第六幕 宇宙からの侵略者(その十)

 そもそも何で、そんな歪んだ妄想を会社挙げて推進させているんだろう。それに「うりゃうりゃ」ってナニ。普段はあれほど理路整然とした物言いするというのに、全く以てニュートさんらしくもない台詞である。

「何をおっしゃっているのですかご主人様。若い女性だけで構築される美しい世界をお分かりにならないのですか」

「女性が美しいのに異論はないけれど、男性あっての女性だと思うし、女性あっての男性なんじゃないかな」

 要は持ちつ持たれつってヤツだ。

 それに男共の目の届かない場所で、天然物の女子高生たる彼女らは、思いの他にだらしがない。それは身を以て知った新たな女性の側面だった。出来れば死ぬまで知りたくはなかったけれど。

 故に、男性が居なくなるというのは、歯止めも無くなるというコトではなかろうか。

「嘆かわしいです、ご主人様!」

 彼女は平手で瞼を押さえると天を仰いだ。まるで「この無知で哀れな子羊に主のお慈悲を」と嘆く、何処かの神父様のようなポーズであった。実に芝居がかっている。しかもこれは前に一度見たことがあった。

 それから懇々と、小一時間にもわたりニュートさんの「美少女世界」の素晴らしさを説く弁舌が続いた。並みの入れ込み具合ではない。本当にその妄想へ心酔しているのだな、と思った。

 ひょっとするとヌフ社の方も似たような状況なんだろうか。

 だとするならば、入れ込む先が少女か少年かの違いだけで実は同じ穴の狢なのかもしれない。そして本当に彼女たちは侵略者なのだなと思った。ゴールデン・ゴーグルの人が言っていたように、自分は確かにこの侵略者たちの片棒を担いでいるのだろう。

 でもだからといって、鞍替えする気持ちは何処にも無い。連中に言わせれば裏切り者なのかもしれないが、オレに言わせればどっちもどっち。「地球星」の住民が平穏に生活できるのなら何の文句も無いのである。

 生粋の地球星人同士だってロクなことやってないのだ。単に一口増えただけの話である。むしろ彼らに「市場統一」されて、全世界が宗教だの民族主義だの政治的利権だのというしょうもない対立が程よく希釈され、薄められた方がよほど争いごとも減るのではなかろうか。

 出自や主義主張で立場の貴賤を問うなど実にバカバカしい。大事なのはソコじゃないだろう、心底そう思う。

 そういう意味じゃコタツムリが離反したのも悪くないタイミングだったんじゃなかろうか。今現在、お互い睨み合い拮抗している状態でバランスは悪くないと思う。

 美少女だけ、とか、美少年だけ、とかそんな歪んだ地球は寒気がするけれど、現状維持ならそんな悪夢は訪れなさそうだ。ソコソコいい案配なんじゃないかな。

 

 あら、分からないわ。全世界の半分が美少年でもう半分が美少女、そんな世界も在り得るでしょう?


 不意に聞こえた綺麗な声音に思わず後ろを振り返った。

「どうなさいました、ご主人様」

「い、いや。今、とてつもなく不穏な幻聴が聞こえたものだから」

 微かに「ディスティニー」と呟く声も聞こえたような、聞こえなかったような・・・・

 それは決して皆無とは言い切れない可能性の未来でもある。背筋にとてつもない悪寒が走り、ぶるりと身震いをした。ハッキリ言って考えたくもなかった。

 まさか現実にはならない、よね?

 額を拭えば、じとりと脂汗をかいていた。

 

 ともあれ色々と未だ問題は山積みだけど、出来ることからやっていくしかない。未だ親の脛を囓っている甘ちゃんに出来ることなど限られているのである。

 そもそも何なんだよ。女に変身した挙げ句女子高校生を演じ、その傍らスーパーヒロインがお仕事の日々って。オレが入学前に思い描いていた学生生活とは完全に逸脱しているぞ。予定外もいいところだ。

 入学したての頃、こんな現状を想像し得ただろか?或いは半年前でもいい。

 無理だね、絶対に無理。真っ当な理性を持ち、堅実な将来を思い描ける常識人なら、百年経ったって想像し得ません。何となく生きて、中途半端な日々を送るポンコツ大学生なら尚更だ。

「『コンナハズジャナカッタ』んだけどなぁ」

「ご主人様、ソレは駄目人間の台詞です」

「オレは駄目人間だよ」

 何処をどう突いてみたところで、状況に流されるだけ流されまくっている主体性のない若造そのものではないか。青年の主張と、弁論大会で理想理念を熱く語るホンモノの高校生の方が余程に立派な存在だ。

「スーパーヒロインたる者が、そのような物言いをされてはいけません。ナチュラルたらしの名に傷が付きますよ」

「そんな呼び方するのはニュートさんだけだよ。そもそも誰がたらしだよ、人聞きの悪い」

「ならば試しに木島さんをカチカチ社に誘ってみて下さい。ご主人様とくつわを並べるという物言いだけで、かなりの破壊力と悪くない返事があると思います。

 それに今のままでは21ヴァンティアンの毒牙にかかり、丸め込まれ、美少年に変身する危険すらあります。予防措置というコトでは如何でしょう」

「その物の見方かなり歪んでませんかニュートさん。偏見で決めつけるのは良くないと思うな」

「極めて客観的な観測です」

「ああ、はいはい。歪んでいるのはオレの方という訳ですね。ハイ分りましたそうですね。 美少女だけの世界というのが歪んでいるというくらい、器の小っちゃいオトコですしね。あぁもうオレは男でもなかったっけ。ホントにもうっ!」

「・・・・些かお疲れのようですね。行きつけのお店で、冷たいビールでもお召し上がりになるというのは如何ですか?」

 うん、それは悪くない提案だ。

「居酒屋に嬉々として通う女子高校生というのも、如何なものかと思いもしますが」

「むしろ今のオレには、似合いのぐだぐだっぷりだと思うけどね」

「またそのような卑下した物言いを」

「飲むのを勧めたのはニュートさんじゃないか」

 そう言いながら服を脱ぎ始めた。よもやまさか制服で行く訳にもいくまい。やれやれこれでようやく此の制服からおさらば出来る。まぁ直ぐに次のヤツが待っているのだけれども。

「それに一言云っておくけれど、アフター5は桜ヶ丘桜子じゃなくって田口章介だからね」

「その容姿で殿方の名を自称されても説得力がありません」

 シャツの下から現れた二つの膨らみをジト見されて、オレはとても面白くなかった。

 永遠の女子高校生などという頭の痛いフレーズは、いったい誰の台詞だったろう。

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