第3話 下
お姉ちゃんだ。
絶対に夢だ。こんな都合のいいことが起きるわけがない。
もうこの世にいないお姉ちゃんに謝罪をして、楽になりたいという、自分勝手な私が生み出した幻想だ。
「紗希だ!大きくなったね!」
そう言うお姉ちゃんは、あの日のままの背丈と服装だった。
雨遊びの為の雨具。
もっと、可愛いお洋服が似合う可愛い子なのに。
「あ、仕事しながらのおしゃべりで良い?」
「仕事?」
7歳の子が仕事?
お姉ちゃんは、石を積み上げる。2つ積み上げたところで、変な化け物が現れた。
ゲームとかで見たことがある。小鬼だ。
その小鬼がせっかく積み上げた石を蹴りつけた。
石は飛んでいって、つまらない「カチッ」という音をたてた。
「ちょっと!」
こんな小さな子をイジメて何が楽しいんだ。一言言ってやろうとするが、もう小鬼はいなかった。
お姉ちゃんは気にする様子もなく、石を積む作業に戻る。
また、二つ積み上げる。
すると、再び小鬼が現れて石を蹴って消えた。
「……賽の河原?」
聞いたことがある。
子供は、親より先に死ぬと問答無用で地獄に落ちて、石を積み上げる度に鬼に崩れさせる工程を繰り返すことになると。
「お姉ちゃん、仕事ってこれ?」
「うん!後3時間やるんだ!」
は?
3時間?子供に何の発展性もない工程を3時間やらせるのか?
「9時間経ったからね」
「……」
足し算。
とっくに習った単純な計算をしなくなかった。
そうか。
あの後、お姉ちゃんは地獄に落ちたのか。
気づいたら、小鬼が側にいた。
石を蹴ろうとしている。
私のお姉ちゃんが積み上げた石と心を砕こうとしている。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
考えるより先に、身体が動き、小鬼に殴りかかる。
「親より先に死んだだけで、なんでこんなことになるんだ!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!」
私は、仏教に詳しくない。
日本は無宗教が多い珍しい先進国だ。
だから、深い意味をこの工程に見出せない。
小鬼は意外と弱かった。
鬼と言えど、本気の殺意の人間を簡単に倒せるわけではないらしい。
顔面をひたすら殴る。
殴る。殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
あの日の私を、殴る。
「紗希、いいよ。そういうルールなんだよ」
優しい声に我に帰る。
小鬼はすっかりノびている。
何が鬼だ。大したことないな。
「大きくなっても、紗希優しいね。私の為に怒ってくれてありがとうね」
「……あぁぇ」
違うの。
私は、お姉ちゃんにお礼を言ってもらえる人間じゃないの。
「もう、お別れだね」
気づけば、私の身体が消えていく。
直感で分かる。
現世に戻るんだ。
もう、ここで言うしかない。
「お姉ちゃん!!!」
過去一の大声が出る。
「ありがとう!!!」
やっぱり、謝罪をするのは傲慢だ。
謝罪をして救われるのは、いつだって加害者側だ。
たった3文字の言葉を言うだけで救われようなんて、許さない。
私が、許さない。
一生、この罪を抱えて生きていく。
「うん!ありがとうね!」
何もしていない私にお礼を言うお姉ちゃんは、やっぱり可愛かった。
成長したら、すごい美人さんになったに違いない素敵な笑顔を記憶に刻み込んだ。
\
「紗希!起きなさい!今日から新学期でしょ!」
お母さんが声で目が覚める。
きちんと起きて、朝食を食べて歯を磨く。
いつになくテキパキと動く私に、お母さんが関心したように言う。
「今日は調子良さそうじゃない」
「うん」
これからは、2人分の人生を生きるって決めたから。
8月32日 ガビ @adatitosimamura
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