第16話 さすがわたくしの妹ですわね

 神指先生の見る目が変わりましたわ。わたくしが感銘を受けていると、真珠美お姉様に悲しい事実がもたらされました。


「残念ながら、女子野球部のユニフォームは決まっていないよ。ユニフォームの話をするように言ったのに、誰かさんは伝達してくれないのだもの」

「まぁ。どなたが私の願望の邪魔をしたのですか?」

「さてね」


 はぐらかす神指先生に、背筋から汗が噴き出てきましたわ。


「悪いのはわたくしです。部費の話は叶愛さんに伝えたのですが、ユニフォームの件は忘れていましたわ。申し訳ありません、真珠美お姉様。すぐにご希望通りのものを用意させます」


 わたくしは有喜良の袖に触れました。


「部活に参りますわよ。有喜良、いつまで呆けているつもりですの?」

「最高の気分に浸っていただけだ。行こうか、第三アリーナへ。神指先生、真珠美姉さん、失礼いたします」


 わたくしは二人の部員とともに職員室を後にしました。


「あ。もう一つ、言い忘れていたことがあったことを思い出したのだけど……残念だなぁ。彼女達はもう、行ってしまったようだねぇ。追いかけて伝えなくても、すぐに分かることか。七番目の部員が、有喜良さんでもなかったことは」



 ⚾️⚾︎⚾︎



 ベンチに荷物を置いたときには、練習が始まる三十分前になっていました。ウォーミングアップをする時分と思われたのですが、誰一人としてグラウンドの走り込みをしていませんでした。内野の人口芝に敷いたマットで横になっている人は、香と莉央でしょうか。衣紗は更衣室に行くところを遭遇しましたもの。


 わたくしと有喜良が顔を見合わせていると、ベンチ裏から叶愛さんとこころが走ってきました。


 サプライズで入部を祝ってくださいますのね。


「お姉様、大変です。香お姉様が、おぉんとも返事をしてくださらないんです!」

「うんともすんともではなく、おぉんとおっしゃるところに、野球ファンらしさを感じさせられますわね。叶愛さんはピヨピヨズファンですのに、知見が広いですわ……」


 香の意識が途絶えたとすれば、配慮のないネタバレをされたか、推しの命が危ぶまれたかの二択ですわ。五月になろうとしていますが、二十八度を越えていない時期に熱中症で倒れる可能性は考えられません。


「香おねーさまぁっ! もう少しの辛抱です! 冷やしタオルを作って来ましたよ!」

「私はスポーツドリンクを用意したのです。口を開けてほしいのです」


 香に駆け寄って蘇生を試みる妹達に、わたくしは胸を打たれました。


「香さん、莉央さん、目を覚ましてくださいませ」


 叶愛さんとこころを追いかけようとしたわたくしの背後で、本人の声が聞こえました。


「莉央は平熱。第三アリーナまでの道で力尽きることはない。さっきまで、莉央はロボット達の調整をしていた。藍奈お姉様から、ゴールデングラブ賞並の鉄壁守備までは求めていないと注文されたから」

「ここなら思う存分、市場に出していない試作品をテストできますもの。せっかくですから莉央さんにとっても、わたくし達にとっても、よい影響を生み出すような機会にしていただきたいですわ」

「ん」


 両手を握りしめた莉央を、思わず撫でたくなります。伸ばそうとした手は、香のそばにいた人物を思い出して固まりました。


「あちらにいるのは、莉央さんではないのですよね……? でしたら、どちら様ですの?」


 再び膨れ上がる学校の怪談疑惑に、頬が引きつりそうになります。


「藍奈さんは、私の妹にお会いしたことはありませんでしたか? 神指先生が昨日のうちに入部させていたみたいなんですの。高校でも、ほとんどの授業で熟睡されているため、体を動かしてまっとうな生活を送らせたいとのことでしたわ。私としては、桜さんの寝顔の尊さに釣られて眠るのも悪くないと思いますが」

「どこに悪くないと思う要素がありまして? 甘やかしては、桜さんがご自分の力だけで生活することができなくなってしまいますわよ」

「藍奈お姉様に同意するのです」

「こころに買わせたスポーツドリンク、きちんと支払ってあげてくださいね」


 妹達が辛辣になりましたわと、香は涙目になりました。


 それにしても内野で寝転ぶような劣等生を勧誘するだなんて、神指先生も王道のストーリーに感化されましたの? 不良生徒を野球部に入れて更生させる漫画がありましたわね。


 わたくしが眉をひそめていると、白雪姫が目覚めます。伸びをするより先に正座をしたのでした。


「藍奈お姉様であらせられますか。いつぞやの朝はお気遣いの言葉をくださり、ありがとうございました。二条桜と申します。以後、お見知り置きを」


 華道を嗜んでおられるのでしょうね。グラウンドが畳に変わったのかと錯覚させられる所作でしたわ。


 わたくしは桜やほかの部員に挨拶をした後で、最も片づけなければいけない議題を口にしました。


「叶愛さん、女子野球部のユニフォームは作られますわよね? 今、集っているメンバーは九人。ユニフォームを作るには申し分のない機会ですわよ」

「いつか聞こうと思っていたんすよ! 練習着やユニフォームは、うちが承りたいっす!」


 わたくしは納得しました。


「衣紗さんのご実家は、株式会社ユウイを営んでいましたわね。ユウイは学生服のイメージが強いですけれど、部活のユニフォームも取り扱っていますの?」

「もちろんっすよ! 事務服、作業着、介護制服、医療白衣、何でもご提供できるっす! 具体的なデザインが決まっていなくても、できる限りご要望に寄り添うっすよ! 叶愛ちゃんは、どんなユニフォームのデザインにしたいっすか?」

「アイデアはずっと前からできているんです! ようやく私のマル秘ノートをお見せできますね!」


 叶愛さんは、ベンチから一冊のノートを掲げて戻ってきました。満を持して開かれたデザイン画に、衣紗が代表して感想を申し出ました。


「叶愛ちゃん、それはないっす」

「ええぇーーっ! 校舎にある百合のステンドグラスが綺麗なので、ユニフォームの白を際立たせたいと思ったんですよ!」

「茎の緑はまだしも、濃い紫と橙色を加えたトリコロールは目に優しくないっす。頑張って考えてくれたところ悪いですけど、着たいとは思えないっすよ。金青こんじょうのラインと渦模様のエンブレムはどうっすか? 波に乗っていきたいっす!」

「かっこいいのです」

「ピンクとミントの組み合わせは甘すぎるだろうか?」

「あらあらあらあら。素晴らしいインスピレーションですわね」

「私もそう思います。長手様」

「莉中も有喜良お姉様の意見に一票」


 次々と代案が出され、わたくしの鼓動は高鳴りました。叶愛さんのアイデアを少しくらいは残してあげたいですわ。


「ラベンダーとレモンイエローも捨てがたくありませんこと? 桜さんもご意見を聞かせてくださる?」

「すぴゅ」


 わたくしは耳を疑いました。この短時間で眠ってしまわれましたの? 目覚まし代わりに快音を響かせましょうか。


「うぅっ……! 皆様センスが高くて羨ましいです! 衣紗、とりあえず私以外の候補でサンプルを作ってもらえますか?」

「了解であります!」


 嫉妬で泣き出しそうな中、私情を挟まずに判断されるなんて。並大抵の人にはできませんわ。さすがわたくしの妹ですわね。


「今日の練習を始めますわよ。叶愛さん」

「はい! お姉様!」


 いつになったら藍奈お姉様と再び呼んでいただけるのでしょう。わたくしの白球を追いかけてくださる妹に、目が離せませんわ。



《打ち上げろ! 聖ヒルデガルド学園女子野球部  完》

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打ち上げろ! 聖ヒルデガルド学園女子野球部 羽間慧 @hazamakei

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