まあ、がんばれよ。

脳幹 まこと

忌々しいクソブルースカイ


 その日は忌々しいほど青い空が広がってた。

「スカッと爽やか!」なロゴが出て、制服着たフレッシュな若者達がそこらじゅうを走るCMでもやってそうだ。

 俺はそんな青い空の下で、タオルで覆った包丁を握りしめて、じいっとATMの前で獲物を待っていた。

 クソったれな晴天と同じくらいクソったれな時代への天誅として、その中にいる何ら関わりのない人を選んで、そいつの金をはぎ取る。


 しばらく経つと、ちょうどよさそうな奴が出てきた。

 自分より少し年上、ちょうどお兄さんとおじさんの中間と思われる年代。

 生きてても死んでても大して変わりなさそう感に惹かれた。こういうのは雰囲気で分かってしまうものだ。

 そいつはATMから人気のない場所へと進んでいく。周りに誰もいないことを確認した俺は、後ろから「おう」と声をかけて、振り向いた奴の顔に包丁をちらつかせる。

 蝉の声が四方八方から反響して聞こえる。

 こういう時は有無は言わさないのが秘訣だ。「ちゃっちゃとやろう」と顔元に包丁を近づける。秒で観念した男は財布を取り出して、中にあった万札を床にぶちまけた。

 舌打ちをしてそいつの顔面をぶん殴る。随分久方ぶりの感触だ。

「拾えよ」と命じるが、何を思ったか、そいつは突然変顔をし出した。春日の鬼瓦だ。

 くすりとも笑えない。「お前、死にたいの?」と包丁を頬に突きつける。


「むしろ死にたくないの?」


 半熟おっさんの分際で。

 俺は冬場のドアに不注意にも触った時みたいな驚き混じりの不快感を覚えた。

 もう一発ぶん殴ろうとしたのだが、久方ぶりだったせいか、拳がじんじん痛くなっていたので止めた。


「公園いかね? 人にこられたらアンタも困るだろ」


 はあ?

 まさかこんな慣れてる奴だとは思わなんだ。人生の最後の花道にせめて中指立てられたらロックだと思ってたし、巷のにやけ面どもにゲリラ的マウント取れればいいかなと思ったのに。

 でも、そいつの提案はまあ悪くはない。


「分かったけど、床にある万札、一緒に拾ってくんない? 欲しいわ」

「りょ」



 公園のベンチは木の実でべちゃべちゃで、お世辞にもキレイじゃなかった。

「あちぃあちぃ」と小声で呟きながら荷物の中身を出していく奴の姿を見ると、俺は自分が何をやっているのか分からなくなる。

 言うなら突如として記憶喪失になった人間の心境だ。過去がすべて吹っ飛んで、ただ何らかの経緯があったかと思われる現場に突き出される。

 取り出したのは赤青緑、三大銀行のカードだ。


「……お試しコースだから1日50万しか下ろせない。だから3銀行でも150万が限界なんだけど、これでいい?」


 不思議なことなのだが、これからの段取りを出したのは向こうの方からだった。

 50万だか100万だか基準があった気がしたが、まあよかった。

 それよりも気になることを素直に口に出した。


「どうしてそんなに平然としてられんの?」

「おかしい?」

「どう考えてもおかしいだろ」

「カネなんてさ、基本は使わなきゃ貯まるんだよ。そんなモンをケチって殺されるなんて泣けてくる」

「とか抜かしつつ、警察呼ぶんじゃねえよな?」

「誰がンな面倒くさいことするか。命賭けてやるよ」


 命賭けてやるとか、餓鬼かよ。

 俺くらいバカじゃん、こいつ。


 その後、奴は再びATMに向かって限度額まで引っこ抜いたらしい。

 それらの金はご丁寧なことに、「ご利用ありがとうございます」の封筒に入った状態で俺の手元に渡った。

 途中からは包丁も向けなくなって、傍目からは単なる暇人二人のブラ散歩だった。


「オレにしてやれんのは、ここまでかな。もっと欲しけりゃあ、あと10名くらい同じようなヤツを引っかけりゃいい」

「そんなにいねえだろ」

「いやあ、意外といるんじゃねえかな、オレみたいなヤツ。家族とか彼女とかいるんだ、とかさ、有名人とかなら話は別だけど。独りの存在って、ぶっちゃけ、いてもいなくてもだろ」


 言うねえ。

 俺ははぎ取った小銭のうちの一部で、自販機で飲み物を二本買った。

「ありがと」と言う奴が滑稽だったので笑った。


「そういや、俺が包丁向けた時さ『死にたくないの?』って言ってたじゃん。あれどういうこと?」

「言葉通りの意味だよ。昔ならともかく、今はもうあんまり生きてても仕方なくてさ。なんとなく死にたいっつか、消えたいって思わない?」

「だったらなんで包丁に突っ込まなかった?」

「痛いのがヤだからかな。アンタにぶっ刺されたとして、もし射精した時の10倍気持ちいいなら、たぶん結構前に自分で試してるよ」


 それはそうなのかもしれない。


「まあ、がんばれよ」

「おう」


 奴は去っていった。

 そういや住所も電話番号も名前も聞いてなかった。

 カネヅルにすりゃよかったとか、すべてはデマカセで俺は警察に突き出されるのかもしれないとか、そういった思考が、開けた直後の爽やか飲料みたいな感じで噴き出してくる。


「バカらし」と首を振ってから、改めて考えなおす。

 いったんここから離れて、それからは。

 それからは――


 その日は忌々しいほど青い空が広がってた。

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