餃子と家族 2

「まあそういうことだ。墓参りも毎年してるし、言った気になってたわ。いや、多分言ったと思うんだけどな。知ってるもんだと思ってたよ。いやー。こういうこともあるんだな。さて、餃子餃子」


 勝友は他人事のような口調で、フライパンに餃子を並べ始めた。

 沙奈だって、自分の意見を曲げないのが常の偏屈な父を咎めたところで何かが変わるとは思っていなかった。だが、一言「今まで言わずにごめん」と謝ってほしかった。

 けど、やはり父は空気は読めないし、自分勝手だし、人の気持ちなんか考えない人間だったのだ。

 全体的には気さくで冗談の好きな陽気なおじさんなのだが、能天気で察しが悪く無神経なところが前面に出ると人を不快にさせる。

 鼻歌混じりにコンロの火をつけて餃子を焼き始めるその後ろ姿に沙奈の苛立ちはピークに達した。

 怒りに身を任せ何かを叫ぼうと口を開きかけた沙奈の肩に瀬奈が手を置いた。


「気持ちの整理がつかないのはわかるけど。パパに当たっても仕方ないよ」


 その言葉に沙奈の感情は爆発した。


「触らないで! わかってるよ! 何よ! 自分だけ達観しちゃって! 偉そうに!」


 瀬奈の手を振り払い睨みつける。


「もう、八つ当たりはやめてよ。キャパオーバーなのはわかるけど、喚き散らしたって意味ないでしょ」


「は? 何よ。瀬奈は宇宙人に改造されて感情も無くなっちゃったんじゃないの? こんな大事なことを隠されてたら怒るに決まってるじゃん。それも私が子供だからだって言いたいの? そっか、瀬奈は何千年も生きてるんだもんね。自分だけなんでもかんでも知ってるみたいな顔して大人ぶって! 自分勝手でみんなを振り回して。わざわざ私のこと馬鹿にするために帰ってきたの? 瀬奈が帰ってきたせいで私の生活はめちゃくちゃになってるんだよ!」


「私だってなりたくてこんな風になったわけじゃない! 私がどんな気持ちで何千年も宇宙を彷徨ってたか、想像力の足りないガキンチョの沙奈にはわからないだろうね」


「おいおい、やめろって。お前達が喧嘩することないだろ。もうすぐ餃子ができるから、まずは食って頭を冷やせよ」


「餃子なんていらない!」


 そう叫ぶと沙奈は踵を返し、ドアを勢い任せに開けて部屋を出て行ってしまった。


「なんだよー。出来立てじゃなきゃ美味くねえぞ」


 残された勝友はフライパンの上に並べられた餃子を残念そうに見つめている。

 瀬奈は唇を噛んで沙奈が開けっぱなしにした扉を静かに閉めた。


「パパごめん。私……」


「まーまー。沙奈の気持ちも瀬奈の気持ちもわかるよ。売り言葉に買い言葉ってやつだ。どっちが悪いとかって話でもないだろ。それにしても、今までは喧嘩するって言ったら、俺対沙奈瀬奈とか、ママ対沙奈瀬奈とかで、瀬奈と沙奈が喧嘩することなんてなかったのになぁ……」


 と、そこまで言ってから、勝友は少し黙った。


「……てか、俺が悪いのか? ま、済んだことは仕方ないしなぁ、うん。あとで沙奈には奈美と一緒にきちんと話をするから、瀬奈は席につけよ。餃子食えよ。今日のは美味くできたんだって」


「パパ。そんなに餃子が大事なのね」


 呆れながらも瀬奈は思わず吹き出してしまった。


「だって、美味い餃子ができたんだぞ。これをほったらかすなんて餃子に失礼だろ」


 勝友はどうして自分が笑われているのか、ひとつも理解していない様子で目をぱちくりさせている。


「いいわ。私も頭を冷やすには時間が必要だし。一緒に餃子食べよ。とりあえず手を洗ってくるね」


 毒気を抜かれた瀬奈は洗面所に向かった。



 ☆



「沙奈。入っていい?」


 父にほだされて、気分の落ち着いた瀬奈は沙奈の部屋の扉をノックした。


「……いいよ」


 扉を開けると沙奈はベッドでスマホをいじっていた。


「……何?」


 部屋にこもっていた沙奈はまだ気持ちの整理がついていないようで俯いたまま目を合わせてはくれなかった。

 気まずく流れる沈黙を打ち消して瀬奈は頭を下げた。


「……あのさ、さっきはごめん。言いすぎた」


 沙奈はチラリと瀬奈の顔を覗く。視線を落とし暗い表情をしている。

 沙奈はスマホを置いた。


「うん……。私も勢いで酷いこと言った。ごめんね」


 沙奈は身を起こしベッドの隣に瀬奈を誘う。


「私が帰ってきてから、沙奈には迷惑かけてばかりだったよね」


 沙奈の隣に腰を下ろした瀬奈は髪型の色や性格は以前と変わってしまったが、視線を落としたその横顔やへこんだ時のため息の仕方や、うまく言語化できない様々な要素は行方不明になる前と同じだった。

 生まれてから17年、ずっと二人は一緒だった。言葉はなくても感情や思いは互いに伝わる。


「ううん、そんなことないよ。驚いたり戸惑ったりすることは多いけど、瀬奈が帰ってきてくれて嬉しかった。あのまま瀬奈が帰ってこなかったら、そっちの方が私は耐えられなかったと思う。私の方こそ酷いこと言ってごめん」


「私さ、自分は変わってしまったのに何も変わらずにいる沙奈がちょっぴり羨ましかったんだと思う。妬ましくも思ったのかも。可愛くて純粋で、私が宇宙の各地で経験した壮絶な星間戦争のことも、この宇宙の誕生のために犠牲になった別宇宙の何も知らない多くの異星人達の苦しみも、地球人の愚かさや無能さや、世界各地での紛争のこととか、権力者の豊かな生活のために搾取される人々のこととか、そういうのを一切知らないままで、知る由もないままで無邪気に生きていられる沙奈が羨ましかったんだ」


 馬鹿にされているのでは、と眉間に皺を寄せた沙奈だったが、瀬奈は肩を落とし落ち着かない様子で指先を弄び、チラチラと申し訳なさそうに上目遣いでこちらを窺っているので、その言葉に悪意は全くないようだった。

 なので、口は挟まずに最後まで聞いて、そして頷いた。


「……うん。瀬奈は何千年も宇宙を彷徨って、いろんな嫌な経験をしたんだもんね。そりゃそうだよね。私なんか、ただの高校生で何も知らない馬鹿な子供だもん」


「ごめん、その、気を悪くしないで。私、本当にいろんな星でいろんな種族の生き物と関わってきたから、地球人的コミュニケーションの方法がちょっと思い出せないところがあって。言葉使いとか態度とかが傲慢に見えたり、自分勝手に見えてるかもしれないけど、本当に反省してるんだ……。ごめん」


「いいって。海外に留学とかして強めの自己主張をしなきゃいけなくなって、それに慣れて、帰ってきた時に日本的な慣例とか忖度みたいな対応を忘れがちなやつと似てるのかもね。仕方ないよ。大変な思いをしたんだもん」


「これからは、もう少し地球人的な……というか、家族のみんなに迷惑をかけないように考えて行動しようと思う」


 瀬奈は叱られた子犬みたいに、しゅんとした表情で言った。

 沙奈は手を伸ばし、そんな瀬奈のボサボサの白髪を撫で、その細い肩を抱き寄せて抱擁した。


「瀬奈。これからもずっと一緒だよ」


「いや、双子だからといって、これからの長い人生を送る上で発生する様々な選択肢において、いつまでも一緒ってことはありえないけど……」


 と、そこまで言って瀬奈は慌てて口を閉じた。


「ごめん、こういう時ってその場限りでも、そうだねって言うべきだよね」


「ばか。いいよ」


 愛しくて沙奈は瀬奈を抱きしめた。痩せた肩。肌の温度、血を分けた双子の同じ体温。抱き締めるとじわっと心の奥から優しい温かい気持ちが溢れ出てくる。姿や性格は少し変わってしまったけど、またこうして一緒にいられることが嬉しかった。


「でも、ショックだったなぁ。私たち、パパとママの子供じゃなかったんだよね。瀬奈はいつから知ってたの?」


「エイリアンに人体実験されたときに、小さい頃の記憶とかも全部根こそぎ引き出されたの。その時に思い出したの。まだ赤ちゃんだった頃に私たちを産んでくれたママが亡くなったことや、今のママとパパが再婚する時に、私たちにママを紹介してくれたことをね。だから、パパの言ってることもあながち間違いではないんだ。確かにパパは私たちに今のママのことや産んでくれたママが亡くなったことを教えてくれたよ。でも、まだ物心も定かじゃない幼児の私たちに言ったからって、それを伝えたはずだってのは流石におかしいと思うけどさ……」


「そうなんだ。……やっぱりパパっておかしいよね。せめて真剣に話してほしかった。大事な話じゃん。少なくとも餃子よりは」


 瀬奈と仲直りしたら、今度は父親への不満が再燃した沙奈だった。


「そういえば、パパが機嫌治ったら餃子食べに来いって言ってたけど……」


「今日はパパとは口もききたくない気分。ああもう、思い出したらまたムシャクシャしてきた」


「お腹は減ってない?」


「減ってはいるけど……」


「なら、何か食べに行かない? ゲートでひとっ飛びでどこだっていけるよ」


 瀬奈が白衣のポケットからワープ銃を取り出した。


「そっか! いいね! あ、でも私今月お小遣いあんまり残っていない」


 瀬奈が行方不明の間、沙奈は瀬奈を探すために色々なところに出向いた。そのおかげでお小遣いを使い果たしていた。


「お金のことは気にしないで! 私は天才科学者よ。宇宙一の頭脳と勇気を持った冒険家よ。何千年も宇宙を旅したのよ。いろんな銀河のいろんな惑星のいろんな貨幣を掃いて捨てるほど持ってるわ。パパの性格は変えられないけど、自分のテンションは変えられる。こんなときは気分転換したほうがいいよ。パーっと遊びに行こう」


 白衣のポケットからタブレット端末のような機械を取り出して、行き先候補を探し始めた。


「どこに行きたい? 宇宙の果てのヘンテコなエイリアン達が住む惑星とか、並行世界のちょっとだけ常識が違う地球とか、別宇宙のファンタジーでメルヘンチックな異世界とか、どんなところだって行けるよ。何せ私は天才だからね」


「んー。気分が晴れるならどこでも!」


「そうこなくっちゃ!」


 瀬奈はニヤリと笑って、ワープ銃を壁に向かって発射した。

 壁に渦巻き状の異空間が広がる。


「さあ! 楽しい冒険の始まりよ!」


 瀬奈は沙奈の手を掴み、軽い足取りでゲートに飛び込んだ。


 ☆

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サナ☆セナ ~第21種接近遭遇~ ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango

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