一応、ロボ研部長。」
髪は短く、ほぼ坊主だ。ガタイが良く、柔道部と言われても信じるだろう。
自己紹介も済み、次は状況把握をする。
「相楽さんはここで何してたのさ。」
「私は取材。ここはロボット研究会の部室なんだけど、なかなか面白いロボットがあると聞いて来てみたの。」
部員2人を見ると、とても誇らしげな顔をしている。そんな顔をされると、興味が無くても聞かなければならない。
「どんなロボットなんですか?」
そう言うと、待ってましたという勢いで喋り出す。
「俺たちが作ったのはこれだ。」
飯岡先輩が手に握っているのは、30cmほどの箱状の機械だ。
「何をする機械なんですか?」
「これはな、スマホのフィルムを気泡を入れずに完璧に貼る機械だ。」
「それは凄いですね。」
作り笑いを一生懸命浮かべる。
「そうだろう。これさえあれば一生スマホのフィルムを貼る時のイライラや集中力からオサラバだ。」
飯岡先輩は胸を張って言う。
「個人は持つより、家電量販店とかショップとかの店舗にあれば良いと思うんだよね。」
確かに、個人が持っても使う機会は少ない。その方が良いだろうが、原野先輩はどこまで真剣に考えているのだろう。
「これがね、YouTubeで1万再生されてるの。」
2人を見るが、またしても得意げだ。
「凄いですね。」
「ま、まあ、それほどでも。」
謙遜しながらもかなり嬉しそうだ。
「それで、私はその話を聞きにきてたんだけど。」
その時、ガラガラと戸を開く音が聞こえる。
「どう?何か分かった?」
入って来たのは、綺麗な目の色をした背の高い女生徒と背の低い女生徒。
「アンバーさん、これからです。」
そういえばと思い当たる。我が校にもハーフの生徒がいる。それが目の前に居るアンバーと呼ばれた彼女だ。
背が高めで柔い黒髪が長く靡いている。目鼻立ちがはっきりとしていて、大きな瞳が特徴的だ。
同じ一年生とは思えないほど大人びている。見かけた事はあるが、こんな至近距離でまじまじとみた事は無かった。
「あれ?ロボ研また1人増えてない?」
背の低い女生徒が驚いた声を出す。こちらは2年生のようだ。
「またって、そもそも私はロボ研じゃないです。」
相楽さんが訂正する。
「え、そうだったの?」
アンバーさんも驚く。
「俺も違いますよ。」
「え、じゃあなんで君達いるの?てか、君は誰なの?」
「上の階の南統次です。名ばかり写真部です。」
「私はその更に上の階の名ばかり新聞部です。でも!これからは名ばかりじゃなくなりますよ!」
かなり意気込んでいる。
「名ばかり部に入って頑張るなんて珍しい…。」
女子生徒は感心している。
「私は名前長いからアンバーって呼んで。」
アンバーさんのフルネームは知らないが、ミドルネームとかがあるのだろう。
「私は丹田歌織(たんだかおり)。タンダーって。」
親指を立ててそう言う。上級生をあだ名では呼びづらい。
「それで、南君にも手伝ってもらって、今回の件を解決しようかと思いまして。」
「統次はどこまで事情を聞いたの?」
「一切何も。」
「それじゃあ、私から説明しよう。」
アンバーさんは室内へ入り、戸を閉めこちらに相対する。
「今日の放課後、私達が部室に向かっていたら、すぐそこの廊下の窓が開いていて雨が吹き込んじゃってて、一旦部室に荷物を置いて、職員室に向かったんだ。」
アンバーさんは廊下を指差しながら話す。ここへ来る時に濡れていた所のことだろう。
「部室はここの2つ先の教室ね。」
丹田さんは北側を指差す。
「そして、事情話して雑巾借りてきて、拭いてたってわけ。そんで、雑巾返して部室戻ったら、私のタオルが無くなってたの。」
「なるほど、不在の間に盗まれたんですかね。」
「たぶんそう。それで、さっき部室に誰か怪しい人が行き来してないか、ロボ研に聞きに来たんだけど…。」
そこまで言って、視線をロボ研の人達へ向ける。
「残念ながら俺たちは相楽ちゃんとの話に夢中で、廊下の往来を全く気にしていなかったんだ。3人で話したけど、有力な情報はないな。」
飯岡先輩は肩を竦める。
「それに普段通りでも誰が廊下通ったとか覚えてないっすよね。」
原野先輩はあまり意味のないフォローをする。
「やっぱりそうですか。」
「他の部のは聞いてきたんですか?」
「うん。ロボ研の後に書道部と将棋部、あと茶道部に行ってきたよ。あとタメ口で良いよ。」
同い年だということを直ぐに忘れる。
「茶道部なんてあったっけ?」
原野先輩は不思議そうな顔をする。
「名ばかり部ですよ。なんか、コンビニとかで新しいお茶発売されたら飲むだけらしいです。」
それは茶道部に失礼じゃないかと思ったが、言わないでおく。名ばかり部はどこも大概だ。
「そこからは何か情報得られた?」
タメ口にするが、何となくぎこちない。
「いーや。全部おんなじで、何も知らないだったよ。そりゃそうだよね。」
「その三つの部室はどこにある?」
「階段と渡り廊下の向こう側、手前から書道部、将棋部、茶道部。」
アンバーさんが手短に教えてくれる。
「念のため、聞いた内容とか教えてもらって良い?」
「良いけど、本当に何も情報ないよ。」
アンバーさんは面倒というよりは、それでも良いのかという念押しをしてくれているようだ。
「ぜひ。」
何かヒントになる事はあるかもしれない
「まず、最初は手前の書道部に行った。居たのは3年の…、名前ど忘れしちゃった。」
「中川だな。」
飯岡先輩が助ける。同じ3年生だから面識があるのかもしれない。
「そう、中川先輩。何か中川って文字書道で書きたくなる字ですよね。」
丹田先輩と相楽さんは大きな頷くが、ロボ研2人は首を傾げる。
「左右対称な字って書きたくなるな。」
アンバーさんに同意する。
「なるほど、たしかに。」
相楽さんは納得したように手を叩く。
「ごめん、脱線しちゃった。それで、中川先輩に端的に事情話して何か心当たりはありませんかって聞いたら、特にないって。」
「話したのはそれだけ?」
「いや、雨凄いですねとか、窓開いちゃってましたよとか、そんくらいかな。」
「あと、部室に来た時間も聞いたかな。6時間目の後だから15時ちょっと過ぎって言ってたね。」
意外と色々聞いている。もっと引き出した方が良いかもしれない。
「誰か怪しい人を見たとか言ってませんでしたか?」
「誰も見てないって言ってたかな。」
斜め上を見て思い出すように言う。
「次は将棋部に行ったんだけど、部員は1人だけだった。名前は、えーと…。なんだっけ。2年生だったけど。」
アンバーさんは名前を覚えるのが苦手なのかもしれない。
「多分、鶴間だ。」
原野先輩が答える。
「そうそう。その人。」
スッキリしたように一度手を叩く。
「基本、さっきの中川先輩と同じこと聞いたかな。そしたら、15時頃に来てずっと部室に居たって。怪しい人も見ていないって。」
アンバーさんは丹田さんにですよねと確認する。
「書道部と同じか。」
アンバーさんはまた斜め上を見て喋る。
「最後は茶道部に行った。部員は2人で、ゲームしてた。」
「何か“ちょっと待って”って言われて、少し待ってたんだよ。」
「あれだったね。対戦中か何かで手が離せなかったらしい。」
丹田さんが言う。
「そうでしたね。15時頃に部室に来て、2人でずっとゲームしてたって言ってた。回答は他と同じだった。」
「うーん。有力な目撃談や証言はなさそうだね。」
相楽さんは腕を組んで唸る。
「念のため、確認すると2階は1番北側の教室が英研部室で、その南が空き教室で更に南はここロボ研部室。ロボ研部室の隣は階段で、階段の隣は管理棟への渡り廊下、その南は書道部、将棋部、茶道部の並びですね。」
全員に向けて確認する。
「その通りだよ。」
相楽さんが代表して答える。
「持ち去って、もう帰っちゃったかな。」
丹田さんの言う通りかもしれない。
「英研部室からは、階段を使って1階へ降りる方法と、2階の渡り廊下を使う方法がありますね。」
これもまた全員に向けて言う。
「あ、2階の渡り廊下は使ってないと思う。」
目線をアンバーさんに向けることで先を促す。
「私達が職員室に向かったタイミングで野球部が渡り廊下で筋トレ始めたんだよね。それで、盗まれた後に野球部に誰か通ったかって聞いたら、私達以外は通ってないって言ってた。」
「それは数人がそう言ったの?」
「うん。名前知らないけど、何人かそう言ってた。」
それなら、2階渡り廊下は通れない。
「1階の渡り廊下も通らないんじゃない?」
丹田さんの意見に賛成だ。
「この雨ですからね。」
1階は吹き抜けになっているため、この強雨の中では管理棟へ向かうだけでずぶ濡れになるだろう。
「でも、行こうと思えば行けるよね。渡り廊下の先はすぐ昇降口だからそのままダッシュで帰るとか。」
丹田さんの言う通り、やりたいとは思わないが強行はできる。2階とは違い確実に通っていないとは言い切れない。
「あ!」
突然、相楽さんは大きな声を出して、机の上のスマホを取り上げる。
「忘れてた!」
スマホを何度か操作する。
皆がどうしたんだろうと不思議な顔をして、相楽さんを見る。
視線に気付いた相楽さんは、恥ずかしそうにスマホを胸に抱いて話し出す。
「ロボ研に話聞く間、ボイスレコーダーで録音してたんですよ。忘れてて、今までずっと録音しちゃってました。」
「ちょっと、合。それ聞かせてよ。」
「え、別に良いけど…。」
相楽さんはアンバーさんの意図に気付いていないらしい。
「犯人に繋がる何かが録音されてるかもしれない。」
そう言うと、ああたしかにと手でスマホを叩いた。
「それじゃあ、まずはこの辺で。」
机の上にスマホを置き、操作する。相楽さんをアンバーさんと丹田さんが挟み、対面には飯岡先輩と原野先輩が座っている。
俺は、どちらともつかない、間くらいに立っている。
「だから、やっぱり3じゃなくて2の方が面白いっすよ。」
「いやいや、3が良いんだって。」
「2の方が皆良いキャラしてるし、イベントも感動するじゃないっすか。」
「分かるけどさ、フィクション感が強いじゃん。3の方がリアルでさ、本当に昔あったんじゃないかって思うし、終わり方もなんとなく幸せじゃん?」
「そうっすけど…。」
飯岡先輩と原野先輩が何か話している。その後ろで、階段を降りる音が響いている。
「お邪魔しまーす。」
相楽さんの声が聞こえる。
「何か分かった?」
「あれ?ついさっきだった。」
そう言って、またスマホを操作する。
ちょうど、俺達がこの部室にやってくる時の音だったらしい。
「何の話してたんですか。」
アンバーさんが質問する。
「ゲームの話だよ。」
「変な話してなくて良かったっすね。」
「全くだ。」
2人は安堵する。何となく、気持ちは分かる。
「合ちゃん。最初から聞こうよ。」
丹田さんの提案に首肯し、録音を最初から再生する。
「それじゃあ、これから色々聞かせてもらいますね。まあ、新聞部の活動として反映されるのはいつになるか分かりませんが、取材だけでも先にさせてもらおうかなと。」
「何でも聞いてくれ。」
相楽さんと飯岡先輩の会話の向こうで、階段を登る音が聞こえる。2人分だろうか。
「それじゃあ、まず、飯岡先輩って柔道部掛け持ちしてます?」
「してないしてない。あんな痛そうなスポーツやりたくないよ。え、柔道部に俺に似てる奴でもいた?」
「いや、柔道部顔だなと。」
「え?そう?」
「今まで、自分でそうは思わなかったんですか?」
「ちょっと!誰!?開けっぱじゃん!」
丹田さんの声と同時に、ガラガラと窓が閉める音が聞こえる。
「いや、こりゃちょっと拭かなきゃダメだね。一旦、荷物部室に置いて雑巾とか借りよう。」
「前もこんな事なかったでしたっけ。」
2人の声と足とは遠ざかっていく。
「窓なんて開いてたか?」
「私がここに来た時は空いてなかったと思いますよ。」
「さすがに吹き込んでたら気づくっすよね。」
「うーん。」
パタパタと足音が近付き、階段を下る音へと変わっていく。
「何の話してたっけ?」
「あれ?何でしたっけ?」
「光信さんは柔道部顔だって話っすよ。」
「ああ、そうだそうだ。そう言うハラ君はサッカー部顔だよな。」
「私もそう思います。」
「そうっすか?」
「じゃあじゃあ、私は何部顔ですか?」
「あれ?そんな話しに来たんだっけか?」
「はい、すいません、違います。ロボ研の活動についてですね。」
階段を上る音が聞こえ、3人は会話を中断する。
「ちょっと、私手伝ってきますね。」
相楽さんが席を立ち椅子を引く音、足音に続いて戸を開く音が聞こえる。
「うわ、結構吹き込んじゃってますね。」
「後輩、あんたが開けた?」
「いや、私じゃないです。てか、ここくる時は開いてなかったと思いますよ。」
「イタズラ?かなりむかつく。」
「手伝います。」
少し遠くから、相楽さんとアンバーさん、丹田さんの会話が聞こえる。
意外と、広く音を拾うようだ。
椅子を引く音と足音が聞こえ、ガラガラと戸が開かれる。
「俺達も手伝おうか?」
「いや、大丈夫ですよ。雑巾3枚しか借りてないで。」
「そうか、悪いな。」
戸が閉められ、足音が近付く。
「窓は相楽さんが来た時には空いてなかったとのか。」
「うん。それは間違いないと思う。今日はずっと雨だったから、開いてたら吹き込んでなくても閉めると思う。」
「俺達もこの雨で窓が開いていたら閉めると思う。」
飯岡先輩の言葉に、原野先輩は首肯する。
窓の外を見ると、空は黒い雲に覆われて晴れる気配はない。それでも、ピークは去ったようで大雨というほどではなくなっている。
放課後になってすぐは、帰るのを諦めるほどの強雨だった。そんな状況で、窓が開いていたら流石に気付くし、最低でも閉めるという行動をするだろう。
相楽さんとロボ研部員2人は信じて良い。窓は、相楽さんはロボ研部室に入ってから、英研部がやってくるまでの間に何者かに開けれた。
「相楽さんは何時にここに来た?」
「放課後、15時20分とかかな。」
「録音開始は?」
「15時30分くらい。」
大体、15時20分から30分の間だろう。
「お待たせしました。」
相楽さんが部室に戻ってくる。
「悪いな、やらせちゃって。」
「気にしないで下さい。」
「迷惑な奴がいたもんだ。」
「それで、話の続きなんですけど、私って何部顔ですかね。」
「うーん。運動部っぽいなぁ。」
「そうっすか?俺は文化部っぽいと思いますよ。吹奏楽とか。」
「分からなくもないな。でも、陸上っぽくないか?」
「確かに。いや、バレー部っぽくないっすか?」
「ああ、そっち寄りだな。」
バタバタと足音が近付き、キュッキュッと拭いたばかりの床を歩く音に変わる。
ガラガラと戸が開く。
「ちょっとロボ研さん、時間良いですか?」
「どうしたアンバー。」
「英研部室に置いてたタオルが無くなってたんですけど何か心当たりはないですか?」
「いや、何もないな。」
少し考える間があった。
「いつ無くなったの?」
「そこの窓からの吹き込みを拭こうと思って、さっき一旦荷物を置いて雑巾取りに行って、戻ってきて、さっきまで拭いてて、部室戻ったら無くなってたんですよ。」
「じゃあ、15時40分から16時の間くらいですね。」
「うん。大体それくらいかな。」
アンバーさんは自分に向けて言うようなボリュームでそう言った。
「誰かここ通らなかったですか?」
「どうだろう。誰か通ったかどうかまで俺は気にしてなかったかな。」
「俺も同じく。」
「ごめん、私も。」
「大丈夫です。他の部活にも聞いて回ってくるので、何か心当たりがあったら教えて下さい。」
「分かった。」
しばしの沈黙のあろ、相楽さんが話す。
「気になるんで、ちょっと出てきますね。」
戸を開き、階段を登って行く音が聞こえる。ここで俺を呼びに来たのだろうz
録音された音声は、最後に場面に繋がった。
想像以上に、ヒントとなるものがあった。いくつか分かったことを共有する。
「犯人はまだこの階に居そうですね。」
「そうだね。」
「たぶんそうだね。」
「え、なんで?」
「そうか?」
「そうなの?」
丹田さんと原野先輩は分かっていたようだが、残り3人は気付かなかったらしい。
自分が言い出したため説明する。
「ボイレコは階段を上り下りする音も拾ってました。だから、もし犯人が2階にやって来たり、逆に2階から離れた時はその時の音が入ってるはずです。でも、聞こえたのはアンバーさんと丹田さんが2階に上がって来た音と、2階から職員へ向かうため降りた音、もう一度2階へ上がって音、相楽さんが3階へ上がった音、相楽さんと俺が2階へ下りてきた音です。」
ここで一度言葉を切り、3人を見る。皆理解出来ているようなので、説明を続ける。
「つまり、犯人はまだこの階にいるはずです。」
「ボイレコを切った後も、誰かが階段を通った音は聞こえませんでした。」
相楽さんが自信を持って言う。
「それに、この階の他の部の人達が言ってた部活に来た時間も嘘じゃないっぽいね。」
丹田さんの言うとおり階段を足音が聞こえなかったため、録音開始前から部室に来ていたことになる。
「ただ、足音で言うと盗まれたと思われる時間に誰かが近付いたようには思えなかったね。」
原野先輩が言う。
「足音でしょ?」
丹田さんの言葉に原野先輩が頷く。それを見て、飯岡先輩は首を傾げる。
それを見て、丹田さんは話し出す。
「雨に濡れた床を一回でも歩いたら、キュッキュッって音がなりますよね?」
飯岡先輩は頷く。
「ロボ研雑談集にはその音が、私達が出した音しか入ってませんでした。」
飯岡先輩は大きく頷く。
「あー。なるほど。しかし、よく気付くな。」
かなり感心しているようだ。
「つまり、犯人は足音が鳴らないように近付いたか、雨に濡れた廊下より更に奥に今も居るか。」
相楽さんは眉を寄せて、ドヤ顔でアンバーさんを見る。
「後者はない。」
「もう調べたんですか?」
「うん。廊下の突き当たりは壁で何もないし、私達の部室含め全部の教室をタオル探しがてら見て回ったけど、誰も居なかったよ。」
「それじゃあ、足音が鳴らないようにしたんだ。」
うんうんという頷く。
「あれ?ちょっと待てよ。」
飯岡先輩は険しい顔になる。
「何で犯人は足音を気にしたんだ?」
「それは、録音されないようにしたんじゃ…。」
アンバーさんはそこまで言ってハッとする。
「そうか。ロボ研で録音していることを知ってる人はいないんですね?」
飯岡先輩は首肯する。
「ロボ研に話を聞きたいとは聞いていたけど、会話を録音するとまでは思わなかった。それに、取材されることを誰にも言ってないぞ。」
そう言って原野先輩を見る。
「俺も言って無いっすよ。」
次は相楽さんを見る。
「初めから録音するつもりでしたけど、それは誰にも言ってないです。」
3人が顔を見合わせる。
「もし、録音のことを知っていたなら、この階にいるという前提が崩れるな。」
飯岡先輩はため息混じりに言う。
「録音のことを知っているのは、相楽さんだけ。開始してからは飯岡先輩と原野先輩が知った。だけど、犯行推定時刻は3人ともこの部室にいて犯行が出来なかった。」
そう整理すると、銘々に頷く。
「それなら、足音の理由は録音じゃなく、人に聞かれないためだ。」
相楽さんしか知らない情報を犯人が知っているとは思えない。
「たぶん、窓を開けたのは犯人だ。雨を吹き込ませて、ロボ研前の廊下を歩くとキュッキュッと足音が鳴るようにした。足音が聞こえたら、後で足音を聞いた人に容疑者として疑われる。その時間に、足音をどこそこで聞いたというふうに。逆に、誰かが近付いたら聞こえる音が聞こえないとなれば、広い意味で密室みたいな状態になっている。」
半ば自分自身に言い聞かせるように声に出す。
「犯人が気を付けたのは普通の足音じゃなくて、雨に濡れた中ズックの足音だけ。この階の人間、特にロボ研から気付かれないようにするために。」
「例えば、中ズックを脱いで廊下を歩いて、そのままこの階以外に逃げた可能性は?」
丹田さんが質問する。
「低いと思います。」
直ぐに否定する。
「中ズックを履かないまま校舎を歩くリスクがあります。今日は運動部が校舎内にいますから、目立つ行動はできません。それに、階段を上り下りする音が聞こえない他にも、さっき話したとおり2階渡り廊下は野球部の監視下にあり、1階渡り廊下は吹き抜けてで通るとは思えません。特別棟1階は体育館に接続し、体育館から外に出られますが、バスケ部なり卓球部なりが活動しているはずです。」
「1階の使っていない窓から出た可能性は?」
「不可能じゃないけど、その手は使っていないと思う。」
相楽さんの提案を否定する。
「誰に見られるか分からない以上、そんなリスクのある手段は取りたくないはず。でも、可能性はある。もしその手段を取ったら、1階のどこかに雨が吹き込んでいるはず。それを確認する必要はあるかもしれない。」
でもそれは議論は途絶えてしまってからで良いと考える。
「それじゃあ、容疑者は特別棟2階で活動している生徒になるかな。」
その発言に首肯する。
「犯人は窓を開けて雨を吹き込ませて、アンバーさんと丹田さんが職員室に行っている間に犯行に及んでいる。それを的確なタイミングで行うには2階のどこかの教室で待っている必要がある。」
「ちなみに。」
アンバーさんは人差し指を立てて注目を集める。
「中ズックは方言です。」
「え!」
「マジ?」
「そうなんですか!?」
「マジっすか?」
「マジか。」
知らなかった。
「まあ、今は皆分かるし中ズックでいいきましょう。」
おほん、と飯岡先輩がわざとらしく咳払いをする。
「これは共通認識か分からんが。」
飯岡先輩は前置きをして話し出す。
「茶道部は容疑者から外して良いんじゃ無いか?」
「そうっすね。」
と原野先輩は同意する。
「どうしてですか?」
アンバーさんは不思議そうな顔をする。
「単純に動機を考えるとな、男子なんじゃないかと思っただけだ。」
ざっくばらんに説明する。
「うわっ…。そうか…。」
心底気持ち悪いと言う顔をする。
「茶道部も可能性がないわけじゃないが…。」
飯岡先輩の声はだんだんと小さくなっていく。
「たしかに可能性は低いですが、完全には外れません」
自分の考えを整理するため、目線を少し落とす。無意識に指の関節を一度鳴らす。
「もう一回、書道部と将棋部に話を聞きに行きましょう。」
提案するが、あまり大人数で行くのも良く無いだろうと思い当たる。
「私も付いて行くよ。」
アンバーさんは立ち上がる。
「一応、私も。」
そう言って相楽さんは立ち上がる。
「それじゃあ、一年生ズに任せて私達はここに残るとしようかな。」
「すみません、タンバーさん。」
「誰かが階段を使ったら記憶しておいて下さい。」
「任せなさい。」
丹田さんは胸を叩く。
書道部の戸の前に立ち、はめられたガラスから中を覗く。
体格の良い男子生徒が退屈そうに本を読んでいる。
ノックすると顔を上げ、入って良いぞと促される。
「すみません。中川先輩、さっきもアンバーから話したと思うんですけど。」
「ああ、さっきの盗難か。犯人、まだ見つからないのか?」
「はい、実は…。色々と検討はしてるんですけど。」
アンバーさんはそう言って俺を見る。
話を聞きに行こうと言ったのは俺で、アンバーさんも相楽さんも何を聞くかは分かっていない。必然的に俺が話を進める。
「改めて教えてほしいことがあります。」
「何でも聞いてくれよ。きっと、俺も容疑者なんだろ?放課後はアリバイを証言できる人も居ないし、せめて何でも正直に答えるよ。」
物分かりが良い。
「それじゃあ、15時頃にここにきたそうですが、それから今まで何をしてましたか。」
「雨が弱くなるまで待とうと思って、部室に置いてある漫画を読んでたよ。」
そう言って手に持っている漫画の表紙を見せる。一応、書道をテーマにした漫画らしい。
「それから外には出ましたか。」
「いや、出てないな。」
「誰かが部室前を通りましたか。」
「通ったはず。将棋部か茶道部じゃないか。」
「分かりました。ありがとうございます。」
一度、廊下で頭を整理する。
次の証言が肝になるなと思い至る。
将棋部室の戸をノックする。
少し間があってから、はい、と言う声が聞こえる。
「すいません。さっきのことでまた話聞かせてもらっていいですか。」
アンバーさんが声を掛ける。
「良いですよ。」
そう返事はあるが戸は開かれない。勝手に入れということらしい。
アンバーさんが戸を開き、相楽さんと俺が続く。
想像以上に人が来たためが、少し機嫌が悪そうな顔になる。失礼だが、元々そう言う顔かもしれない。
「さっきも話した通りですよ。」
敬語になっている。気持ちは分かる。
「15時に来てから、何をしていましたか。」
「特に何も。雨が止まないか待っていただけだから。」
俺にはタメ口だ。別にそれが普通なのだが、人間としてアンバーさんと格が違うように感じてしまう。
「15時以降部室から出ましたか。」
「いや、出てない。」
「誰か通りましたか。」
「いや、誰も。」
鶴間先輩の顔をしっかりと見る。
黒縁の眼鏡の目は少し泳いでいる。
「分かりました。ありがとうございます。」
踵を返して部屋を出る。
ロボ研部室に戻ってきた。
「何か分かったの。」
アンバーさんはこちらを覗き込む。
「大体分かった。」
皆がこっちを見る。
「書道部の中川先輩は、部屋を出ていないが誰かは通ったと言っていました。」
銘々が頷く。
「将棋部の鶴間先輩は、部屋を出ていないし誰も通って居ないと言いました。」
「それで何が分かるんだ?」
飯岡先輩は眉を寄せる。
「鶴間先輩が嘘を言っています。」
沈黙が生まれ、それぞれ思案する。
「中川先輩はそう答えざると得ません。鶴間先輩が犯人であれば、鶴間先輩が通ったので誰かが通ったと答えます。もし自分が犯人であれば、分からないと言って誤魔化すしかないです。」
確かにと丹田さんが言う。
「その上で、鶴間先輩は誰も通って居ないと言いました。」
「そっか。鶴間は中川に罪を着せようとしたのか。」
「はい。鶴間先輩の言うことが本当だった場合、中川先輩は嘘を言っていることになる。ただ、中川先輩が犯人だった場合、将棋部前で誰かが通ったなんて証言は出ません。なので、中川先輩は分からないと答えるのが正解なんです。」
「ちょっと待った。」
相楽さんは手を前に突き出す。
「中川先輩が犯人なら、ベストは誰が通ったか分からないと答えることで、次善は誰かが通ったって答えるってこと?」
「誰かが通ったと答えるのはダメです。次の将棋部に誰も通って居ないし外に出て居ないと言われたら終わりです。」
「それじゃあ、誰かが通ったと言うのは真実の時だけか。」
飯岡さんの言葉に首肯する。
そうなると、容疑は将棋部と茶道部になる。
「そして、鶴間先輩は出ていないし、誰も通っていないと言いました。ここでは、書道部の回答を見越して、出ていないが誰かが通ったと言って、茶道部に容疑を向ける必要がありました。おそらく、そこまで考えてなかったんでしょう。」
ここまで分かれば、茶道部に話を聞かなくても分かる。
鶴間先輩は、窓を開けて雨を吹き込ませて、それをアンバーさんと丹田さんに拭かせる。
雑巾を借りるという時間を使って窃盗をした。靴を脱いで、音が鳴らないようして。そうすれば、犯人は音が鳴るはずなのに誰の聞いていないという状況が出来上がる。
アンバーさんは録音で“前もこんなことがあった”と言っていた。おそらく、故意か分からないが出来上がったその時の状況から思いついたのだろう。
「ちょっと文句言ってくる。」
そう言うとアンバーさんは勢いよくドアを開けて廊下に出る。
それを慌てて追いかける。
真っ直ぐ将棋部室に向かい、戸を開ける。
驚いた顔をした鶴間先輩は、一瞬たじろぐが直ぐに、
「何ですかいきなり。」
と言った。
「タオルはあげますから、もう近付かないで下さい。」
そう言うと踵を返して行く。
鶴間先輩はとてもばつが悪そうな顔をしている。
相楽さんも心配で付いてきたらしく、呆れた顔で笑っている。
「彦星もこれくらい積極的だったら嫌われちゃうのかな。」
独り言のように溢す。
そういえば、今日は七夕だった。
名ばかり部も放課後に活動する @tamaki_78
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