盆の客
大隅 スミヲ
盆の客
我が家には、この時期になると決まってやってくるお客さんがいる。
わたしたちはそのお客さんをもてなすために、色々なご馳走の準備などして宴の支度をするのだ。
今年の盆も例年通り親戚一同が集まってきた。
親戚一同といっても、もう祖父の兄弟は全員鬼籍に入っており、やって来るのは父の兄弟たちだった。父も今年で80になるため、その兄弟たちもいい年であることは間違いない。その父の兄弟たちを連れてくる役目を担っているのが、その息子や娘、わたしから見ればいとこにあたる存在だった。
どの家も結婚して子供のいる年齢であり、その次の世代の子たちを連れてくるのが習わしとなっていたが、さすがに思春期を迎えた子どもたちは親戚の集まりなどには参加したくないらしく、今年は誰も自分たちの子どもを連れては来なかった。
ワイワイガヤガヤと料理と酒で席を盛り上げ、昔話に花を咲かせる。共通の話題というものが無いため、するのは昔話だけだ。
夜になり、みんなが帰った後の家は、しんと静まり返っている。
どこか寂しさすらも感じる瞬間だ。
わたしはテーブルの上に残された料理を片づけ、来客用に出した座布団を押し入れの中にしまう。
すると、どこからか視線を感じた。
毎年、この時期になると視線を感じることがある。
振り返ったが、そこには誰もおらず、ただ中瓶のビールとガラスのコップが2つテーブルの上に置かれているだけだった。
「おかえりなさい」
わたしは誰もいない空間に声を掛ける。
もちろん、返事は無い。
もし返事があったら、わたしは怖くなって逃げてしまうかもしれない。
そんなことを思いながらも、いるかどうかもわからない相手に声を掛けているのだ。
我が家から戦争に行った人間は2人いた。
祖父と祖父の弟だった。祖父は身長180センチ超えの当時の人の中でもかなり大きかったため、すぐに徴兵が掛かり、あちこちを転戦した。終戦は満州で迎えて、慌てて日本に戻ってきたそうだ。その後、祖父は90歳まで生きたが、一度も戦争の話をわたしたちに聞かせたことは無かった。それが祖父なりの戦争の伝え方だったのかもしれない。
戦争に行ったもうひとりの人物。祖父の弟。わたしからみたら大叔父に当たる人物だ。もちろん、会ったことは無い。なぜなら、彼は戦死しているからだ。仏壇には彼の出征前に撮られた写真が飾られている。軍服を着て、腰に軍刀を下げ、軍馬に跨った写真だ。彼はまだ若かった。
お盆になると彼は我が家へと帰ってくる。
そのために、わたしは親戚が帰った後もビールをテーブルの上に置いている。
彼がビールを好きなのかどうかはわからない。
ただ、こうすることで彼の思いに触れることが出来ればいいと思いながらやっているのだ。これがわたしの自己満足であってもいい。こうすることがわたしなりの供養の仕方なのだ。
風が吹き、軒下で風鈴が鳴った。
きっと、いま彼は兄であるわたしの祖父と一緒に、兄弟そろって帰ってきているのだろう。
そんな想像をしながら、わたしは二つ並んだコップをみつめる。
盆の客 大隅 スミヲ @smee
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