第12話 今日のモーモン②




「師匠今日はどんな修行をするんですか?」


 俺の隣を歩くモーモンが不思議そうに首を傾げて質問してくる。


「それに今日は外じゃないですし、夜なんですね」

「そうだな夜だな」


 そう、モーモンの言った通り俺達は現在いつもの街を歩いていた。しかも真夜中にだ。

 こんな時間に宿屋に戻らないで何をするのか? 決まっている。


「修行するぞモーモン!!」

「し、師匠夜ですし声は抑えてください……」

「あ、ごめん」


 さすが真面目だなモーモンは、……いや俺が非常識なだけか。


「ともかくモーモンお前に言いたいことがある」

「は、はい」

「戦闘面に関してなんだが」

「もぉ?」


 可愛いなおい、ってそうじゃなくて、


「モーモンは戦闘に関してはかなりの才能があるからな、しばらくは修行も良いがもっと大事なことがある」

「もっと大事なことですか?」


 モーモンは分かっていなさそうだが、それはかなり大事でこれをやらなきゃいけないと最近思っていたのだ。


「これからモーモンにある事をやる前にこれを着けて欲しい」


 懐から出したそれを見て、モーモンは首を傾げる。


「これは? 鎖ですか?」

「そうだ。ちなみにモーモンは”ペット”って知ってるか?」

「ペットですか? いえ知りません」

「王都の方では動物を家族の一員として一緒に暮らして餌をやったりトイレの躾とかをするらしいぞ」

「もぉ? 不思議ですね王都では色々な流行り物があるんですね」


 モーモンが言いたいことも分かるぞ。本当に王都ではなんでも流行るからな、流行の最先端だからねあそこ。


「いつか行ってみたいです」

「そうなのか?」


 人が多くて見るものは人くらいしかないけど、まあ見たいなら行けばいいだろう。俺はあんなところに行く気はない。

 田舎者が都会に憧れる感覚と同じだろう。俺も田舎者だから気持ちは分かるぞ。


「ペットって言ってましたがスライムさんは違うんですか?」

「スライムは共に生活してる隣人だから」

「隣人ですか?」

「そう。たとえばそこの水路があるだろ?」


 道の端に行き石で蓋がされた水路の前に立って石を上げてみる。すると、


「ぷるん!?」

「お仕事ごめんな」


 そこには白いスライムが水路にハマるようにおり、石を上げた俺に驚いている。


「え、スライムさん? なんでこんなところにいるんですか?」

「この水路は生活水とかが流れてくるんだが、人が使った後の生活水だから汚いわけだろ? それをスライム達が浄化してくれてんだよ」

「そんなことしてくれてるんですか?」

「他にもあるぞ」


 彼らは水の浄化はもちろん、使った食器の洗浄や街の掃除とかもしてくれている。ペットなんて言い方スライムに失礼だ……って話が逸れに逸れたな。


「とにかくモーモンにはこの鎖と目隠しを着けてもらう」

「もぉ? これを着けて何をするんですか?」


 モーモンから投げかけられた質問に俺はハッキリ応えた。


「そりゃもちろん____夜の散歩だ」



 暗闇の中の街に金属の当たる小さな音が響き渡る。しかし寝静まった街でその音の正体に気付く者はいない。


 俺は鎖を軽く引く。


「おいモーモン遅いぞ」

「そ、そんなこと言ってもこれは……」

「良いのか? このままじゃ朝になって皆に見られちまうぞ?」

「も、もぉぉ……」


 情けない声を上げながらモーモンは四足歩行で進み出す。

 これは決して新手のプレイではなく、モーモンの羞恥心を緩和するための訓練なのだ。その為にはペットに成りきらなければいけない。

 両手と膝を地に付いて歩く。

 因みにだが配慮として手には肘まである長い厚手のグローブ、足にも膝を広範囲に守れるこれまた厚手の補助具を着けているためモーモンが怪我をしないように細心の注意をしている。完璧な配慮だ。


「も、もぉぉ……本当の配慮ならこんな事しませんよぉ……」

「これもまた修行だ修行」


 実に便利な言葉である。

 そして最後にモーモンには目隠しを着けているので、とても犯罪臭がするとだけ伝えておこう。


「……な、なんで目隠しなんて着けているんですか?」


 当然の疑問だろうがその答えは考えている。俺に死角はない。


「これはモーモンの精神力を鍛える修行なわけだがどうする? モーモンこの夜に突然人にその姿を見られたら耐えられるか?」

「え? い、いえ……多分恥ずかしくて死んでしまいます……」

「だろ? だからその目隠しがあれば見られても見た相手と目が合うわけじゃないからな。大丈夫ってわけだよ」

「……? ちょっとよく分からないんですけど……」


 奇遇だな俺もだよ。俺何言ってんだ? 頭おかしいのかな?




 あ、おかしいのか。


「ともかくモーモンこれも修行だから頑張るぞ! モーモンならできるって!」

「もぉぉ……分かりましたぁぁ……」


 と言ったところで時間は深夜、何か起きるわけもなく修行の名を借りた変態的散歩は続く。王都ならともかくここは田舎な方なのだ。歓楽街もなければ、冒険者の集まりやすい土地柄なのもあって皆明日の依頼の為に早く寝るか酒場で飲んでいるだろう。

 

 結果としてモーモンは誰かに会うかもしれないという緊張感にマゾが刺激され息を荒くしているが、残念なことに俺はただ変態を連れて夜の街を見て回るという暇この上ないことになっていた。


「はぁはぁ……も、もぉぉ……」

「……」


 これは失敗だったかもしれない。

 今考えてみれば時間が深夜なのもあってか人はいないのだから、これはただモーモンのマゾを刺激しただけに過ぎないというわけだ。

 

 つまり結論から言おう。


「俺……あんまり楽しくないじゃん……」

「もぉ? どうしました師匠?」

「うんや、こっちの話」


 目隠しをしながらではあるが困り眉でコチラを向くモーモンの鎖を引いて再び進む。

 にしても暇だ。これはもはや本当にただの散歩、犬や猫の代わりに牛娘を連れているだけだ。


 これはいつまで続けなければいけないのだろうか? 


「ん?」


 そんなことを考えていた時、前方から人の気配がした。


「どどど、どうしました師匠!?」

「誰か来る」

「もぉ!?」

「モーモン狼狽えるなよ。変に恥ずかしがるからいけないんだ。日常的にいつもやってることですけど何か? みたいに平然としてるんだぞ」

「そんなこと言っても……」

「来るぞ!」


 ゆっくり近付いて来た人の顔がようやく露わになる。それは俺のよく知っている人物で、


『ジョニー? なんでここに?』


 誰かと思ったらジョニーの酒場のオーナーで筋骨隆々なゴツいおっさんのジョニーがいた。彼も彼で俺の存在を知ると同時に隣で四つん這いになっているモーモンに気付いてジョニーは俺に近付き、


「クズーヤ良い趣味してるな」


 小声でそう告げると漢らしい太くて逞しい腕を俺に向け親指を立ててグッドサインをしてくれるジョニー、さすがジョニーだ。もう既にこの状況を把握しているとはお前は本当に大した漢だよ。


「俺にも協力させてくれ」

「え?」


 ジョニー? お前は何をすると言うんだ?


 突然ジョニーは喉に手を置いて何かを確認するような仕草を見てると声を発した。


「あれぇ〜? クズーヤさんじゃないですかぁ〜?」

「なっ!?」

「どうしたんですかぁ〜? こんな夜中にぃ〜」


 こ、コイツ!? こんな違和感のない女声が出せるのか!? すげぇよ! さすがだぜジョニー!!

 でも待って? こんな可愛い声がこんなゴツいおっさんからしてるって新手のグロなのではないだろうか……? モーモンは目隠しで見えないから良いけど俺は違うのよな。俺にはバッチリおっさんから女の子の声がするという恐怖映像が流れているわけで……


 そう考えると気持ち悪くなって来た。


「オェ……」

「ん〜? どうしたんですかぁ〜?」

「あ、いやなんでもないぞ。えーと……」

「もぉ〜忘れちゃったんですかぁ〜? 私ですぅジョニファーですよぉ〜」

「ジョ____!?」


 笑うな俺、笑うな!!!


「あ、あージョニファーか、いや実はちょっと夜にペットの散歩をしててな」


 モーモンに目を向けるとビクリと身体を震わせている。さすがのマゾでも声を出せない程に焦っているのだろう。


「えぇ〜? そんな子なんて捨てて私と遊びましょうよぉ〜」

「もぉ!?」


 あ、モーモンがショック受けてる。俺もショック受けてるからね? 俺は直接おっさんから言われているんだからね? 拷問だよ?


「クズーヤさぁぁん♡ 一緒に宿屋いきましょ♡」


 え、ジョニー殺すぞ?

 ヤバいから胃液が込み上げて来るからやめて? 初めてS級冒険者の本気見せますわよ?


「わ、悪いなジョニファー……俺今はこのモーモンに夢中なんだ」

「えぇ〜ん〜分かりましたぁ〜……でもその子に飽きたら言ってくださいねぇ? いつでも待ってますから♡ ちゅ♡」

「殺____あ、うんまたな」


 危なかった……危うく腰の剣に手を伸ばすところだったわ。もぉ〜勘弁してよねぇ〜?(ブチギレ)


 華麗に去って行くジョニーは手を空に向けておそらく俺の今後に敬意を払っている。

 俺は忘れないよ、お前のヤバい特技を……


「とりあえず行こうかモーモン」

「も、もぉぉ……♡」


 こうして足がガクガクになったモーモンを連れて夜の街で散歩を続けるのであった。



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人間に飽きた俺は異種族を弄びたい 瑞柿けろ @KeroN0518

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