野茨の夢





鬼を完全に封印するのに失敗をし、

やむなく都に戻った金剛はすっかり弱っていた。

右手は腐り、仕方なく切り落とされた。


身が起こせずとこに就いたままで鬼退治の聞き取りをされる。


金剛は時々息が出来なくなった。

だが聞き取り側が打ち切ろうとしても金剛はめなかった。


ある程度書類が作られた頃だ。


金剛は手の傷から黴菌が入ったのだろうか、

ずっと微熱が下がらなかった。


「柊……。」


柊が金剛を見舞いに来た。

薄く日が入る部屋で金剛は床に就いていた。


何か月前に柊は鬼と対峙していた金剛を見た。

それからすっかり面変わりしている彼を見て、

柊は衝撃を受けた。

だが彼はそれを顔に出さず言った。


「なんだ、調子が悪いと聞いたが元気そうじゃないか。」


と柊は笑った。

金剛が少しばかり身を動かして柊を見た。


「まあな、でも何だか駄目だよ。」


金剛が薄く笑う。


「そうか、鬼と戦った後だからな。」


と柊が金剛の床のそばに座った。


金剛の呼吸は浅い。

柊は嫌な予感がした。


二人はしばらく無言のままだった。

そして金剛が柊を見た。


「柊、頼みがある。」


柊が彼を見た。


「なんだ。」

「刀は今どうなっている?」


雨多うだ柆鬼ろうきを封印する時に作った刀だ。


「今は御化おんけ不明ふめい目付めつけで保管している。折れたままだ。」

「茨の枝は?」

「築乃宮が管理している神域に植えた。

驚きだが一晩で根付いたぞ。」

「そうか……。」


金剛が大きく息を吸った。


「柊、刀の柄を作り鞘を作って欲しい。」

「刀身が半分折れているぞ。」

「分かってる。

だがいずれ雨多うだ柆鬼ろうきは必ず現れる。

その時に使えるようにしたい。

整ったら茨の木の根元に置いて欲しい。」

「茨の木の根元?」

「ああ、その茨はうばらと繋がっている。

うばらが刀を守るだろう。」


金剛が横になったまま目をぎらぎらさせて柊を見た。


金剛が雨多うだ柆鬼ろうきの頭を飛ばした後、

頭は茨の木が取り込んだが体はどこかに行ってしまった。

柊達は探したが鬼は見つからなかった。

頭が無いのだ、どこかに隠れているのだろう。


「……分かった。」

「そして茨島村にきちんと礼をしてくれ。

私とうばらは本当に世話になった。

あの村人達はいい人ばかりだった。」

「ああ、任せろ。」


柊が頷く。


「……そして、」


金剛が少し間を置いて行った。


「私の子がどうなるか見守って欲しい。」


金剛とうばらの間に生まれた女の子だ。

男の子との双子だったが男の子は雨多うだ柆鬼ろうきの分身だった。

男の子は生まれてすぐに鬼に喰われてしまった。


「分かった。」


柊はしっかりと頷いた。

断れない金剛の願いだ。

そしてそれをきちんと叶えるのは柊の仕事だ。


彼らの仕事はいつ死ぬか分からない事ばかりだ。

だからこそ願いは残されたものが

必ず果たさなくてはいけないのだ。


金剛は嬉しそうに柊に笑いかけた。


「だが本当はお前があの村に戻るのが一番だぞ。

村人もお前が戻るのを待っているはずだ。」

「……そうだな。」


金剛が身を動かして上を見た。


「……あの村は綺麗な所だった。

茨の花が咲き、稲が風に揺れてまるで波だった。

私はそれをうばらと見た……。」


金剛が目を閉じると涙が一筋流れた。

柊は黙ってそれを見た。


「……俺がちゃんとやるからな、あまり心配するな。

お前はともかく体を休めて治せ。

娘と会いたいだろう?」


柊が静かに言う。

そして金剛が目を開けてうっすらと笑った。




そして秋に金剛はあっさりと亡くなってしまった。

その前に金剛はその功績で家督を得た。


床に就いたまま金剛はそれを聞いたが、

返事もせず無言のままだった。

その家督は彼の傍系のものが継ぐ事となった。


その頃、柊は茨島村に人を遣った。

かなりの金子きんすを持たせたのだ。


村長むらおさにだけは

鬼退治に関する様々な出来事の謝礼金であると記した。

そして金剛の子の世話も頼んだ。


だがその金額は尋常の額ではなかった。

どこかの役職が横領している、

どこぞの村に金が流れたなどの噂が流れだしたのだ。


御化おんけ不明ふめい目付めつけは大慌てで金剛から聞き取った話を書き直した。

村に疑いがかかってはいけないからだ。


「鬼の事で何か災いが起こるといけないと思って

詳しい事は村には言わなかったが、

まさか人の思惑で村に迷惑がかかりそうになるとは……。」


柊が大きくため息をついた。

それを築乃宮が見る。


「まあとりあえず隠せたので良しとしましょう。

しかし、実に恐ろしきは人の悪意ですね。」


築乃宮が柊を見た。


「ところで村はどうなっていましたか?」

「遣いにやった者から聞いたが、

今年は大豊作だったらしい。」

「ほう、それはそれは。」

「なぜか分からんが、夏場でも水枯が全然なかったそうだ。

それと相当な数の雷が落ちたからな、

それも良かったかもしれんと。」

雨多うだ柆鬼ろうきは天候の鬼なので不作と関係しますが、

何故でしょうね。

頭が飛ばされたとかある意味完璧な鬼ではないから

被害も少なかったのでしょうか。」

「どうなんだろうな。」


柊はため息をついた。


「何にしてもしばらくはあの村から目は離せん。

鬼もそうだが相当な金子きんすを渡した。

それをどう使うかも見ておかなきゃならん。

それと金剛の娘だ。」

「親の無い子ですから、村でどう扱われるかですよね。」

「送った遣いが見た限りは元気そうだったらしい。」


築乃宮が難しい顔になった。


「健やかに育つと良いと思いますが、

鬼と関りがあり母親は茨の精です。

どのような子になるかしばらく様子は見なければなりません。」


術師的立場からすれば色々と懸念がある子どもなのだろう。


「そうだな、だがあの金剛の子だ。

俺はただただ幸せになって欲しいよ。」


築乃宮がふっと笑った。


「……そうですね、私は少しばかり固く考えてしまいました。」

「まあお前はそういう仕事だからな。」


柊が立ち上がった。


「一年ほどしたら俺が村に行って様子を見て来る。」




そして柊は一年後密かに村を訪れた。

村長むらおさと話をする。


「うばらは元気ですよ、よちよち歩いとります。」

「うばら?」

「赤ん坊ですよ、あの子の母親の名前を付けたんですよ。

うちで面倒を見ております。」


と村長は笑った。


「それと頂いた金子でやしろを作ります。

みんなで相談しておるのです。」


と村長が一枚の紙を出して来た。

そこには茨の花の周りに棘のある茨が取り巻いている図だ。


「神紋はこれにしようとみんなで考えとります。

茨の花と茨が鬼を封印するようにと言う感じですか。」


柊はしみじみとそれを見た。

そして村長に深々と頭を下げた。


「本当に我々はあなた方に感服するばかりだ。

ここまでやって下さるとは。」


村長は笑った。


「いや、わしらも鬼は怖いし。」


村長が外を見た。


「あのうばらさんは村人を守った。

わしらは覚えとります。」


柊は図面を見た。


「この写しが欲しいのだがありますか。」

「え、ああ、何枚かあります。」


と村長は紙を出した。


「今、あの半分に折れた刀の柄を作っています。

その刀のどこかにこの紋を入れたい。」

「柄ですか。」

「金剛の遺言です。刀の柄と鞘を作って欲しいと。」


村長の顔が曇った。


「やはり金剛さんは……。」

「はい、残念ながら。

この村の事と子どもを心配していました。

そしていつか鬼が戻るかもしれないから

刀の柄を、と言う事です。」


村長の顔が引き締まる。


「だがそれがいつかは分からない。

定期的にこちらと連絡は取りたいと思っています。」

「そうですな。」


柊も外を見た。


「金剛はこの村はとても綺麗だと言っていました。

うばらと茨の花や波打つ稲を見たと。」


村長はこの村にいた時の二人を思い出していた。


「……静かに二人は暮らしとったなあ。

いつも一緒だった。」




そして柊は帰って行った。


やがて茨島社が出来た。

何年かは村長が神官を務めていたが、

十年ぐらい経った頃には小さな女の子がそれを手伝うようになった。

やがて村長に代わり彼女が神官の役となる。


その頃には都からの使者も途切れがちになり、

やがて来なくなった。


村長も変わり鬼の話も少しずつ変わって来る。


「こら、そんな事すると鬼が来るよ!」


悪戯をした子どもはそうやって叱られるようになった。

寝物語は鬼の話だ。


茨の精と旅の剣士がこの村で鬼退治をした、

村人はその二人に助けられたと。


そして茨は鬼を封印して剣士は帰って来なかった。


「おばあちゃん、どうしてお侍さんは帰って来なかったの?」


一緒の布団に入っている祖母に女の子が聞いた。


「どうしてかねぇ、何かあったのかねぇ。」


少し眠たげに祖母が返事をした。


「なら茨様は一人で待ってるの?」

「そうかもねぇ……。」


祖母の声は途切れて寝息が聞こえた。

女の子は暗い中で目を開けていた。


「茨様、寂しいよね……。」


少女の脳裏に野茨の花が浮かぶ。


春になると村の所々に咲く白く美しい花だ。

その花が風に乗って飛んで行く。


どこに行くのだろう。


いつの間にか少女は眠っていた。


夢の先には一人の剣士が立っていた。

その右肩に花びらが落ちる。

剣士はそれを指でつまみしみじみと見た。


そして花びらにそっと口づけた。




それは少女のただの甘い夢かもしれない。







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野茨の夢 ましさかはぶ子 @soranamu

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