エピローグ

 校庭の片隅に在る鉄棒は陽に焼けて熱くなっていた。


 オレはいま、それにもたれかかってボンヤリとアイスを囓っていた。

 水色で歯ごたえのあるヤツだ。

 冷たすぎてちょっとこめかみの辺りが痛い。


 見上げる空は蒼く、白い入道雲がもくもくと湧き出ている様が見えた。


 もうすっかり夏だな。


 水着とか買って海に行くのも悪くない。

 それは勿論女物の水着なのだが、まぁ仕方のない部分である。

 女の身体でいるのもすっかり馴れた。

 馴れちゃイケナイのだろうけれど、元に戻れないのだからウダウダ言っても仕方がなかった。


 別に死ぬわけでは無いのである。

 何故あの時にあれだけ取り乱してしまったのか。

 女であってもこうしてアイスを食べることは出来るし、殺人的な太陽光線を浴びて目を眇めることも出来るし、ジンワリじっとり汗をかきながら海水浴を夢想することだってできる。


 いったいコレの何処に悲観する余地があるというのか。


 でも日焼けでこのマスクの跡が残るのはイヤかな。


「オレは阿呆だったなぁ」


 あ、いや、その点は今も変わらんか。


「今更溜息交じりに言わなくてもみんな知っているぞ」


「やかましい、お前に言われたくない」


 横に居る、うすらデカい筋肉ダルマのツッコミには即座に反論した。


 連日の晴天のお陰で学校の校庭は白く乾いており、一見砂漠のようにも見える。

 熱砂の中に立つヒロインというのも結構そそる状況シチュエーションではなかろうか。


「しかしお前が自分のバイト先の、そのヒーローヒロインショウか?その撮影現場に招待してくれるとは思ってもみなかったぞ」


 塚原の声のデカさは相変わらずだが、野外なので大して気にならなかった。


「結構な人間が集まったな。精々下宿の数人ていどだと思っていた」


「暇で物好きな連中が多いんだろう」


 校庭の端には二、三〇人ほどのギャラリーが集まっている。

 夏休み目前で脳も身体も浮かれまくっているのだろう。

 休み明けには前期試験が待っているというのに、脳天気な連中である。


 あ、オレもその一人なのか?


 見知ったヤツも居れば全く知らないヤツも居た。

 分身クンの顔見知りかも知れない。

 彼の見知った事は子細全て、オレの脳ミソにダウンロードされるハズなのだが、興味が無かったので忘れているだけなのかも知れなかった。


「何度も言うが、始まる前には校庭の隅にまで逃げとけよ。とばっちり食っても知らんぞ」


「分かってる分かってる、俺の灰色の脳細胞は容易くモノを忘れん。大丈夫だ」


 コイツの分かっているは全く当てにならないからな。

 しかも言うに事欠いて灰色の脳細胞だと?

 キサマ、ミステリー界の女王が背後に立って一〇〇発は殴られるぞ。

 或いは全世界のファンから一発ずつどつかれる可能性だってある。


 食べ終わったアイスの棒には「あたり」と書いてあった。

 うん、幸先いいな。


「ご主人様、相手が来ました」


 ひの、ふの、み。うん確かに予定通り三人だ。

 何故かコチラはまだオレしか居ないけど。


「おら、此処までだ。さっさと脇に退け」


 ぬりかべの如き筋肉の塊を軽く片手で払ってやった。


「おう、じゃあ頑張れ。って、おお誰だ、あの真っ赤なおねえさんは」


 ヤツの視線の先にはボリューミーな燃える炎にも似たウィッグと、漆黒のゴーグルを着けたナイスバディな女性が居た。

 その魅惑の肢体を見せつけながら、ちょうどこちらに駆け寄ってくるところだった。


「悪いビューティーダー、遅れた」


「いや充分余裕です、キャプテン・グラージ」


 挨拶しているオレの背中を塚原のヤツが軽く小突いた。


「お、おい章介。後で彼女を紹介してくれないか。出来れば握手とかも」


「・・・・彼女が良いと言えばな」


「頼むぞ」


 そう言ってヤツはそそくさと離れていった。


「意外です、彼女のような容姿がタイプなのでしょうか」


「ウドの大木、荒野の朽ち木という訳じゃなかったみたいだね。或いは類が友を呼んでいるのかもしれない」


 野生の勘というヤツだろうか、と思った。どっちも脳筋だしな。


「え、アタシがなんだって?」


「あ、いや。仕事が終わったら時間はありませんか。ちょっとお話出来ないかと思って」


「えっ、いや、マジで?いやいや、ありますよ、ハイ、充分以上に。モチロン」


 気のせいだろうか。

 何か急にウキウキしだしたような気もするけれど。


「成る程、こうやって誤解は積み重なってゆくのですね」


「え、ニュートさん何のお話?」


「天然ナオン・キラーと呼ばれる謎生物は実在するのだなと、そう確信しただけです」


 何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「ステキ・レディはまた遅れるの?」


「はい、飛び入りという形で参戦します。

 まったくあの人は折角の晴れ舞台、ご主人様の正規ヒロイン昇格後の初陣だというのに何という不始末でしょう。

 後でお仕置きです」


「まぁいつもの事だね。馴れたよ」


「またあのギンギラに美味しいところ盗られるのか。

 ビューティーダー、もっと怒っていいんだぜ?

 アンタいっつも貧乏くじ引いてるじゃないか。

 ホントならポイントだってもっと稼げてた」


「その辺りも研修生の勤めだったんじゃないかな」


「今やアタシと同格じゃないか。なんでそんな自分評価低いんだよ」


「ご主人様、一度ステキ・レディを怒ってやって下さい。

 『時間を守れない人など嫌い、もう近寄らないでくれ』と。

 恐らく次からは死んでも約束を守る、時間厳守の権化と化すでしょう」


「え、そんなんで?」


「はい。ダメージ抜群、効果テキメンです」


 あまり長持ちしないかもしれませんが、と小さく呟く声にオレはちょっと苦笑した。


「時間です、ご主人様」


「じゃあ、行こうか」


「おう。コテンパンにしてやるぜ」


 コチラが校庭の中央に向けて歩み出すのと同じくして、相手も進み出て来た。


「まさかギャラリーをお呼びになるとは思いませんでした」


「どうせ動画で流れるんでしょ。一緒だよ」


 一番最初に見た芳田さんの動画を思い出していた。

 きっと彼女も似たような気持ちだったに違いない。

 そして本日の対戦相手、今向かい合っている三人だって意に叶ったりとか思っているんだろう。


 そんな皆が集まって、この素っ頓狂なイベントが形作られている。


 その中身を知れば、生死感が希薄で命を弄んでいるだのすってんのと、口角泡飛ばしていきり立つ連中は居るんだろう。

 でも今ここに居るオレたちは全部承知の上でやっているのだ。


 異星人様のお役所は「自分達の人生は一度きり」と決めているものだから、当の本人達はその恩恵に与れない。

 まぁ性がないか、エンドレスな生き様は代理闘争してくれている地球星人さんにお譲りしましょう。

 我々も利益を得られるし、特典も沢山ご用意しておりますよ。


 子細全てがそんな異星人かれらのメンタリティで行なわれ、地球星人の倫理規範など脇に置いてる感じだ。


 宇宙はきっと広いのだ。そんな考え方も在るんじゃないのかな。


 失敗したら再チャレンジすればいい。

 生きてさえ居れば幾らでもやり直せる。

 死すらリセットがかけられる技術で、人生のヘビーローテーションも悪くは在るまい。

 色々剣呑な部分はあるけれど、完全無欠に安全な世界なんて、お花畑な夢物語の中にしかないのだろうし。


 毒を喰らわば皿まで、じゃないけれど後に引けないのならば進むしかない。

 だったら全力で駆け抜けた方が吹っ切れてて良いかもしれない。


 それに今は見えないけれど、本気でやっていればいつか自分の道筋が見えてくるかも。

 人生の指標だの目標だのと、ご大層なお題目を朗々と語る御仁はたくさんいらっしゃるけれど、そういった「やってやるぜ、的なガツンと固い何か」は、別に血眼にならなくっても手に入るような気がする。

 駆け抜ける道の交差点辺りにでも置いてあるんじゃないかしら。


 うじうじ悩むのはそもそも趣味じゃないし、何よりもう飽きてしまった。

 嫌なことや辛いことは直ぐに忘れるタチなのだ。


 大事なのはきっと、いまこの瞬間なのである。


 そういや先日大家さんから「いい顔になったわね」と言われた。


 え、ちょっと前は可愛らしいとかおっしゃってませんでしたか。

 オレ、何か変わりましたかね?


 キャプテン・グラージの目配せがあった。

 オレに前口上を切らせてくれるらしい。

 正式なスーパーヒロイン初陣への献花だろうか。

 ずい、と一歩前に進み出る。


「逃げずに良く来た、悪の主賓達!」


 腹から出した声は思いの他に良く通った。

 ゴールデン・ゴーグルの口上まるパクリだけれども許して欲しい。

 学ぶは真似るから来ているのだし、コレが初めての開戦宣言なのだし。


 相手の三人は仁王立ちしたままだ。

 微動だにせずオレの言葉を受け止めている。


 初夏の太陽がギラリと一際眩しく照りつけていた。

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バッチグー戦士ビューティーダー 九木十郎 @kuki10ro

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