終末の続き
紫陽花
終末の続き
プロットの七割を消化。これからクライマックスの章に入る。
ストーリーは完璧に頭に入っているし、なんならどのシーンも脳内再生は余裕だ。あとはそれを、文章に書き起こすだけ。
貴種流離譚。最後は王子が勝利を収めて、姫君を迎えるハッピーエンド。王道中の王道。今からラストシーンを書くのが楽しみだ。
いや、書いている間、ずっと楽しかった。自分の頭の中で広がる世界を、文字にして綴る。世界を創る。こんな楽しみ、誰もが味わえるわけではない。
俺が書いているのは、初めての長編小説だ。しかも、投稿サイトではそれなりの評価を得ている。日間のランキングに乗るか乗らないかという微妙なところだけど、満足はしていない。
ネットの創作論を斜め読みして、自分なりに小説を書き続けてきたけど、でも、満足はしていない。
何度も推敲して、何十回も読み返して、投稿ボタンを押す直前に、もう一度読み返す。
でも、まだまだ満足はしていない。
何故なら、完結していないから。
短編はいくつか書いた事があるし、そのいずれも気に入っている。どれも綺麗な終わり方をさせてきた。少なくとも、最初の読者である俺にとっては、どの作品のラストシーンも最高だ。何度読み返しても、心が震える。
自分の、自分による、自分の為の小説。
自己満足の塊。
創作は素晴らしい。
それは、世界を創る事と完全に同義だ。
全てのキャラクターは俺の中にいて、ここではないどこかの世界で生きている。
星が降る荒野も、竜が泳ぐ溶岩の海も、機械の身体で働き続ける地獄も、戦車が花畑を踏みにじる未来も、全て俺が生み出して、俺が綴った世界だ。
俺は、神だ。
「なんだお前、この期に及んで、まだそんなくだらねーコトやってんのか」
「くらだねー言うな。これは、俺が唯一、他人に自慢できる趣味なんだよ」
PCに向かって一心不乱にキーボードを叩いていた俺の後ろから、さっきまで出かけていた同居人が声をかけてきた。コンビニ袋に入れたビールを大量に持っている。
そいつは俺と一緒で、大学を出ても定職に就かず、バイトの延長で夜の仕事をやっている悪友である。お互い、金の無い時に始めた同居だが、数年が経過しても、生活に変化の無い者同士だ。そして、金も無い、女も無いという似た者同士でもあった。
「ネットに投稿してチヤホヤされるのが、そんなに自慢できるかね」
「チヤホヤされてる時点で自慢できるんだよ!」
「うっわ、自分でチヤホヤされてるって言い切ったよ。だいたい、今からアップしたって、読む奴なんかいねーだろ」
「いいんだよ、自己満足なんだから。ブックマークも結構ついているから、PVが1でもつけば十分だ」
「こんな状況になっても?」
そう言って、悪友は窓の外に見える空を指さした。
つられて、俺は悪友の指先から空を見上げる。
「……昨日よりデカく見えるな」
「そりゃ、こっちに向かって来てるからな」
「核ミサイルをぶっ放すとかって話、どうなったんだっけ?」
「先週やったよ。ニュースも見てねーのか。……あんだけ期待させといて、終わりが三日伸びただけだってよ」
「……なら、あと一話は書けるな」
「お前……、ポジティブシンキングにもほどがあるだろ。他にやりてーコトはねーのかよ。女とヤリまくるとか、バイクでどこまでも走っていくとか、自暴自棄になって人を殺しまくるとか」
「なんでそんなつまんねーコトしなきゃならんのよ。お前だって好きな事してりゃいーじゃねーの」
俺はテレビを点けた。最後を前にして、どこも普通の番組はやっておらず、どこぞの国で暴動が激しくなったとか、宗教団体が神の国の到来を説いて集団自殺をしたとか、ひたすら絶望的な報道ばかりだ。
どのチャンネルを回しても、気が滅入る放送ばかりである。
「うお! すげえ! テレビ東京だけはアニメやってるぞ!」
「さすがオレたちのテレビ東京だな。シビレもあこがれもしないけど。……いや、カッコいいかな」
「とまあ、どいつもこいつも好きな事やってるのよ。後先考えなくていいってのは、ある意味で幸せだな。でもって俺は、俺の幸せを楽しんでるのよ。お前も好きな事、すればいいじゃん。好きなヤツに告白して、最後なんだからって言えば、即オーケー貰ってヤれるかもよ。手当たり次第に口説いたら、もしかして入れ食いかもな」
「好きなヤツ、ね……」
そう言って、悪友は少し寂し気に笑うと、コンビニ袋からビールを二本取り出した。俺の前に一本置いて、自分はさっさと飲み始める。
「俺がお前の事を好きだって言ったら、どーする?」
「ああん?」
俺は推敲中のディスプレイから悪友に目を向けた。笑っているように見えるが、冗談を言っているようには見えない。
「好きだ」
「……マジで?」
「大マジだ」
同居して数年になるが、悪友には彼女がいた事もあるし、この部屋に連れ込んでヤっている現場に鉢合わせた事もある。
その悪友が、俺をそういう目で見ているとは思わなかった。
「あー、嬉しくないって言えば、ウソになるけど……、まいったな……」
「ヤらせてくれるんじゃないのか?」
「ヤらせるか、バカ! ……ってのが普通の反応なんだろうけど、正直に言うと、『ネタになる』って思ってしまった……」
「……ネタ?」
「BLに興味はあるから、時間があるんなら体験しても良いかなって、……告白してきた相手に対してヒデー事を考えてしまったよ。悪いな」
「んんん? 条件付きでオーケーって事か? 身体だけでも?」
「そういう事なんだが……、すまん、お前の相手をしている時間は無いんだ」
「小説を書いているからか……」
「ああ。今が本当に良い処なんだ。王子の旅の全てに意味があって、出会いの全てが王子の力になる。序盤の雑魚が美味しい役回りで王子のピンチを助けるシーンなんか、書く前から涙が出てくる。早く書きたい」
俺はすまなそうに言ったつもりだが、悪友が受け入れるかどうかは分からない。最後を前にしたとはいえ、俺に告白したのは勇気が必要だっただろうに。
だが、悪友は結末が分かっていたみたいな、サッパリした顔をして言った。
「そうか。まあ、しゃーねーな。伏線も無かったワケだし」
「ぶっ! はっははは! そうだな、伏線や仕込みは大事だ。分かってるじゃん」
「まーな。お前の小説、オレも読んでるからな」
「マジか……。さっきくだらねーとか言ってなかったか?」
「ワリーな、言葉のアヤだ。オレがお前の一番になるために、ライバルを蹴落としたかったんだよ」
「俺は神様だぜ。神様が自分の世界を見捨てるもんか」
「……この世界の神様は何してるんだろうな」
悪友は、空を見上げて呟いた。
本当に。こんな酷いバッドエンドじゃ、読者は二度と、その
俺の作品は、そんなバッドエンドにはならない。物語はハッピーエンドであるべきだ。
同居人の突然の告白には驚いたし、素直に嬉しいと思うけど、俺は悪友の想いを断ち切ってディスプレイに向かった。今は、俺の世界を救うべきだ。
「さて、本当に時間が無いんだ。悪いけど、お前の愛は来世の俺に注いでくれ」
「間に合うのか?」
「……正直、無理だ。だけど、もしかしたら奇跡が起きて、いつも通りの明日が続く事になるかもしれない。そうなった時、書き続けていなかったら後悔する。絶対に」
「分かったよ。じゃあ、時間のかからない方法で頼むわ」
「ああん?」
不審げに振り向いた時、悪友の顔が驚くほど近くにあった。普段の生活では一度も見た事のない光を湛えた瞳が、俺を見つめている。
悪友の求めるところを悟った俺は、少し顎を上げて目を瞑った。
唇に、温かいものが触れてくる。
舌は入ってこなかった。
唇が触れ合うだけの、優しいキス。
「続きは、また今度な」
「ああ。この作品が完成したら、続きをしよう」
この約束は、多分果たされないだろう。
世界中で、似たような約束が交わされているはず。
何億組の約束が重ねられても、未来はもう来ない。
それでも、俺は恋人未満となった同居人と約束を交わした。
そして、これからアップする小説にも一つの約束を埋め込んだ。
読む人がいるかどうかも分からない小説だけど、いつか「了」の文字を打ち込む事を夢見て。
俺は、推敲の終わった章の最後に打ち込んだ。
続く
終末の続き 紫陽花 @joe_k
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