マリとマリン 2in1  緋の窓帷

@tumarun

第1話 奉納煙火

 宵闇の中、喧騒が一段落したと時、目の前を白光の花火が横切っていく。


「なっ、何かはじまるのぉ。ねえ翔」


 茉琳が隣の翔に聞いている。会場で解説が流れているのだけれど、ざわつきに紛れてしまって、何を言っているかわからない。


 2人が夕暮れに向かった会場が高台にあって、長い坂を登るのだが、


   ゼェー、ハァー、ぜえー、はぁー


「もうダメ、足が棒になってる、息が続かない、ダメェ」


 と青息吐息でいた茉琳が

いざ始まれば、期待に目を輝かせている。


「楽しそうだえぇ」


 そんな時、近くのカップルが、


「綱火が通ったってことは、'サルタヒコ'やるんだね」

「今年は早くて2番目だからなあ」


 と話をしている。地元の人たちなんだろう。解説まてしている。


「だって」


 翔は、丁度良いとばかりに茉琳に話をふっている。


 大学で知り合ったひとから、地元で面白い花火があるから一緒に見ないかと茉琳が誘われた。早速、茉琳は、翔も誘うこととなる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「1人で行ったら、絶対迷う自信ある」


 茉琳はカットソーを押し上げる豊かな胸を、さらに張り出して、宣った。


「そんなこと自信ありげに言われてもねぇ」


 目のやり場にこまりながら、視線を茉琳から外して、翔は話す。茉琳は翔の腕にしっかと抱きついて、上目遣いで懇願した。


「お願い、あきホンから誘われたの。行ってみたいの。お願い、翔ぅ」


 いつもながら茉琳に頼まれると翔は断らずに付き合ってしまう。自分自身に女性に対しても障害があるにも関わらずにもだ。茉琳からだと、その症状が不思議と出なかったりする。


「わかったよう。まあ、行き先が俺の地元のすぐ隣だからな。俺も白宅に顔出せるしな」

「やったあ。ありがとう、翔」


 ブリーチした長い髪を黄色に染めたのは良いのだけれど、ここ暫く手入れらしい手入れをしてないせいか脱色していない自毛の部分が増えてプリンと呼ばれる由縁が増えてしまっている。

 髪はパサつき、枝毛の手入れも追いつかないなど、大変なことになっているのだけれど茉琳本人は、それほど気にしてないように見受けられた。


「ヒーくんいないから、もう、どうでもいいの」


 なんて言ってる始末。かつて心底惚れた恋人と心中を計ったけど、茉琳ひとり残ってしまった。抜け殻の道行になるところで翔たちと出会い行動を共にして、なかなか楽しんでいるようである。


 日が落ちるのか遅くなり、先程までは明るかった空も夜の帳が下りてきた。

 会場奥の行燈の下に白装束に天狗の仮面をかぶった祖神が佇んでいる。

 そこを回り込むように、長い枝の先に白い種火をつけたものをもち男がひとり、踊り跳ねていく。その後に多種の火をつけた細棹を持つ幾人もの付き人たちがやはり踊り跳ねてついていく。

 祖神に対する離れた場所にある3枚の火除け板まで移動すると竿の先をおろし、種火をいく本かの火縄に移していく。

 まず、用意されているのは3本の手筒花火。火口にある封紙を破り、筒を横に倒して火縄から火を移す。

 三役三本揃えとして同時に火点けする。火が移り、少しずつ火柱が出だすが、直ぐには立てない。ニ間ほど伸びたところでゆっくりと前に回しながら立てていく。慌てて立てて筒の底を火が抜ける野暮はしてはいけない。

 持ち手の頭の真横の火口から火柱が天上に捧げられていく。すると包を持つ男たちがゆるりと祖神に向かって歩き始める。

 三本の火柱がたち、悪鬼退散、病疫退散の願いを込めて祖神へ火の粉と自分たちの魂と勇気を献上していく。奉納煙火、神事なんである。

 いずれ、火柱が収まると、法螺貝がなり始め、ダン、ダっダンと太鼓が叩かれていく。


「ソリャダセダセヨォ」


 の掛け声と共に、火除け板の影に待機していた男たちの持つ手筒に、次々と点火されていく。

 乱点げの始まりである。

 横に出して火柱に勢いがついたところで手筒を立て、それを片手で持ち、空いた手を広げて、ゆっくりとした足捌きで祖神へ向けて練り歩いて行く。

 履くは足袋と着るは緋色のチャンチャンコと褌。火柱と、舞い落ちる火の粉の下、鉢巻を巻いて笑顔で踊り練り歩く。

 3本6本二桁になっても火点けは終わらない。緋色の柱と火の粉、緋色に照らされている煙の下で法螺貝が、太鼓、笛が掻き鳴らされ、百に及ぼうかとする手筒花火が舞い踊る。視界の殆どが緋色の世界になってしまった。


 ハラハラと風向きのせいか、舞い上がって冷えた鉄粉が落ちてくるなか、あんぐりと口を開けて見ていた茉琳が


「すごいね」


 って呟いているけど、翔には火柱が立つ音が大き過ぎて、上手く聞こえていなかった。 


「なんだって? 音が凄過ぎて聞こえない」


 茉琳が、話しかけようとして翔に顔を向けようと後ろに向いたところ。


   ズドンッ


 頬が叩かれて、頭に響く大音場。火薬の詰めにムラがあったり、筒の中の火止めが甘いと筒の底が抜けてしまい。爆発してしまう。


   ズドンッ


 間を置かずにもう一発、爆ぜた。

翔は顔を叩かれるような衝撃を食らった。体から魂でも抜けるかって力だ。


「きゃあ」


 茉琳は叫び、衝撃に押し出されるように翔に抱きつく。

手筒花火がひとつや二つはぜたところで、乱点けは。終わらない。この日1日に使う1,000本近い手筒花火のほとんどを、この時に火をあげる。

 一刻の間、吹き上がっていた火柱も落ち着き、周りは闇に包まれる。どこからか叩かれた拍手が会場一面に鳴り始める。

花火が終わっても茉琳は翔に抱きついたまま、彼の胸に蹲っている。


「いやぁ、すごかったねぇ」


 翔も茉琳の背中に回した手で拍手をしていた。


「茉琳さん、そろそろ体を離してくれますか」


 トントンと背中を叩き、優しく促して行く。だが、


「茉琳さん?、茉琳、まりん!」


 彼女は、声をかけられても、叩かれても反応しなかった。

翔は自ら茉琳の肩を持って、体を離していく。瞼を閉じていてる。整った顔なんだけど、どこかピントのヅレた感じの顔がそこにあった。


「おい、まりん」


 翔は力を込めて強く呼んでみる。

すると茉琳は顔を顰めた。瞼がピクピクと動き出し、静かに開いていく。 


「あっ、あれ翔くん」


(茉琳がいない。私が対応するしかないじゃん)


 そう呼ばれて、翔は眉を顰めて茉琳を凝視する。


「あれ、あれれあれ、あれれ。どこにいる。ふざけなくて、隠れてないでいてよ」


 目を目一杯見開き、何か呟いている。そのうちに茉琳はキョロキョロと頭を左右に振って何かを探し出した。


(茉琳ふざけていないで、出てきなさい。翔くん心配してるんだから。ほらぁほらぁ)


(隠れたってしょうがないでしょ。出てきなさい。茉琳、ねぇ、茉琳)

(本気でいないみたいだ。……あれっ頭から紐見たいのが出てる。前に病院でも見たやつだ


「翔くん、ごめん。大事なものを、どっかにやってしまったようだ。一緒に探してもらえるか?」

「おい、いきなり気を失って、目が覚めたと思ったら、何か変なことを言い出してきるんだけど、大丈夫?」


  (大丈夫じゃないー。茉琳が体から離れてるぅ)


 翔はもう一度、茉琳に詰め寄り問いただした。


「大丈夫だよ。兎に角、一緒に探してぇ」


 逆に翔が茉琳に顔を近づけ、詰められ懇願された。


   (頼めるの翔くんしかいないの。お願い)


「おっおう」


 あまりの剣幕に押されて、翔は曖昧に答えるしかできなかった。茉琳はニコリと笑うと目線を上に向けて虚空を見だす。


   (紐が、なんか外に向かって棚びいてる。あれの先にいるんじゃないかい)


「見えた! こっち?」


 何かを見つけたらしく茉琳は翔の腕を抱き寄せ、会場をでて行こうとしていた。


「茉琳、そっちいくと会場から出ちゃうけど良いのか? 会場中にあるんじゃないのか?」

「いいの、兎に角、こっちなんだから、一緒に探して、翔くん」


   (ああっ自分の生身の体で翔と、こんな風にしたかったなぁ)


 今、茉琳を動かしているのは、松本茉莉という、翔と同い年だった女の子。脳腫瘍で、すでに亡くなっているのだが、ひょんな出会いで茉琳の体に同居している。


 茉琳は翔にの腕に抱きついたまま、引っ張っていく。会場を出て、帰り道となる下り坂を降りていった。通路の半分は、同一方向へ流れていく。

 ところどころ、火花の焦げ跡が残る鉢巻とチャンチャンコを来た男たちが出し終えた手筒を肩にかけて、坂を降りていく。一般の観客も混じっているし、道の反対側の坂を登る観客たち、家族連れ、カップルもいる。


「茉琳、ちょっと待てったら。こんな下り坂でそんなに急ぐと転ぶよ」


    (紐が見える。こっちこっち)


 茉琳が、周りにお構いなく坂を降りていくものだから、翔の方が根を上げた。

 しかし茉琳はズンズンと下に降りていく。とうとう、坂下にある鳥居を抜けてしまう。坂が終わった先は駐車場になっていて10点ほどの屋台が並んでいる。

 茉琳は、その中のある店舗の上方を見て、


    (いたぁ、あんなとこに浮いてゆぅー)


「いた」


   ゼェー、ゼェー


 翔は茉琳に無理矢理引き摺られ、息も絶え絶えになっていた。


「……茉琳、探していたの見つかったのか。いったい何を探してたの?」


   (あれは、広島焼きの屋台のとこだ。食い意地の張ってぇ。欲しそうに見下ろしてるんじゃないよぉ〜)


 しかし、茉琳はそれさえ無視をした。


「お願い、翔。指を組んで腰の前で構えてくれる」


 茉琳はバレーボールのレシーブみたいな格好をして見本を抜ける見せる。


「お前、こんな往来で何を……」

「いいからやって」

「はつ、はい」


 茉琳のいつにない剣幕に押されて、翔は言われた通りにしている。


   タッタッタッ


 茉琳は往来の中で翔から少し離れて距離をとった。


「じゃあ。そっちにいくから、私を上に投げてぇ」

「えぇっー、投げてぇじゃない。もっと説明をー」


 翔が全て言い切る前に茉琳は走り出し、飛び込んできた。足を振り出し、翔の組んだ手にサンダルを乗せてかがみ込むと、一気に伸び上がった。


「お願い上に…」


 翔は、目一杯の力で腕を振り上げる。肩や肘が引っ張られて痛い。腰は2人分の体重に負けて悲鳴を上げている。

 茉琳が飛んだ。往来の人たちが並ぶ頭より、腕ひとつ分は高く舞い上がっている。


「届いた!」


   (ヴァカ茉琳何やってるの? 指しゃぶってえ。物欲しそうに)


 空中で何かを胸に抱え込むような仕草を茉琳はした。


   (はい、後はあんただよ)


そのまま自由落下をする。建物の2回相当のところから落ちるんだから、恐怖感も半端ないはず。


「きゃああああっー。カッかけルゥー受け止めてえー」


 茉琳を上に投げたままの両手を振り上げたままの格好をしている翔の胸に彼女が落ちてきた。

 まずは、膝が腹にはいる。すぐさま、上を向いていた顔面に柔らかく重たいものがあたる。

 茉琳のバストに頭から叩かれた形になって、翔は崩れ落ちた。

 茉琳を抱き寄せるようになったので、丁度クッション代わりとなり彼女は怪我をした形跡はない。

 倒れた翔の顔はブラカップの硬い生地とその下の柔らかい感触に埋もれてしまい、息ができなくなったようだ。しばらく踠いていたが翔は、意識を失った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翔は、店先の縁台に寝かされていた。茉琳はしゃがみ込んで翔の顔をじっと凝視している。


「翔さんの具合はどうですか? 茉琳さん」


 側から声をかけられて、茉琳は翔から目を離して、声をした方に顔を向ける。

 白い生地に西洋朝顔のヘブンリーブルーが染められた浴衣を着た和風美人が、心配そうに覗き込んでいる。


「目を覚さないし、どうしよう?」

「遠目に見えたのですが頭は打っていないようですね」


 彼女は、茉琳に顔をむけてにっこりと笑う。


「見てましてよ。茉琳さんの豊満な下乳で翔さんをノックアウトしていましたの。まさしく悩殺ですね」


   (あんたの胸は、やっぱり凶器じゃないの)


「やめてなシー、そんな殺すなんてしてないえー」


 そんな会話をしていると、翔は身じろぎをする。瞼が少し開く。


「ウゥッ」


「翔! 起きたえっ」


 茉琳は、翔の両肩を持つと力に任せて揺すってしまった。


「ちよっ、えぇって、あひっ、おぅ」

「茉琳さんだめぇ! そんなにゆすっちゃ。」


   (そう、ダメダメぇ。頭、そんな揺さぶっちゃだめだよー)


 浴衣美人は、そのお連れさんとで茉琳を羽交締めにして押さえていく。


「翔! 死んじゃう。死んじゃダメェ、マリ1人にしないて でえっ」

「落ち着いて茉琳さん。揺するほうがいけなくてよ。落ち着きなさい」。


   フー、フー、フーッ


 取り乱しているまりんは、なかなか治らない


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「起き抜けに揺すられたのかが効いたねえ。頭がグァンぐしてるよ」  


 縁台へ腰掛け、頭を手でさすりながら、翔は話している。


「ごめんなしぃー。堪忍えぇ、堪忍えぇ」


 茉琳は翔に寄り添い、彼の膝に手を置いて顔を覗き込み、只々謝っている。


「そういえば、茉琳」

「えっなになに?」

「大事なものは、見つかったの?」

「なんの話ぇ」


   (あんたが幽体離脱してる時に翔に探し物あるって口実にして、一緒に来てもらったんだよ)


 茉琳は、しばらく目を泳がせていた。顳顬に指を当てたり、目を見開いたり、ポンと手を叩いたり、と一人芝居しているようであった。


「あっそうそう、物凄く大事なものが風に飛ばされて、飛んでっちゃったりしたのね」


 頬に指先を当てて、上目遣いで台本読み見たく茉琳は単調に説明をする。


「翔が手伝ってくれたから、うまく捕まえられたの。ありがと」


 翔の顔に茉琳も顔を近づけて、


   (おい、まさか?)

 

 頬に


   ♡


「うっ、うわぁ」


   (ダメェ、翔を変に誘惑するなぁ)


 顔を真っ赤にして、両手をばたつかせて、翔は恥ずかしがっている。


「茉琳さん、可愛い」


 浴衣美人に褒められて、茉琳も破顔した。


「えへっ」


   (えへっじゃないよ。全く)


 すると、


   バシュツ。ヒュー。


 昇竜、小鳴付。


 光るものが空へうぢ出された。


   ドオーン。パチパチパチパチ。


 芯あり菊先一発、小割付


 山の上の会場で打ち上げ花火が始まった。


「坂下でも、結構見えるんだぁ」

「こっちの花火も良いなしー」


 茉琳は翔の腕に抱きついて、翔と花火を見た。


「うん、一緒はいいね」


  (せっかくの命なんだ。1人で辞めるなんて言うなよ。私もいるし翔だっているんだから)


「なんか言ったぁ」

「なんでもないよぉ」


 力を込めて翔の腕を抱えなおして、茉琳は彼に寄り添った。

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