夢の中の少女

 少女は、教室の椅子に腰掛けて、俺と対面している。

 その少女は、ある日は制服姿で授業を受けていたり、ある日はショッピングモールで買い物しているであろう時に遭遇したりと、様々な場面で見かける事が出来た。

 しかし、こうやって一対一で交流を持つ事は初めてだ。

 夕焼けのオレンジ色が窓から差し込み、少女と影とのコントラストが演出される。

 その光景は、幻想的で美しい。

 「君の名前は?」

 俺は、彼女について知りたいと思った。

 「私の名前は…”秘密”だよ」

 「”秘密”…か。なら、君の事は”秘密ちゃん”と呼ばせてもらうけど、それでもいいかな?」

 少女、もとい秘密ちゃんはこくりと頷く。

 彼女は見たところ俺と同い年ぐらいだと思われるが、仕草はかなりラフで、幼さも感じる。

 「悪い、先に俺の自己紹介をした方が良かったかな?」

 「いや、別に気にしなかったよ」

 秘密ちゃんはにっこり微笑む。

 「なら、良かった。改めて俺の自己紹介をするよ。俺の名前は【佐藤さとう 翔太しょうた】、年齢十七歳、現在高校二年生」

 「佐藤翔太君ね。なら、君の事は”ショウ君”と呼ばせてもらうけど、それでもいいかな?」

 俺は、その呼び名を聞いて少しドキリとした。

 「偶然かな。その呼び名には、少し懐かしさを感じる」

 「ふふーふ、どうかな?」

 秘密ちゃんは勢いよく立ち上がると、こちらに顔を近付ける。

 「私は、ショウ君の事ならなんでも知ってるんだよ?」

 やはり、彼女の透き通るような肌は、本当に不思議なくらい綺麗だ。

 彼女の持つ全ての要素が、まるで宝石みたいにキラキラして見える。

 ずっと探し求めていた何かに出会えたような、そんな感覚を覚えた。

 

 現在、俺たちは近所の公園のベンチに腰掛けている。

 街灯はあるが周りは暗いため、現在は夜らしい。

 秘密ちゃんは自販機から購入してきたであろうペットボトルを二本横に置いており、そのうちの一本を手渡して来た。

 「ショウ君は約三ヶ月前から毎日夢を見るようになった。でもその理由は分からない、そうでしょ?」

 「…本当になんでも知ってるんだな」

 「すごいかな?」

 秘密ちゃんはにっこり微笑む。

 秘密ちゃんと話している時、俺はいつもの夢と違う事がある事に気付いた。

 それは”夢を夢だと認識できている”事だ。

 この現象は俗に言う明晰夢というものなのだろうか。

 「君はこの世界の登場人物なのか?それなら俺の事を知っているのも頷けるんだが」

 「夢は記憶の整理の為に起こるとされているからね。でも、その解答は秘密だよ」

 「そうか…」

 向こうは俺の事をなんでも知っているというのに、こっちは見当もつかない。

 あまり良い感覚とは言えないな。

 「それなら、秘密ちゃんと俺には何か接点があったりするのか?もしかして、俺たち何処かで出会った事が…うっ…!」

 その瞬間、とてつもない頭痛に襲われる。

 手にしていたペットボトルが地面に転がり、ドポドポと内部の液体が漏れ出す。

 「大丈夫!?」

 秘密ちゃんは倒れ込んだ俺の上半身を抱き寄せる。

 「ぐっ…!」

 俺は痛みに耐えようと必死に歯を食いしばるが、そのうち、吐き気やめまいなども誘発して感じるようになって来た。

 「まずい、少し踏み込みすぎちゃったんだ」

 「何にだ…うぅ…」

 秘密ちゃんの意味深な言葉に疑問を持ち、頑張って質問してみたが、症状はだんだん強まっていき、意識がと遠のいて行く。

 「大丈夫、大丈夫。考えなくて良いの、今はただゆっくり…おやすみなさい」

 秘密ちゃんは、俺の手をぐっと握りしめた。

 だが、感覚も鈍ってきたのか、体温を感じ取る事ができない。

 「あの時と、またあの時と同じだ…うわあああ!」

 意識が飛ぶ刹那、彼女の泣き声を聞いた気がした。

 

 サイレンの音が聞こえた。

 それに、聞いたこともないような単語で話している音も。

 「ごめんね、ごめんね」

 この声の主が誰かは分からない。

 なのに、なぜか心の底から安心している。

 ガラガラする音と同時に、俺の体が小刻みに揺れる。

 今俺は、何かに乗せられて移動しているようだ。

 でも、そんな事なんかどうでも良い。

 俺は、自分の手のひらにぐっと力を込める。

 「ッ!」

 君の体温を、このまま───

 

 「ん…」

 「やっと起きたね。ショウ君」

 「うわ!」

 

 ごつんっ!

 

 「痛っ!」

 超至近距離に位置していた秘密ちゃんの顔にびっくりした俺は、そのまま跳ね上がり、その白い額に薄い赤色の跡を作る。

 どうやら膝枕の体勢だったらしい。

 「わ、悪い」

 「う、ううん。別に良いの」

 秘密ちゃんは少しドギマギしているが、俺の謝罪を受け入れてくれた。

 俺たちは額をさする。

 そうしていると、自然と互いの視線が重なった。

 「ぷっ!」

 「あはは!」

 そしたら、なんだかおかしくなって二人で吹き出してしまった。

 周りを見ると、どうやらここは交差点の側にあるベンチのようだ。

 時刻は昼頃だと思うが、車は一台も通っていない。

 「昔、これと似たような経験をした記憶があるよ。懐かしいな」

 何でもない言葉だったが、秘密ちゃんは少しびっくりした顔を見せる。

 「本当に?その経験をした相手がどんな子だったか分かる?」

 「…いや、いまいちピンと来ない」

 「そう」

 秘密ちゃんは少し暗くなる。

 「……でも、それはとても大切な人だったんじゃないかと思うんだ。絶対に忘れてはいけない、忘れたら許されない、そんな人。なのに、なんで思い出せないんだろう…俺…」

 切なかった。

 自分を埋めるピースのひとつが欠如してて、探しても探しても見つからない。

 実は、前々からそんな喪失感に似たもどかしさは感じていた。

 でも、秘密ちゃんが現れてからはそれがあんまり実感出来てなかった。

 なんでだろう。

 「ごめんね…」

 そう一言呟くと、秘密ちゃんは泣いていた。

 「な、なんで秘密ちゃんが謝るんだよ!悪いのは俺だし、そもそも秘密ちゃんとは関係無い話…」

 あれ。

 秘密ちゃんとは関係ない?

 なぜだ。

 彼女は”秘密”じゃないか。

 なら…。

 「うっ!」

 「ショウ君!」

 俺はまた激しい頭痛で倒れ込む。

 秘密ちゃんは急いで俺に駆け寄り、前と同じように俺を抱き抱える。

 「う…ぐぅ!」

 何かを感じる。

 自分の中の何かが、呼び覚まされていく。

 

 ガンッッ!

 

 響き渡る、鈍く重い、大きな金属同士がぶつかり合う音。

 

 ブーーッッ!

 

 それに伴って、大きなクラクション音が近付いて来る。

 「あ」

 無意識だった。

 気付けば俺は、全力で彼女を突き飛ばしていた。

 …そうだったのか。

 それは、辛くて悲しい記憶。

 ずっと探していた、俺のピース。

 そうだ。

 彼女の名前は、”秘密”だけど、秘密じゃ無かったんだ。

 「【未都みつ】ッ!」

 

 「はっ!」

 俺は慌ててベットから跳ね起きる。

 「何だったんだ…今の」

 詳しい事は思い出せないが、酷く辛い夢を見ていたという事だけはっきりしている。

 「うわ」

 現在の時刻は七時半。

 早くしないと、学校に遅れてしまう。

 俺は急いで支度し外に出る。

 「もう、ショウ君ったら。遅れちゃうよ」

 ……誰だ?

 「悪い、遅くなった!行こうぜ」

 ……誰だ

 「そうだ!放課後遊びに行こうよ!」

 誰だ、誰だ

 「いいな。そういえば最近新しいカフェができたらしいぜ」

 誰だッ!

 「そこ知ってる!なら、待ち合わせ場所は交差点近くの」

 お前は一体誰なんだッ!

 

 「はっ!」

 俺は慌てて跳ね起きる。

 現在の時刻、大体夕方。

 「なんで俺はここに…」

 夕焼けのオレンジ色が、教室全体に差し込む。

 俺の前には不自然に対面して置かれたような椅子があった。

 そこに、さっきの少女がやって来る。

 君は──

 

 「はっ!」

 俺は慌てて跳ね起きる。

 現在の時刻、大体夜。

 意味が分からない。

 なんでベンチなんかに寝ていたんだ?

 ランニングする時に通ったりはしているが、こんな無防備に寝れるような場所じゃ無いはずだ。

 とにかく、家に帰ろう。

 「…あれは!」

 そう思い立ち上がろうとした瞬間、ペットボトル二本を持った少女が近づいて来る。

 「秘密ちゃ」

 

 「はあッ!」

 頭が痛い。

 現在の時刻、大体昼。

 「秘密ちゃん!」

 俺は走り出していた。

 今、あの日、あの時、あの場所で起こった事全てが合致している。

 彼女との思い出を辿り、ようやくここまで来たんだ。

 俺は彼女を突き飛ばした後、そのまま車に追突される。

 俺の終わらない夢は、ここから始まった。

 だけど、今は声が聞こえる。

 聞こえなかった声。

 必死に俺を抱き寄せて、泣き叫ぶ声が。

 ようやく思い出せたんだ。

 「もう、泣かなくて良いんだよ」

 俺は彼女の手をぐっと握る。

 「”秘密”ちゃん。いや…【ひいらぎ 未都みつ】」

 俺は目を覚ます。

 幾度となく繰り返した夢の中で。

 失われたピースを、俺の一番大切な物を。

 取り戻すことが出来たのだから。

 

 目を覚ますと、そこには宝石のようにキラキラした人が、管の繋がった俺の手を握り締め、静かに夢を見ていた。

 

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追憶の欠片 くまいぬ @IeinuLove

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