第21話 私、もしかして仏師に向いてる?
「ふんふーん、ふふふん、ふふふーんふん……」
鼻歌を歌いながら、セラフィータは
木屑がしゅるっと丸まって椅子の下に落ちるが、セラフィータは気にしない。あとで纏めて処分をするとして、今は
「なんて言うか、手際がいいよね。怪我しないようになんて口を挟む余地もないし」
夕食を終え、寝前酒とばかりに果実酒のジョッキを傾けながら、ルークが感心したような吐息を零す。
「まぁね。なんか木工は私得意なのよ。なんて言うのかな、動線が見えるのよね。ここに
ルークと話しながらも、セラフィータの手は片時も留ることはない。
まさに仏師が木材の中に仏の姿を見るかのように、滑らかにソケット部を削り出していく。
「木材と相性がいいならいずれは魔木に挑戦してみてもいいかもしれないね」
横でセラフィータの作業を飽きもせず見守っているルークにそう言われて、セラフィータは軽く頷いた。
そうだ、この神樹の森には木の魔物というのも存在しているらしい、と。
「神樹の配下、ってワケではないのよね?」
領域支配者である神樹もまた木の魔物、と言われているためそこがセラフィータには不安だったが、
「今のところ神樹が反応する魔木ってのは観測されてないよ」
そこは問題ないとルークが保証してくれて、そう言われると俄然興味が出てこなくもない。
魔木、つまり木の魔物の死骸と考えるとすこしうーんと思ってしまうが、それを言ったら革製品も全て動物の死骸だ。深くは考えないことにする。
「魔木も色々あるから――そういえば少しだけなら木材があったかも」
やおら席を立ったルークが木箱の底をごそごそと漁って、「あ、あったあった」そこから薪程度の太さの丸太を取り出してヒョイと投げる。
放物線を描いた丸太は華麗にダナンの尻尾に空中キャッチされて、
「ありがとうダナン」
「グァウ」
一緒に何かをしたくてたまらないらしいダナンにお礼を言って、セラフィータは目の前に差し出された丸太をヒョイと尻尾のとぐろから引っこ抜く。
「これが魔木……普通の木材に見えるけど」
加工中の
重さと堅さは
『mi------,mi-----』
「ん?」
今なんか変な音がした、とセラフィータはダナン、そして傍に戻ってきたルークの顔を見るが、
「?」
「どうかしたかい? セラ」
ダナンもルークも怪訝そうにセラフィータを見つめてくるということは、もしかして聞こえていないのだろうか。
『mu-----』
「いや、この木から音がね? 聞こえてくるんだけど」
「……聞こえるか? ダナン」
「グォン」
ダナンが首を横に振る様と、そしてルークの反応からして両者には聞こえていないようだ。
「……死んでる、のよね?」
不安になったセラフィータは思わず両手で丸太をギュッと握りしめてしまうが、
「……はい?」
「うおっ?」
「ギャウ!」
セラフィータの手の中で、魔木がギュッと握りつぶされ、あたかも砂時計のようにくびれてしまう。
びっくりしたセラフィータが魔木を手放すと、それはまるで何事もなかったかのように再び元の形状に戻って、ころころと床に転がった。
「……」「……」「……」
三人は最早声もなくずずいっと身を寄せ合って、怖気が走った顔を見合わせる。
「俺が持っても別に反応はしなかったけど……ダナンもだよな?」
「グァウ」
ルークの手の内でもダナンの尾に絡め取られても、魔木は一切反応を示さなかった。
それがセラフィータの手の中にあるときのみ、まるで生きているかのように収縮した。
「あれ、どういう魔木なの? ルーク」
「魔木としては基本的だね。枝を伸ばして獲物を絞め殺し、自分の根元に転がして養分にする。口があったり同化吸収したり溶解液を生成したりするタイプじゃないから危険はないと思うけど……」
ルークが手に取って、魔力を流してみたのだろう。しかし魔木は反応することなく沈黙を保ったままだ。
「やはり駄目か。セラ、もう一回試してみる?」
「うん」
改めてルークから手渡された丸太を手に取ると、
『mu--mu--』
やはりセラフィータの手の中では丸太がぐねりと生き物のように収縮するし、謎の音も聞こえてくる。
「……理屈はさておき、セラフィータが魔木と相性がいいことは分った。おめでとうセラ、研究しがいのありそうな課題じゃないか」
「え?」
「収縮する魔木だよ? 他人にはさておき、これでセラの義足を作れば人の身体のように動かすこともできるかもしれないだろ?」
「あ!?」
そうだ、ルークの言う通りだ。魔力を流せば縮み、手放せば、つまり魔力を流すのを止めれば元通りになる。
これを上手く使えれば、肉体のように動く義体が作れるかもしれないではないか。
「うーん、でも魔木、魔木かぁ……手に入れるの大変よね?」
「魔物だからね。森の中でも中層と呼ばれるところまで行かないと手に入らないかな」
神樹の森は神樹の居る場所を最奥として深層、中層、浅層と同心円状に区分されているのだそうだ。
奥に行けば行くほど魔獣が強いのは当然として、
「素材が手に入らないんじゃどうしようもないわ」
とても太刀打ちできない、と落ち込むセラフィータに、
「だから、先ずはラカンの義足を完成させようか。彼も元は正規騎士団員だからね。脚が動くようになればセラのために一肌ぐらいは脱いでくれると思うよ」
ルークとダナンは現役の騎士なので通常任務があるから、セラに付き合って森の中層に侵攻するには長期休暇を取らねばならない。
だがラカンは既に騎士団を引退しご意見役に納まっているので、ある程度自由に動けるのだそうだ。
「もっとも、俺としてはセラの安全を他の男に任せるのは業腹だ、ということはあえて表明しておくけど……」
そう不満そうにルークは一度顔をしかめたが、
「セラの幸せが最優先だしね。セラの脚が元通り動く可能性を俺の稚気では潰せないしな」
セラフィータの幸せと満足が優先、と言ってくれるルークはやはり、この人と結婚してよかったとセラフィータの胸を温めてくれる。
故に、セラフィータはそっとルークの腰に手を回して、
「ならば、そういう心配を今後しなくてよくなる簡単な方法がありますわ。旦那様」
その顔を夫となった男の胸に埋める。
ルークの思いに返せるものがこれでいいのかは分らない。男性と付き合った経験のないセラフィータはそういう機微には疎いが故に。
だからこれは、どちらかというのセラフィータの我儘だ。
「……いいのかい?」
「ええ、オーガの子でもエルフの子でもドンとこいよ。貴方の子供なら、どの人類種だってきっと私は大事にできるもの」
重い女と言われてもいい。この誠実で優しい男を手放したくはない。
「ただ、優しくしてね?」
「――善処はする」
流石にここで空気は読んだか、「ごゆっくり」とばかりに一度鳴いてダナンが家を出て行ったあとに二人は唇を重ねて――
まあ、その先を語るのは野暮というものだろう。
そうして、数日後に完成した義足を装着したラカンは軽く具合を確かめるように走り回る。
「あの様子なら、気に入って貰えたようだね」
「ええ」
戻ってきたラカンは満足したかのように一度雄叫びを上げて、並び立つカンプフント夫婦を見やる。
しからば、ここが交渉時だ。
「そ、それでですね。義足の更なる改善のために魔木が欲しいというか、その採集のためにラカンさんのお力を借りたいのですが……どうでしょう」
『ああ、構わんよ』
うん? とセラフィータは固まってしまう。今の声はなんだ? また魔木か? と隣を見やったセラフィータは、
「実はラカン、人の言葉を喋れたりする」
『うむ。まぁ発声が結構難しいのであまり好かんがな』
隣で苦笑しているルークは当然知っていたのだろう。セラフィータが尻をつねるとごめんごめんと謝り始めた。
「人語を喋れる魔獣が人語を使うか否かは当人が決めることだから。言わば一種の敬意ってことなんだよ」
だからルークは事前にラカンが人語を話せることをセラフィータには伝えられなかったとのことで、そう説明されれば納得するしかない。
それも第三特別区――いや、魔王国のルールということなのだろうから。
だが、いずれにせよ、
「じゃあ、セラを守ってやってくれるかい? ラカン」
『任せておけ。この義足も改良の余地があるのだろう? であれば俺のためでもあるからな』
セラフィータは元騎士団員という強力な護衛を味方に付けられたわけで、これはこれで良しとしておくべきだろう。
fin(仮)
※最後の方はちょっと端折ってギリギリ6万字! 「嫁入りからのセカンドライフ」中編コンテスト、私なりにお題目に添うよう努力しましたがこれでいいのか? 多分違うような気もするけど書いたので投稿するしかない。後はなるようになるさ。
(それにしても輝竜司様の本コンテストのバナーイラスト、本当に素敵ですね。あれ見たから書き始めたようなものですし……)
神樹の森の魔木義体師 朱衣金甲 @akai_kinkou
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