夜の散歩

雪田 理之 (ゆきた みちゆき)

夜の散歩

 あなたは夜の散歩をしたことはありますか?


 わたしは、高校生のころ、夜にふらっと外を出歩くのが趣味でした。


 あれは、高校3年の秋のこと。

 わたしはいつものように、ふらっと散歩にでかけました。

 夜、10時くらいだったと思います。




 田舎暮らしなので、私の家のまわりはいくつかの民家と田んぼばかりで、夜になると人通りは全く無く、暗い夜道を照らすのは外灯のみでした。


 その日は、なんとなく、近くの山のふもとの神社まで行ってみようと思い、そちらに足を向けました。

 地元の古い小さな神社で、子供の頃に誰かと何回か行ったことがあるところです。



 夜道は、本当に静かでした。

 聞こえるのは、じー、じー、という虫の鳴き声と。

 サンダルを履いたわたしの、ぺた、ぺた、という足音だけ。


 しばらく夜風に吹かれながら歩き、目的の神社の前までたどり着きました。


 ぽつりぽつりとあった道路の外灯は、そこで途絶えていました。

 その先は山奥へ向かう細い道が続いているのですが、真っ暗で何も見えません。



 そういえば、この先に昔、一軒だけ民宿があったんだっけ……。


 何十年も前に廃業し、今は廃墟になっている民宿。

 小学生のころ、その廃墟におばけが出るという噂があったのを思い出しました。

 そういえば、民宿の裏手の崖で足を滑らせ、落ちて亡くなった子がいるという話もありました。


 なんか嫌な方向に来ちゃったな……。


 そう思いつつ、わたしは神社の参道の方へと進みました。


 神社の入り口には、神社の名前が記してありましたが、難しい四字熟語みたいで、わたしには読めませんでした。

 たしか、山の神様の神社だったと思うのですが、詳しいことは分かりません。



 小さな石造りの鳥居の中は暗闇でした。

 足を踏み入れたら戻って来られない異界のような雰囲気をたたえています。


 夜の神社って、こんなにも不気味なんだ……。


 禁忌の領域に踏み込むようで、少し怖くなりました。


 わたしは持っていたスマホのライトをつけ、石畳の参道を照らしました。

 道を照らしてくれる光は、少しだけわたしの不安を和らげてくれました。


 わたしはスマホのライトを頼りに、異様に大きな杉の木が茂った暗い参道を進み、なんとかおやしろの前までたどり着きました。


 とりあえず手を合わせて形だけお参りを済ませ、きびすを返そうとした時。

 


 背後の参道のほうから、ぱきん、と何かが木の枝を踏む音がしました。


 わたしの他に、誰かいるのかな……。



 ……こんな時間に?



 振り返った参道には、誰もいませんでした。


 背筋が冷たくなったわたしは、恐る恐る参道を引き返しました。

 周りの草むらからはときどき、がさがさ、と物音がして、そのたびに身のすくむ思いがしました。

 幸い、誰かに出くわすこともなく、入り口の鳥居まで戻ることができました。


 何だろう……。

 たぬきでもいたのかな。


 ほっと、胸を撫で下ろした、その時でした。



 山奥へ向かう側の真っ暗な道から、

「オォォイ……」

 と声がしました。


 その方角には、民家はありません。

 あるのは、誰もいないはずの、民宿の廃墟だけ……。


 え、なに……?

 今のは、人の声?


 怖くなったわたしは、家の方角へ、足早に道を戻り始めました。



 さっきは気にならなかったものも、なんだか恐ろしく見えました。


 途中にある、小さなバス停の待合所。

 その前に、なぜか、白いスニーカーが二足、バラバラと落ちていました。


 落とし物? なんでこんなところに……。


 さらに気味の悪いことに、待合所の扉が、半分くらい開いていました。


 中に、誰もいないよね……?


 扉の中を見ないようにして、バス停を通り過ぎた、その時。


 背後から足音がしはじめました。


 ……ペタ、ペタ、ペタ、ペタ……。


 わたしの、10メートルくらい後ろから、誰かの足音が聞こえます。


 気のせいかと思いましたが、音はたしかに、後ろから近づいてきました。


 背中にいやな感覚がして、わたしは本能的に、やばい、と直感しました。


 わたしは恐怖のあまり、一目散に駆け出しました。


 しかし、後ろの誰かも、同時に恐ろしい速さで走って追いかけてきました。


 ……ペタペタペタペタペタペタッ……。


 何なの……!?

 何でついてくるの!?


 その時はパニックになっていて、声にならない悲鳴をあげながら走っていました。


 後ろを振り返るなんてできるわけありませんでした。


 無我夢中で家の前までたどり着き、玄関の扉にすがりつきました。



 急いで扉を開けるわたし。


 お母さんが物音に気がついて、リビングから出てきました。


「もう、あんた、またこんな時間に外に行ってたの。……あら?」


 その時、お母さんは、怪訝けげんな表情を浮かべて、わたしの後ろを覗き込みました。



「ちょっと……、家の前、?」



 それを聞いた瞬間、わたしは、慌ててぴしゃりと玄関の戸を締めました。


 あとで母に聞いたところ、家の前の道路の、電柱のあたりに変なが見えたそうです。


 それが一体何だったのか、今でも分からないままです。






 その時はとても怖くて、その日からわたしは夜の散歩をしなくなりました。


 ただ、奇妙な経験をしたのはその一度きりで、今となっては不思議な思い出のひとつになっています。


 当時の恐怖も落ち着いた今では、高校生の時みたいに再び、夜に外へ散歩に出たりするようになりました。
















 でも、たまに、妙な足音が聞こえるんですけどね……。

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