第136話 人型電子戦用兵器の人
最近オレを叩こうとしている相手を特定し、一緒に遊んでもらおうとオレは考えた。
――ということで、璃音にメッセージを送った。
しかし、既読が付いたあと彼女から連絡は返って来なかった。
その代わりに本体が来た。
「遥さーん。私の服どこですー?」
璃音は部屋の外から、頭を出してこちらを覗き込んでいた。
毛先だけ銀色のハイライトを入れた髪をした、整った顔のアイドルである。
彼女は身体を電気に変化させ、瞬間移動のようなことができる。
璃音の、白い首筋や丸出しの肩が見えている。
彼女は自分を電気に変換できるが、服まではそうはいかないらしい。
「奥の部屋のクローゼットに入ってるよ」
――というか私の服とか言ってるけど、元はオレのワイシャツだぞそれ。
オレが答えると、璃音は扉を閉めた。
駆け出していく音がする。
そう――オレは引っ越したのだ。
だから璃音も、自分の(?)服の場所がわからなかった。
実は、以前の部屋には住めなくなった。
前回の炎上騒動の時に住所がネットでばらまかれてしまったこともあったため、よく人が訪れるようになってしまったのだ。
安アパートだったこともあり、入り放題いたずらし放題でもあった。
そのため、今は、元探索者のコンシェルジュつきのマンションに引っ越した。
「やっほ。遥さん」
着替えた璃音は手をひらひらと振りながら現れた。
「やっほ。――というかオレ、新しい住所君に教えてないよね?」
璃音は片目をつむって、フフと意味ありげに笑った。
「アイドルなら当然ですよ。遥さん」
「――アイドルへの風評被害がひどい。そんなことできるアイドルは君だけだろ」
むしろアイドルというよりストーカーの特技といったほうが納得ができるセリフだった。
「昨日から投稿され始めた、オレについての動画って知ってる?」
尋ねると璃音は首を横に振った。
「ぜんぜん知らないです。なんですか、それ?」
「実はそのことで璃音にお願いがあるんだ」
言うと璃音はそれには答えずに言った。
「その前に私も遥さんに質問あるんですよねー」
璃音の顔にからかうような色が浮かぶ。
楽しげな、るんるんとした足取りで近づいてくる。
「……なに」
璃音が前かがみになり、椅子に座っているオレに顔を近づけてきた。
眼前十センチの距離から、にやにやしながら尋ねてくる。
「遥さん、子持ちって本当ですか?」
「……ないよ。ないない」
「女装とかも似合いそうですよね。良かったら見せてくれません?」
「……したことないから」
オレはため息とともに言った。
前世のゴースト配信のときのやつは、女装というよりスキルを使った変装だしな。
違うはずだ。
「あ、テロリストなんですか? あと詐欺と恐喝の常習犯とか?」
「…………ない。というか璃音。君、絶対知ってるだろ。絶対動画の内容知ってるだろ。それ全部オレへの疑惑じゃん」
「やだなぁ。知らないですよー? あと九股してるって風のうわさで聞きましたけど」
璃音はにまにまと楽しそうに笑っている。
「してないよ。璃音、君が調べたらすぐわかるだろ……」
「調べたらつまらないじゃないですか。シュレディンガーですよ。調べなければ事象は確定しません。遥さんは彼女がいない状態と、九股している可能性や百股している可能性が同時に存在している」
「その理屈むちゃくちゃすぎない? 何でもありだろ」
「たしかに。ちょっと無茶でしたね。ところで映画のノルマは終わりましたか?」
「……見たよ。全部見た。あとZ級映画を混ぜるのはやめろ。なんだあれ、あのトマトの殺人鬼がでてくるやつとか」
「ああ。あれは三十年以上前だというのに色褪せぬ怪作ですよね!」
「……怪作に色褪せるとか褪せないとか、ある?」
「いやあ、あれについても語り明かしたいですねぇ。ツッコミが追いつかないがそこにありますねぇ……いや、名作もいいですが、迷作もいいですよ」
璃音がその映画の魅力を語りだす。放っておくといつまでも話していそうだった。
オレは楽しそうに話し続ける璃音の言葉をぶった切って言った。
「……で、お願い、聞いてもらえる?」
「どうしようかなー」
そういって璃音がデスクの上に腰かけた。
ワイシャツの裾から伸びる太ももが見える。
「よろしく頼む」
「なんで私に頼むんですか? ほかの人にでもいいじゃないですか」
なぜだか渋ってくる。
しかしオレは知っている。
彼女が言わせたい言葉がなんとなくわかる。
まだ短い付き合いだが、映画の感想会や上映会をたくさん共にした仲だ。
少しはわかる。
「……璃音。君にしか頼めないんだ」
言うと璃音は満足そうににまーっと笑った。
「ふふん。いいですよ。じゃあ次のノルマ、送っておきますね」
それから、璃音はにっこりとアイドルスマイルを見せてきた。
ああ、映画の名作も迷作もたくさん見てようやく終わったと思ったのに。
また増えてしまった。
璃音はなぜオレにここまで映画を見ることを強いるのか。
――この人、そういうの語れる友達いないのかな。いないんだろうなあ……。
オレはそんなことを思いながら、いう。
「実は璃音も知っている通り、オレ叩きの動画が乱立している。その大本を知りたい。オレの考えだと、一つのグループか、または個人の仕業だ」
すると璃音は目を丸くした。
「おお……。遥さん、よくわかりますね。その通りですよ」
違和感。
「うん? もしかして璃音、君もう知ってるの?」
「実はそうです。知ってます」
「おぉ……。どうして?」
璃音は困ったような顔をする。
それから何か、言いづらそうに口を開こうとして、閉じた。
「えーと、その、なんといったものか……」
「うん」
「や。えっと、その、ね?」
「……うん」
璃音は非常に言いづらそうに、こういった。
「わ、私たちその、と、ともだち、じゃないですか?」
璃音は顔を横に向けた。
しかし、視界の端ではオレをずっととらえていた。
「え」
友達……だったのか?
いや、元はわりと取引のような関係だったように思う。
だが今は一緒に映画を見て、その感想を言い合ったりもしている。
たとえそれが交換条件だとしても、その時間は、決して嫌ではない。
オレが考え込んでいると、璃音は顔を伏せた。
その姿は触れたら壊れてしまいそうな、頼りないガラス細工のようにも思えた。
「……いや。そうだな。友達かもな」
璃音に友達と言われ、否定する気は一切起きなかった。
「で、ですよね! そうですよねえ。いやあ、遥さん。あなた幸せですよ。こんなにかわいいアイドルの璃音ちゃんとお友達なんですからね」
一瞬前の様子が嘘のように上機嫌だった。
「で、まあ? なんというか? 私のお友達を不当に貶めてるやつとか、むかついちゃってですね。情報収集を終え、これから天罰を下すところだったんですよ」
――仕事が早すぎる。まさか一晩で、そこまで……!?
「天罰やっておきます? 過去の犯罪や、異性への恥ずかしいメッセージ、卒業文集まで。簡単にアップロードできますよ。指先一つでダウンさ――ってやつですね。ああ、アップロードだから、アップですかね?」
え。
この子怖すぎる。
いや、味方してくれるはありがたいが。
過剰な攻撃力を持ったファンネルすぎる……!
「いや、せっかくオレと遊びたがってるんだから、ちょっと遊ぼうかと思う」
ハルカ叩き動画の人物はオレと遊びたいと言ってくれているのに、璃音に任せるのは無粋だろう。
「了解です。じゃあまとめた動画送りますね。犯人は一人、日本の配信者ですね。遥さんの動画にも出てますよ」
「えっ……。オレの動画に、出てるの?」
まったく心当たりがない。
「はい。蒼獅っていう暴露系配信者さんですね」
誰だっけ。
オレは記憶をたどる。
「ああ。あー……。ああ、えっと、真白さんの精霊を奪おうとした人かな」
「それですね。最近日本に戻ってきたみたいです」
そもそも海外に行っていたことをオレは知らなかった。
「……ええと。彼は、海外の方にオークションで落札されてそのまま……って感じだったはずです」
「あー……。あったなぁ、そんなことも」
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あとがき
皆様お久しぶりです。
ここまでお読みくださってありがとうございます!
実は私カクヨムコン9に参加しておりましてですね……!
なんと、皆様のおかげで! 中間選考に通りました!!
応援してくださって本当にありがとうございます!
これからもなにとぞよろしくお願いいたします!
もちぱん太郎
『やり直し』最強ダンジョン配信者! 突然10年前の世界に戻ったので全てをやり直す! もちぱん太郎@やり直し配信者 @mochipantaro
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