第20話 趣味全開だったんですね、私も貴方も




「それでは、まずは型を取っていきます」


 勤務時間終了後、セラフィータの研究室――だとちょっと狭いので一階居間に来てもらったラカンの右前脚の、先ずは型取りだ。

 ギプスなどはまだ魔王国には普及してないとのことで、今回は粘土で代用である。


「ではこちらにゆっくり脚を差し込んで下さい」


 粘土の塊にゆっくりラカンに前脚を突き刺し、硬化する粘土ではないのでそのまま慎重に引き抜いて貰い、


「ありがとうございます。では続いてサイズの測定を」


 粘土のくぼみに石粉粘土を流し込んでから、巻尺を手にして、


「ルーク、記録お願い」

「了解」


 脚の長さや太さ、左足の接地面積などを測定、読み上げてはルークに記録してもらう。


「ありがとうございました。これでしばらくはラカンさんのお仕事はございませんので、駐屯所で私から声をかけるまでゆっくりお待ち下さい」


 そうペコリと頭を下げると、ラカンが一度ルークに頷いた後に、のっそりとカンプフント邸を出て夜暗の向こうへと消えていく。


「無口な方ね。ルークから見てどう? ご機嫌とかは」

「悪くはないと思うよ。けっこう期待していると思う」


 そう言われるとホッとする反面、期待に応えられるか不安にもなる。

 駄目でも噛られやしないだろうが、あの大きさの狼に睨まれただけでセラフィータはブルってしまうだろう。


「勢いでお願いしちゃったけど、人の義足しか作ったことのない私に上手くできるかなぁ」

「そうだね、俺たちと違ってベロスネシュカは趾行だし」


 メモを食卓に置いて夕飯の支度を始めたルークがさもあらんと頷いた。

 セラフィータもまた野菜かごからトマトや胡瓜などを手にとって洗い、サラダの準備に取り掛かる。


「趾行、指行。つまり指だけを地面に付けて歩いているのよね」

「うん。むしろ飛竜の方が俺たちに近いかな。飛竜は蹠行だから」


 飛竜は空を飛べる一方、地上を軽快に移動するには向いていないそうで、歩行速度は人と大差ないのだそうだ。


 指先だけで歩く感覚というのはどんなもんなのだろう? とセラフィータは首を捻る。

 幼い頃はダンスの練習で爪先立ちからの華麗な荷重移動なども行なっていたが、それともまた異なるのだろう。そもそも骨格からして違うのだから。


「魔術で何とかするってのは?」


 食卓に夕飯を並べ、向かい合っていただきますと神に祈りを捧げ。

 然る後にシチューをスプーンですくいながら尋ねてくるルークに、セラフィータは残念ながら首を縦に振ることができない。


「私程度の打刻の腕じゃまだまだね。先生ならできるかもだけど」


 聖王国の神詠魔術と異なり、魔王国の刻印魔術は刻印という魔法陣で魔術の内容を決定する仕様である。

 術者は刻印に魔力を流せばいいだけなので、神詠魔術と異なり「魔術の貸与」が可能なのが最大の利点だ。


 だが魔術の性能が打刻者、つまり魔法陣の出来栄えに左右されるのが長所であり欠点でもある。


 そしてセラフィータは残念ながら五年間の学生期間におけるたった後半三年の、しかも一講義としてしか刻印魔術を教わっていない。

 要するにセラフィータの打刻の腕前はまだ、駆け出し魔術師から抜け出せていないのである。


「今から打刻の試行錯誤は――勿論やるけど、ラカンさんの義足は機工でなんとかするしかないわね」


 セラフィータの義足もまた機工と魔術のハイブリッドだ。

 セラフィータは生粋の魔術師ではないので、機工に頼ることに気後れはしない。


 性能優先で、恩師もそれで良いと言ってくれていた。魔術はあくまで目的達成の一手段に過ぎないと。

 すべてを魔術で賄うのはそれはそれで凄いことではあるが、あくまで芸術の域や曲芸の又従兄弟でしかないのだと。


 恩師曰く、魔術で火や水が出せる以上、理論上は腕や足も魔術で構築できるとのことだが……それは恩師にも不可能。それどころか世界最高の刻印魔術師にもまず無理だろうとのことだ。

 刻印魔術は想像力があれば何でも生み出せるような万能の魔術ではない。刻印という設計図があって初めて発動する、極めて理論的な魔術なのだ。


「鍛冶師さんと協力してなんとかするしかないか。ルーク、鍛冶師さんを紹介してくれる?」

「ああ、じゃあ次のお休みにね」

「ありがとう、宜しくね」


 駆け出し刻印魔術師であるセラフィータ一人でできることなどそう多くはない。であれば、使えるものは何でも使うだけだ。




「で、どんな物を作ればいいんだい? お客様」


 作務衣に着替えたルークを前に、セラフィータは呆れたように頭を振った。


「……ルークが森の鍛冶屋だったってわけ」


 あの、なんか普通の暖炉と構造が異なると思っていたあれは、どうやらふいごとセットになった火床であったようだ。


「正確には森の鍛冶屋の弟子だね。嗜み程度だけどかれこれ十五年近くはやってるから、それなりに打つことはできると思うよ」


 道具箱から玉箸や鎚を取り出して、手際よく金床の傍にルークが並べていく。


「ああ、廃熱や鎚の音なら気にしなくて大丈夫だよ。森一番の魔術師に依頼してセラが不快にならないよう完璧に作って貰ったから」

「ははぁ」


 何でも火床から洩れ出る余熱と騒音を即座に吸収し、放出は逆に少しずつしていく分散型排熱散音刻印が床下に組み込まれているとのことで、なんとも凝った造りである。

 この森では趣味がなければ退屈で死んでしまう、というのがルークの説明だったがなるほど。これがルークの趣味ということなんだろう。


――お互い、趣味には手を抜かないってわけね。


 わざわざ研究室を一室構えてくれたり、至れり尽くせりだなぁと思っていたセラフィータだったが、実のところはルークも大概であった、ということのようだ。

 と、いうよりは第三特別区は趣味人が集まって構成されているのでむしろこれが基本、と考えた方が良さそうだ。


「ひとまず私の義足を参考に、板バネ式から始めてみようかと思うんだけど」


 セラフィータが義足を外して手渡すと、ルークは改めて義足の接地部分である、緩やかな弧を描いた金属製の板バネを鋭い目つきで四方八方から検分する。


「これはブルーガーデンの鍛冶師が打ったんだよね。さて、負けてはいられないな」


 火床に火を熾してふいごを操作、紅く燃える石炭に鉄の塊をくべたルークの目は、普段の穏やかなそれと違っていっそ冷たいほどに鋭く絞られている。


――この人、本気だとこういう顔をするのね。


 紅く輻射する鉄を叩き始めたルークをじっと見つめていたセラフィータだったが、やがて自分の行いに気が付いて赤面し、義足を装着し直して立ち上がった。

 ルークが足部を作っているこの間にできることはいっぱいある。


 脚を入れるソケット、義足が落ちないように留める懸垂ベルト。関節の代替となる継手機工、それに打刻。どれを取っても時間のかかる加工だ。

 額に汗して鉄を打つルークと同程度には己も頑張らないと。セラフィータはむんと気合いを入れ直し、ラカンの足形を前に設計図を引き始めた。




「木材か革か。それが問題だ」


 設計図を書き終えたセラフィータはむんと腕を組んで悩む。ソケットの素材としてどちらが向いているだろうか。

 ソケットの中には緩衝材を敷き詰めるのでソケット自体は丈夫さを優先して問題ない。


 木材はすぐ手に入るし加工も簡単だが割れて破損する可能性がある。

 革はワックスで煮固めれば鎧にもなるほど頑丈、かつ木材よりせん断に強いが、手間がかかるし加工も大変だ。


「革だと打刻も大変だろうし、最初は木材でいいんじゃない? 試作一号機が完成形ってわけでもないんだし」

「なるほど、それもそうねってウヒャア!?」


 誰もいない空間イマジナリーフレンドと会話しているつもりだったセラフィータは思わず腰を浮かしかけた。

 目の前にはルークの顔がさも不思議そうに傾げられていて、思わず横を向いたらダナンと目があって二度びっくりだ。


「ル、ルーク。鍛冶仕事は?」

「もうとっくに終わったよ。ひとまず試作一号機」


 はい、と手渡された、セラフィータのそれよりやや細く、しかしやや厚く作られた板バネは、


「むぅ、これに見合うのを作らないといけないのね……」


 セラフィータからしても文句の付けようがない仕上がりだ。既にヤスリもかけ終わっていて、角に触れても鋭さなどどこにもない。

 黒光りする鋼は一見して脚には見えないが、重すぎずしかし柔すぎず、まさに職人の仕事である。


 さもあらん。セラフィータが義足を弄るようになってたったの五年、しかしルークは十五年も趣味で鍛冶を続けてきたのだから。


「焦る必要はないさ、趣味なんだから。ラカンも脚を失ってから久しいしね、急がず慌てず、満足のいく物を作ればいいと思うよ」

「……それもそうね。ありがとうルーク」


 競い合う必要はない。劣等感も要らない。必要なのはラカンが自由に動ける使いやすい脚だ。

 一度セラの肩を叩いて、「水浴びしてくるね」と居間から消えたルークの背中に、感謝の念をこっそり投じる。


「貴方のパートナーは素敵な人ね、ダナン」

「ガァウ」


 そうだろう、とばかりにダナンは頷いて、しかしその後にセラフィータに向けられる期待に満ち満ちた視線の意味は――


――空を飛ぶのは上手いが気まぐれで拗ねやすい


 あぁ、とセラフィータは思い出して、申し訳なさげに頭を下げた。


「ごめんなさい、ダナンが担当する作業は――ちょーっと思いつかないの」

「ガルゥ……」


 ダナンが寂しそうに目を細めるが、こればっかりはどうしようも無いのである。






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