消しゴム再生工場

Amakaru

身体のよみがえり、永遠の命

 私は取材のため消しゴム再生施設を訪問した。使いきれなかった消しゴムが再利用されていることは知っていたが、取材の案内が来るまで専用の施設があるということは全く知らなかった。施設は某市郊外、何もない森の奥を真っ黒に輝くアスファルトがその施設まで続いていた。



 守衛に身分証を見せ、持ちもの検査を終え、ゲートを通過した。早々に施設長が出迎えてくれた。挨拶を済ませてから私は早速気になったことを質問した。

「ただの消しゴムのリサイクル施設にセキュリティゲートがあるのはなぜでしょうか?」

「時折消しゴム愛護団体が抗議活動に来るのです。急進派の団体がフェンスを越えて侵入しようとしたこともあります。消しゴムの生命観をめぐっては様々な議論がありますからね。」

 消しゴムの権利をめぐっては駅前で抗議活動が行われているのを見たことがある。しかし、知らぬところでここまで大きく問題になっていたとは。



 最初に施設長は搬入の様子を見せてくれた。各地の学校、学習塾、事業所などから毎日運ばれてくるようだ。施設のシャッターの前まで一台のワゴン車が誘導されてくる。搬入の車はそこまで大きくはなかった。後部のドアを開けると段ボール箱が積まれている。施設長がそのうちの一つをカッターナイフで切って開けると箱いっぱいに入った消しゴムの山が姿を現した。

「今日は少ないほうです。夏休み期間ですからね。」



 そう言うと次の場所に案内された。灰色がかった半透明で大きなタンクがあった。

「ここは消しゴムたちの汚れを落とす浄化槽です。黒鉛と結合する特殊な液体が入っています。この後、彼らは大きさに応じて別の工程で再生されます。」

 消しゴムは浄化槽から大きな目の細かいザルのようなもので引き上げられた。その後、ベルトコンベアで振動する板に運ばれていった。

「ここで大きさを振り分けています。この後本格的な処理が始まります。まずは大きい消しゴムたちの処理工程を見ましょう。」

 そこで案内されたのは巨大な5つの指を持つアームだった。ちょうど産業用機械展に展示されているような腕だけのロボットだ。アームの真下には学校で使われているような机が置かれていた。


 「ここでは大きい消しゴムたちをロボットによって摩耗させていきます。消しゴムの分解には熱を加えるなどの方法もあるのですが、こうしたほうがより自然に、低ストレスで分解できるのです。倫理上も適っています。では動かしてみましょう。」

 ロボットは先ほど選別された大きめの消しゴムを箱から一つ取り出すと、高速でこすり始めた。ものの数秒で消しカスと化していった。その様子は安楽死ともとらえることができた。後から聞くと机を用いるのは効率が良いからなのだそうだ。

「小さな消しゴムはどうするのですか?」

「ええ、これからお見せしましょう。意外とアナログなのですよ。」



 今度は二階に案内された。そこには一〇人ほどの従業員が何やら机に向かってせわしなく腕を動かしていた。まさか……ね。

「驚いたでしょう。小さな消しゴムはロボットには難しいのです。今でも人力でこするのですよ。」

 その動きは驚異的だった。次から次へと流れてくる小さな消しゴムを一瞬で消しカスに変えてしまうのだ。ここにいる従業員はみな熟練なのだそうだ。

「次に可塑剤を混ぜて新しい消しゴムに生まれ変わる様子を……と行きたいのですが、その前に見ていただきたい場所があります。」


_______________________



 ついていくと施設長は一階に戻り、裏口から外に出た。そこには不完全な消しゴムの形をした大きな石像が立っていた。足元の石板には「慰霊」と彫り込まれている。

「世の中には最後まで使い切られずに、志半ばで捨てられる消しゴムが後を絶ちません。私どもは彼らを死なせ、そして蘇らせる。そうすることで彼らに永遠の命を授けたいと思っています。しかし、その過程では必ず死を伴います。こうして愛護団体から抗議を受けてはいるものの、私たちは私たちのやり方で消しゴムたちを救いたい。そう思っています。」

施設長は声を掠れさせながら語った。

「なるほど、命か。」

私はせめてもの供養として石碑の前で深くお辞儀をし、手を合わせた。



 倉庫に運ばれた消しカスの山は壮観な風景だった。同時にこの山が骸の山にも見えてきた。私たちは多くの犠牲の上に成り立っている。そう思えた。

 ショベルカーで運ばれると消しゴムだった彼らは可塑剤の入ったタンクに入れられ、加熱された。溶けた彼らは薄く延ばされて大きな消しゴムの板となった。その後、適度な大きさに切り取られ、彼らは新しい命を手にした。

「せっかくなのでこの消しゴムをどうぞ。できれば最後まで使ってあげてください。」



施設長が帰り際に渡してくれた。取材から一ヶ月経つが今でも使えずにいる。果たして彼らにとって使われることは幸せなのだろうか。消しゴムは真っ白で何も答えないようだった。

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